トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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12章

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 さきほども探られた襟の中に指が潜り込み、一点に指を這わされる。その場所に執着される理由もわからず、慄いた顎を掴まれ、あっと思った時には口づけられていた。
 経験豊富な手馴れた男は、いとも簡単に生まれたばかりの志貴の欲望を満たしてくれるが、最早手綱を付けられる忠犬ではない。手玉に取られ翻弄されるのは、志貴の方なのだ。

「愛してる」
「……やめてくれ」

 欲望だけが先走る、誠実さの欠片もない関係で、そんな言葉を言われたくなかった。しかし男は、制止の声が聞こえないかのように、何度も繰り返す。

「愛してる、志貴」
「そう思うなら、君は私に触れないでくれ。頼む……」
「この期に及んで、まだそんなつれないことを言うとはな。――本当に憎たらしい、性質の悪いご主人様だ……」

 強くうなじを掴まれ、また性急に唇を重ねられた。あの闘牛の夜の口づけのような荒々しさに呻きながらも、志貴の中の艶めかしい生き物は歓喜している。貪るほど求められることに――この男の執着に。
 自覚するしかなかった。ピラールに抱いた感情は嫉妬であり、身の内に生まれたこの獣の名は独占欲であることを。昨日から自身を苛んでいる、男にも女にも一度たりとも抱いたことのない、忌々しい胸の疼きの正体を。

「俺はまだ、あんたの飼い犬だ。許しがない限り、あんたの肌に触れない。ただし唇だけは例外だ」

 色気の滴る眼差しで、テオバルドは志貴を射抜く。離した唇をべろりと舐められ、その淫靡な感触に、志貴は思わず目を瞑った。この男を前に目を逸らしたりはしたくないのに、妖艶さを増したテオバルドの眼差しと手管は、容易く志貴の抵抗を挫く。

「あんたはもうテオと呼ばないと言った。俺にいつキスされても構わないということだ」
「そんなつもりは――」
「あんたがどう思おうと、俺はそう理解した。……この唇は、衛藤には触れさせないでくれ。俺のために」
「中佐は、違う。違うんだ……んっ、んう……」

 それ以上、言葉は許されなかった。
 ソファの上で包み込むように腕を回され、湿った音を立てながら口づけを交わす。従順に男の唇と舌を受け入れる志貴に、テオバルドはより貪欲に求め始める。
 自分のものになった唇を味わうのに、男は周到とも言える几帳面さを見せた。志貴の顎を掴み軽く仰のかせると、うっすらと開いた唇の狭間に舌を差し入れる。その先端は歯列を丁寧になぞり、口内の粘膜を擦り上げ、強弱をつけて志貴の反応を引き出そうとする。擽るような動きに志貴が身を震わせた場所のすべてに留まり、何度も繰り返して覚えさせようとしてくる。志貴には未知の快楽を、自らの舌先には美味しい餌の在り処を。
 口の中の弱いところをすべて調べ、記録し、支配下に置いていく。志貴を攻略するための、淫靡な官能の地図が作られていく。
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