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13章
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「――今は一個人の見解に過ぎないことを前置きしておきます。その上で私は、日本が取るべき道は早期の講和だと確信しています。連合国が、カサブランカ宣言を撤回しないであろうことはわかっている。それでも、講和のために最低限必要な道を、譲っていただくことはできないでしょうか」
連合国が『完璧な罰と報復を課す』と明言している戦争指導者に、国家元首を含めないことは可能なのか。
私見と断りを入れつつも単刀直入に問う志貴を、ジェイムズは満足そうに見つめた。
「君は以前、天皇の首を取っても日本は戦争をやめないと言った。何とも扱いに困る首だが、ならばそれで『道』を通してはどうだ」
どのように、と問うのは愚かだ。
ジェイムズも答えを期待していないらしく、無言で返しても、気にする様子もなく続ける。
「文字通りの国家元首。かつては互いに行き来があり、今の天皇はアルバートの父上を随分慕っていたと聞く。来英時はアルバートとも親しくしていたようだし、彼の即位式にはすぐ下の弟宮夫妻を名代に立てていたな」
アルバートとは、イギリス国王ジョージ六世のファーストネームであり、その父上というのは故ジョージ五世のことだ。友のように王を呼ぶジェイムズの人脈は計り知れないが、皇太子時代に一月ほどイギリスに滞在したことのある今上とイギリス王室には、彼の言うように深く交友した過去あった。
「――その顔では、君も同じことを考えていたのだろう。狙いどころは我が国の王室だと」
英国王の名で講和を働きかけてもらえれば、母国が膝を折る素地ができる。国家として、最低限の面目が保たれる。
縋るような思いで、志貴は一言一言を押し出すように舌に乗せた。
「内々にでも、皇室との友誼を――日本との講和をお言葉にしてくだされば……」
「周が生きていれば、きっと同じことを願っていた。何としても天皇に上奏するルートを確保し、どんな手を使ってでもアスター家に接触してきただろう。残念ながら、梶はまだそこまで肚が決まっていないようだ。――さて、周の代役を務めるのは誰なのだろうな?」
任国とのつつがない国交の維持に努め、個人としても現地の人々と広く交流し、その国の子供のために命を落とした父。
イギリスには、矢嶋周という日本人を覚えている人間が、官民問わず今も多くいるはずだ。その中に、葬儀に勅使を立てた国王も含まれている可能性は高い。
「我が家には、国王と話のできる地位と力がある。以降の窓口となる用意も。――志貴、大恩ある矢嶋周の息子。父の命の代償に、何を望む」
「日本に住む人々とその生活――母国の未来を」
迷いのない口調で、静かに志貴は望みを口にした。
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どのように、と問うのは愚かだ。
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