トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
145 / 237
12章

14

しおりを挟む
「子供の頃の話だ。私がその人に似ているから、思春期だった中佐が思い詰めた――事故みたいなものだ」
「――本気で言っているのか?」
「嘘じゃない、……一度だけだ」

 恋情抑え難く、一洋が志貴を身代わりに自らの欲を満たしたのは、あの春の日と、――一月ぶりに会った、六月のあの夜だけだ。
 口づけられてはいないが、先月の出来事を思い出し、ぞくりと身の内を震えが走る。そのせいで、短く素っ気ない答えすら、口の中で滞ってしまう。
 その隙を、犬の嗅覚が見逃すはずがない。

「じゃあ質問を変えよう。毎週日曜から月曜の朝まで、衛藤はあんたの部屋で、あんたに何をしてるんだ?」
「――私を、見張っていたのか」

 私生活を監視されていたという衝撃的な事実を明かされ、志貴は一瞬言葉を失った。コスモポリタンの同胞を自称する相手に、まさかそんな真似をされるとは思ってもいなかったのだ。――そして、そのことにまた打ちのめされた。
 有用だが警戒を要する相手と認識していたはずなのに、監視されていたことに衝撃を受けている――いつのまにか、すっかり信用していたのだ、テオバルドを。
 再び、梶の言葉が甦る。

 ――二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ。

「月曜なんて誰もが気怠いもんだが、あんたはその上、やけに色っぽく艶を増した顔をするようになった。しかも気がついたら毎週だ。忠実な飼い犬としては、ご主人様の身を案じて色々と勘ぐりたくもなる。試しに張ってみたら、衛藤が一晩中あんたの部屋で過ごした挙句、出勤するあんたに付き添ってるじゃないか。騎士よろしくお姫様を公使館までエスコートして、小洒落た店で一緒に朝飯を食うこともあったな。労わるように時々あんたの腰に手を回して――どう見たって、一夜を共にした恋人同士にしか見えない。それも、腰が抜けるほど濃密な夜を」
「それはっ……」

 動揺が治まらないうちに畳み掛けられ、志貴は今度こそ顔色を失った。

 『薬』の処方が月曜日の朝にも及ぶことは、たびたびあった。
 たっぷりと啼かされ、快楽で頭を空っぽにして落ちる深い眠りから覚めた朝、浴室で湯を浴びながら駄目押しのように絶頂を強いられる。中を弄られてごくわずかな精を吐き、甘い痺れに酔った心身を出勤に向けて立て直すのは、大変だった。堕落した夜と朝の残滓を払拭しようと、冷たい水で叩くように顔を洗っても、油断すると体内を暴く一洋の指の感触が甦ってしまうのだ。
 身に染みついた『薬効』が滲み出ていたとしたら――、いたたまれなさにどうにかなりそうだ。蒼白になった志貴を、何も言わずにテオバルドは観察している。嘘もごまかしも通用しないのだと突きつけるように。
 この状況でうまく言い逃れる自信など、志貴にはなかった。頭にあるのは、一洋の名を汚してはならないということだけだ。ならば恥を忍んで、端的に『薬』のことを話す以外、選択肢は残されていない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...