187 / 237
16章※
7
しおりを挟む
強いられて始まったこととはいえ、こんなことすらも依存している。自嘲は焦りを呼び、一洋の声に苦さが混じっていることに、志貴は気づかなかった。
「そこは、兄さんだけが触れていいんだ。だから、……して」
上半身をぺたりとベッドに預け、尻を掴む男の手に手を添えながら、好きにして、と続けた。
どうかこの身を我が物とし、想い人には向けられない劣情の捌け口として執着し、依存し、手放せなくなってほしい。
祈るように捧げたものは――受け取られることはなかった。尻だけを高く掲げた雌猫のような姿勢から、乱暴に反転させられる。
「どうしたんだ、志貴」
獲物を追い詰めるように覆いかぶさってきた一洋の眼差しは険しい。口調も鋭く、胸の内の激情をどうにか押し留めているのが窺えた。
「さっきから、どこかおかしいと思っていた。一体、何を考えてる。綺麗な体のままで、そんなに必死になって――。まるで、俺に……お前を食わせたがってるように見える」
「そうだと言ったら?」
声を荒げまいと己を律する一洋とは対象的に、志貴は冷静に、そして簡潔に答えた。
「男とは、できない?」
「……お前は、男と経験があるのか」
「接吻だけ……だよ」
手を伸ばし、真上にある顔を撫でると、指先で唇に触れた。そのぬくもりが残る指で、今度は自分の唇をなぞる。
この唇は、男を知っている。あの朧な春の光の下――少年の姿をした目の前の男を。無慈悲な太陽に灼かれた国の、光と陰を内包した男を。
志貴の見せた仕草に、一洋は明らかに怯んだ。
「……覚えていたのか、あんな昔のことを」
「忘れるわけない。……僕の初めてを奪ったくせに、そんなことを言うの」
年上の少年の胸に灯る熱い恋情を思い知り、性の扉を開かれた、あの口づけを忘れるわけがない。
小さく詰ると、一洋は押し黙り、沈黙がその場を満たした。閑静な住宅街には、新年だからと騒ぐ輩もなく、部屋の中も外も静まり返っている。
(……鼓動が聞こえてしまいそうだ)
王を殺すために寝所へ忍んでいったマクベスも、こうして耳が痛くなるような静寂に耐えたのだろうか。
男の顔を見ていられず、つい目を逸らした志貴の頬に、熱い吐息が触れた。見上げると、身を屈めた一洋が、あの日のように硬く、思い詰めた顔をしている。
「お前は……俺を愛してるわけじゃないだろう……?」
掠れた声の問いに、答られるはずがない。不誠実な言葉など。
志貴はただ望みを口にした。
「兄さんにも欲しがってほしいんだ、僕を」
二人に必要なのは、恋慕の情ではない。互いを縛る執着とその手段だ。一洋の一途な恋情は永遠に穢されることなく、美しい場所にしまわれて、これまで通り密やかに崇められればいい。
一方、自身の恋情は、――とうに内なる獣に食われて、純粋さの欠片もない。自嘲を呑み込み、志貴は重ねて言い募った。
「僕なしでは駄目になってほしいんだ」
「そこは、兄さんだけが触れていいんだ。だから、……して」
上半身をぺたりとベッドに預け、尻を掴む男の手に手を添えながら、好きにして、と続けた。
どうかこの身を我が物とし、想い人には向けられない劣情の捌け口として執着し、依存し、手放せなくなってほしい。
祈るように捧げたものは――受け取られることはなかった。尻だけを高く掲げた雌猫のような姿勢から、乱暴に反転させられる。
「どうしたんだ、志貴」
獲物を追い詰めるように覆いかぶさってきた一洋の眼差しは険しい。口調も鋭く、胸の内の激情をどうにか押し留めているのが窺えた。
「さっきから、どこかおかしいと思っていた。一体、何を考えてる。綺麗な体のままで、そんなに必死になって――。まるで、俺に……お前を食わせたがってるように見える」
「そうだと言ったら?」
声を荒げまいと己を律する一洋とは対象的に、志貴は冷静に、そして簡潔に答えた。
「男とは、できない?」
「……お前は、男と経験があるのか」
「接吻だけ……だよ」
手を伸ばし、真上にある顔を撫でると、指先で唇に触れた。そのぬくもりが残る指で、今度は自分の唇をなぞる。
この唇は、男を知っている。あの朧な春の光の下――少年の姿をした目の前の男を。無慈悲な太陽に灼かれた国の、光と陰を内包した男を。
志貴の見せた仕草に、一洋は明らかに怯んだ。
「……覚えていたのか、あんな昔のことを」
「忘れるわけない。……僕の初めてを奪ったくせに、そんなことを言うの」
年上の少年の胸に灯る熱い恋情を思い知り、性の扉を開かれた、あの口づけを忘れるわけがない。
小さく詰ると、一洋は押し黙り、沈黙がその場を満たした。閑静な住宅街には、新年だからと騒ぐ輩もなく、部屋の中も外も静まり返っている。
(……鼓動が聞こえてしまいそうだ)
王を殺すために寝所へ忍んでいったマクベスも、こうして耳が痛くなるような静寂に耐えたのだろうか。
男の顔を見ていられず、つい目を逸らした志貴の頬に、熱い吐息が触れた。見上げると、身を屈めた一洋が、あの日のように硬く、思い詰めた顔をしている。
「お前は……俺を愛してるわけじゃないだろう……?」
掠れた声の問いに、答られるはずがない。不誠実な言葉など。
志貴はただ望みを口にした。
「兄さんにも欲しがってほしいんだ、僕を」
二人に必要なのは、恋慕の情ではない。互いを縛る執着とその手段だ。一洋の一途な恋情は永遠に穢されることなく、美しい場所にしまわれて、これまで通り密やかに崇められればいい。
一方、自身の恋情は、――とうに内なる獣に食われて、純粋さの欠片もない。自嘲を呑み込み、志貴は重ねて言い募った。
「僕なしでは駄目になってほしいんだ」
31
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説


婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる