トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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13章

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(イチ兄さんなら、絶対に軍上層部に漏らしたりしない。そんなことをしたら、本国でこの話を潰されるとわかっているはずだ。外務省の知英家ルートで進めることを既定路線にして……、――兄さん、早く帰ってきて)

 一月半経っても戻らないのは、これまでで最長の出張だ。
 こんな時に、と爪を噛みたい思いがじりっと身を焦がすが、噛み締める前に、目の前の悪童が軽口で焦燥を吹き飛ばしてくる。

「愛されている者の艶が出ているな、志貴。いい男に愛されているようだ」
「……はい?」
「隠さなくていい。厳しい状況で消耗しているのではないかと案じていたのだ。こんなに艶が出るほど愛してくれる者が側にいるなら安心だ」
「私が理解できる言語で、話していただけませんか」
「残念だが、愛を語る言語を使う相手は他にいるのでね。どうしてもというなら考えるが、私の小さな志貴相手では、犯罪者の気分になりそうだ」

 志貴は怖気をふるい、思わず我が身を抱き締めた。

「今、貴方との友情が一瞬途切れましたよ……!」
「君ほどの多言語話者なら、どんな言語でも達者だろうな。おまけにその麗しい顔にしなやかな体――一度試してみたい気もするが、私は一途なのだ」
「――母国の未来を投げ打って貴方と絶交したい誘惑に抗えそうにないので、食事が終わったらさっさと帰ってください」
「ハッハッハ! やはり志貴は可愛いな。ずっと変わらずその調子なら、君を愛する者も会うたびにたまらない思いをしているだろう。――その肉体を愛でることはしないが、私の愛は深く広く、永遠に私の小さな志貴のものだよ」
「今すぐっ、今すぐ帰ってください!」
「ガルシア夫人! ――ああ、呼びつけてすまない。今日のコシードはいつもに増して素晴らしい。お代わりをいただけるかな」
「あらまあ、うれしいこと。すぐにお持ちしますね。矢嶋さんは? もう少しいかが?」
「……お願いします……」

 鳥肌を立てながらも、志貴はお代わりを頼んだ。
 ガルシア夫人の絶品のコシードに罪はないし、不在の間もきちんと食事を摂ることを一洋と約束しているのだ。

(イチ兄さん、早く帰ってきて!)

 一洋が戻って来れば、向かいに座るのは異星人ではなく幼馴染になる。心の中で悲鳴のように懇願して――ふと志貴は気づいた。
 さきほどこの異次元の異星人は、何と言ったか。

 ――こんなに艶が出るほど愛してくれる者が側にいるなら安心だ。

(側に……?)

 今、一洋は側にいない。だからこそジェイムズは毎週末押し掛けてきて、こうして傍若無人に振る舞っている。
 ならば、誰のことを言っているのだろう。

(側にいる、いい男……まさか……)

 浮かんだ心当たりを、まさか、ともう一度打ち消す。
 愛してくれる男だの艶が出ているだのと、悪童の世迷い言に過ぎない。ジェイムズと彼の――頭に浮かんだ男との接点は一度だけ、それも一年前のことのはずだ。
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