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12章
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「子供の頃の話だ。私がその人に似ているから、思春期だった中佐が思い詰めた――事故みたいなものだ」
「――本気で言っているのか?」
「嘘じゃない、……一度だけだ」
恋情抑え難く、一洋が志貴を身代わりに自らの欲を満たしたのは、あの春の日と、――一月ぶりに会った、六月のあの夜だけだ。
口づけられてはいないが、先月の出来事を思い出し、ぞくりと身の内を震えが走る。そのせいで、短く素っ気ない答えすら、口の中で滞ってしまう。
その隙を、犬の嗅覚が見逃すはずがない。
「じゃあ質問を変えよう。毎週日曜から月曜の朝まで、衛藤はあんたの部屋で、あんたに何をしてるんだ?」
「――私を、見張っていたのか」
私生活を監視されていたという衝撃的な事実を明かされ、志貴は一瞬言葉を失った。コスモポリタンの同胞を自称する相手に、まさかそんな真似をされるとは思ってもいなかったのだ。――そして、そのことにまた打ちのめされた。
有用だが警戒を要する相手と認識していたはずなのに、監視されていたことに衝撃を受けている――いつのまにか、すっかり信用していたのだ、テオバルドを。
再び、梶の言葉が甦る。
――二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ。
「月曜なんて誰もが気怠いもんだが、あんたはその上、やけに色っぽく艶を増した顔をするようになった。しかも気がついたら毎週だ。忠実な飼い犬としては、ご主人様の身を案じて色々と勘ぐりたくもなる。試しに張ってみたら、衛藤が一晩中あんたの部屋で過ごした挙句、出勤するあんたに付き添ってるじゃないか。騎士よろしくお姫様を公使館までエスコートして、小洒落た店で一緒に朝飯を食うこともあったな。労わるように時々あんたの腰に手を回して――どう見たって、一夜を共にした恋人同士にしか見えない。それも、腰が抜けるほど濃密な夜を」
「それはっ……」
動揺が治まらないうちに畳み掛けられ、志貴は今度こそ顔色を失った。
『薬』の処方が月曜日の朝にも及ぶことは、たびたびあった。
たっぷりと啼かされ、快楽で頭を空っぽにして落ちる深い眠りから覚めた朝、浴室で湯を浴びながら駄目押しのように絶頂を強いられる。中を弄られてごくわずかな精を吐き、甘い痺れに酔った心身を出勤に向けて立て直すのは、大変だった。堕落した夜と朝の残滓を払拭しようと、冷たい水で叩くように顔を洗っても、油断すると体内を暴く一洋の指の感触が甦ってしまうのだ。
身に染みついた『薬効』が滲み出ていたとしたら――、いたたまれなさにどうにかなりそうだ。蒼白になった志貴を、何も言わずにテオバルドは観察している。嘘もごまかしも通用しないのだと突きつけるように。
この状況でうまく言い逃れる自信など、志貴にはなかった。頭にあるのは、一洋の名を汚してはならないということだけだ。ならば恥を忍んで、端的に『薬』のことを話す以外、選択肢は残されていない。
「――本気で言っているのか?」
「嘘じゃない、……一度だけだ」
恋情抑え難く、一洋が志貴を身代わりに自らの欲を満たしたのは、あの春の日と、――一月ぶりに会った、六月のあの夜だけだ。
口づけられてはいないが、先月の出来事を思い出し、ぞくりと身の内を震えが走る。そのせいで、短く素っ気ない答えすら、口の中で滞ってしまう。
その隙を、犬の嗅覚が見逃すはずがない。
「じゃあ質問を変えよう。毎週日曜から月曜の朝まで、衛藤はあんたの部屋で、あんたに何をしてるんだ?」
「――私を、見張っていたのか」
私生活を監視されていたという衝撃的な事実を明かされ、志貴は一瞬言葉を失った。コスモポリタンの同胞を自称する相手に、まさかそんな真似をされるとは思ってもいなかったのだ。――そして、そのことにまた打ちのめされた。
有用だが警戒を要する相手と認識していたはずなのに、監視されていたことに衝撃を受けている――いつのまにか、すっかり信用していたのだ、テオバルドを。
再び、梶の言葉が甦る。
――二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ。
「月曜なんて誰もが気怠いもんだが、あんたはその上、やけに色っぽく艶を増した顔をするようになった。しかも気がついたら毎週だ。忠実な飼い犬としては、ご主人様の身を案じて色々と勘ぐりたくもなる。試しに張ってみたら、衛藤が一晩中あんたの部屋で過ごした挙句、出勤するあんたに付き添ってるじゃないか。騎士よろしくお姫様を公使館までエスコートして、小洒落た店で一緒に朝飯を食うこともあったな。労わるように時々あんたの腰に手を回して――どう見たって、一夜を共にした恋人同士にしか見えない。それも、腰が抜けるほど濃密な夜を」
「それはっ……」
動揺が治まらないうちに畳み掛けられ、志貴は今度こそ顔色を失った。
『薬』の処方が月曜日の朝にも及ぶことは、たびたびあった。
たっぷりと啼かされ、快楽で頭を空っぽにして落ちる深い眠りから覚めた朝、浴室で湯を浴びながら駄目押しのように絶頂を強いられる。中を弄られてごくわずかな精を吐き、甘い痺れに酔った心身を出勤に向けて立て直すのは、大変だった。堕落した夜と朝の残滓を払拭しようと、冷たい水で叩くように顔を洗っても、油断すると体内を暴く一洋の指の感触が甦ってしまうのだ。
身に染みついた『薬効』が滲み出ていたとしたら――、いたたまれなさにどうにかなりそうだ。蒼白になった志貴を、何も言わずにテオバルドは観察している。嘘もごまかしも通用しないのだと突きつけるように。
この状況でうまく言い逃れる自信など、志貴にはなかった。頭にあるのは、一洋の名を汚してはならないということだけだ。ならば恥を忍んで、端的に『薬』のことを話す以外、選択肢は残されていない。
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