トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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14章

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 志貴と同じ紙面を目にしている黒木は、当然そこから得られる国際情勢を把握している。元々自由主義リベラルな考え方の持ち主である黒木は、帰国のみちも閉ざされ欧州に軟禁されたも同然の状況が何年も続き、流石に疲労が重なっているように見受けられた。海軍武官府嘱託という身分もあり、努めて不満は口にしないが、年下でさらに自由な思考の持ち主である志貴の前では、つい口が軽くなるようだ。

「中佐は、任務を口外するような方ではありませんから」
「じゃ、私たちも口外無用で行きましょう。山本提督を尊敬してる衛藤さんの前じゃ言えませんが、今でも――今だからこそ思うんです。彼は軍神なんかじゃない。あの人がハワイを奇襲しなければ、日本はアメリカと戦争することにはならなかったんだ。同じ神でも、あれは疫病神ですよ」

 一軍人の独断で大国アメリカを攻撃するのは不可能なこと。そもそも日本が国際社会から決定的に孤立したのは、国際連盟を脱退し、後年枢軸国の一員となったためであり、山本はその契機となった日独伊三国同盟に反対していたことを、志貴は一洋に代わって説くべきだった。しかし、そうはしなかった。
 黒木は海外通で優れた国際感覚を備えており、頭の鈍い人物ではない。彼の言葉は在欧邦人の焦燥の吐露であり、袋小路に追い詰められる不安は誰もが抱えている。

 過去に対する『もし』は意味がない。しかし現在に対する『何故』は、今まさに志貴を炙る不快な埋み火となっている。
 何故――リスクを冒すことが最も安全だと、何故わからないのだ。
 ジェイムズに言われるまでもなく叫び出したいのを、堪える日々が続いている。同じ志を持つ一洋が帰るまでは、と鬱屈を吞み込む時が重なっていく。しかし一洋は帰らない。
 その不在がこれほど自分を不安にさせることに、志貴は自己嫌悪を抱いていた。それほどまでに一洋の存在は大きなものになり、自分は依存し弱くなっていたことの証左だからだ。

 去年の年末に意固地な自立心をすべて剥ぎ取られて以来、志貴はその腕に包まれることに慣らされていた。機密に触れない範囲で、悩みを打ち明け相談してきた。その悩みに答えが見つからなくても、体が啼き出すまで快楽を与えられ、劣情を開放する形で鬱屈を吐き出すように導かれた。
 しかし一洋の不在により、もう三月もの間、口に出せないやるせなさを、澱のように溜め込み続けている。落ち着いた深みのある声で、「気になることは口に出してみろ」とやさしく促す幼馴染はいない。
 男の手技にすっかり慣らされた体も、一洋の手でなければ欲望を果たせなくなっている。
 尻の奥の秘められた快楽の源泉を暴く、太く長い指。汗ばむ肌を撫でさする固い手のひら。痴態の限りを尽くし放心した志貴を抱き寄せ、怖いことはないのだと、快楽の残滓に痙攣する体を宥める腕。
 それがなければ、志貴の体は悦びを得ることができない。
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