トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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16章※

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 昼寝から覚め、風呂で体を中も外も洗われて、わずかばかり残っていた男としての意地は、完膚なきまでに打ち砕かれた。精路の中に残っていた一洋の精液を出すために自慰を強いられ、自分の手では達することができない志貴は、泣いて頼んで指を尻の中に入れてもらう羽目になったのだ。
 壁に手を突き、尻を差し出すのは屈辱のはずなのに、その淫らな姿勢にすら志貴は感じた。そうして太い指に前立腺を抉られ、高く鳴きながら懸命に自身を扱きようやく吐き出した白濁は、濃い一洋のものと水っぽい志貴のものが混じり合い、浴室の壁に妖しい大理石模様を描き出した。

 昼寝を挟んで二度も絶頂に追いやられ、ぼんやりと居間のソファに身を預ける志貴をよそに、一洋は甲斐甲斐しく台所に立ち、あり合わせの食材で夕食を拵えた。
 志貴が好むせいで、この家の台所には干し鱈バカラオが常備されている。それを塩抜きして出汁を取り、臭み消しの薬味と野菜を煮たあっさりした汁物は、志貴にとってこの国で一番の御馳走だった。

「……おいしい……」
「ほら、もう一つ、志貴の好物だ」
「出汁焼き玉子!」
「米もいいのがあってよかった。流石、ガルシア夫人はよくわかってるな」
「イチ兄さん、本当にすごいよ。いつでも店を開けそう」
「そうか? 戦争が終わったら考えてみるかな」

 微笑みながら、志貴は頷いた。
 敗戦国となった母国は、さきの大戦後のドイツがそうだったように、厳しい軍縮を迫られるはずだ。誇り高き海軍士官という職を奪われる未来を、一洋は覚悟している。その上での穏やかな軽口は、甘美な仮定だった。

 ――戦争が終わったら

 どのような形であれ、いずれこの戦争は必ず終わる。その時をできる限り早く引き寄せ、穏便な形で決着させるためなら、どんな労苦も厭わない。
 一洋が側にいると、力強くそう思える。みっともない自分をすべて知られ、それでも嘲笑うことなく、一人で抱え込まなくていいと背を支えてくれる人がいることが、志貴に踏み留まる力を与えてくれる。

 状況は変わらないのに、鉛を流し込まれたように重かった気持ちは穏やかに凪いでいた。泣き喚いて許しを乞い、溜め込んでいた鬱屈を心身ともに吐き出し、敵わないとひれ伏した相手に男の象徴をも侵された時、何かが弾けたのだ。
 異様な「お仕置き」で志貴を縛るほど一洋の執心は深く、何があっても掴む手を離すことはない。その確信がもたらすのは、圧倒的な存在に支配される悦びであり、圧倒的な存在に執着させる喜びでもあった。

 幼馴染の一言で片付けるには濃厚すぎる一洋との絆は、多分に君子が――彼の想い人が影響している。
 母の身代わりにされることに複雑な思いはあり、その事実を忘れてはならず、一洋に告げてもいけないとわきまえているが、こうしてともに過ごせる時間に比せば、それも些末なことに思えた。
 志貴には力が必要だった。重圧に屈することなく、故国の前途を塞ぐものに立ち向かう力が。
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