143 / 237
12章
12
しおりを挟む
語尾を吸われるように、再び唇が重なる。
過去のものとは違い、奪う形ではない口づけは、やさしく丁寧だった。荒々しく唇を割ることもなく、上唇、下唇と、咥えるように柔らかく吸い、食むようにその柔かさを堪能される。極上の美味を丹念に味わうかのようだ。
「……ふ……んっ……」
柔かな唇の愛撫で自然と開いた隙間に、熱い舌がぬるりと差し込まれた。ゆっくりと、しかし大胆に、厚い舌で口腔を舐められ、掻き回される。舌先で口蓋をくすぐられると、うなじが粟立つような官能が立ち上った。
この男の口づけは、いつも志貴から官能を引きずり出す。普段は思い出しもしないそれを、こうして容易く白日の元に晒し、突きつけるのだ。これが――体の中をうねるこの感覚は、男が望み、志貴が受け入れて生まれたものなのだと。
「そんな蕩けた顔をして……。衛藤はキスが下手なのか」
たっぷり志貴の口を吸って、名残惜しそうに身を離した男は、そんな言葉を口にした。嘲るような響きに、冷や水を浴びせられたように背筋が竦む。
さきほど思い出して後ろめたい思いをしただけに、一洋を貶めるような言い草は我慢ならなかった。
「言っておくが、私に言い寄った男は君だけだ。……こんなことをするのも」
鋭く抗議したが、付け足した言葉は尻すぼみになる。テオバルドの唇が、濡れて光っているのに気づいたからだ。互いを潤すような深い口づけの痕跡を、視界に入れるのもいたたまれない。
そんな志貴を満足そうに眺めながら、テオバルドは諭すような口調になる。
「フェデリコの悪趣味なパーティーであれだけ男たちにちやほやされておいて、本気で言ってるのか? だとしたら、これまであんたの周りにいた男たちは、相当我慢強い紳士ばかりだったんだな。――以前あんたは、俺をベルベデーレのアポロンに似てると言ったが、俺に言わせりゃ、あんたはミケランジェロのピエタにそっくりだ」
唐突に巨匠の傑作の名を挙げられ、志貴はつい、逸らしていた視線をテオバルドに戻した。
ミケランジェロのピエタ――サン・ピエトロのピエタのことだろう。まるで生きているかのような、若々しく穏やかで神々しい聖母。そのあまりの美しさに正気を失った男に傷つけられたこともある、ダビデ像と並ぶミケランジェロの彫刻の代表作だ。
その傑作を自身の形容に引用することを、大それた喩えだ、と窘める気にはなれなかった。何故なら志貴こそが、ローマに出張しあの大理石の聖母の前に立つたびに、母を思い出していたからだ。
それほどに彼女は、美しく儚げな容姿の持ち主であり、志貴はその母に瓜二つと言われる。――一洋が、今もその息子の三十男に、想い人の面影を重ねるほどに。
「清らかで儚げな聖母を前に、好きだの抱かせろだの言える男がいたら、かなりの強心臓だ。穢れのないものを自らの手で汚してやりたい欲はあっても、大抵は腹におさめたまま、甘酸っぱい憧れとして大事に取っておくもんだからな」
「そう言う君は、初対面で手を出そうとしたじゃないか」
過去のものとは違い、奪う形ではない口づけは、やさしく丁寧だった。荒々しく唇を割ることもなく、上唇、下唇と、咥えるように柔らかく吸い、食むようにその柔かさを堪能される。極上の美味を丹念に味わうかのようだ。
「……ふ……んっ……」
柔かな唇の愛撫で自然と開いた隙間に、熱い舌がぬるりと差し込まれた。ゆっくりと、しかし大胆に、厚い舌で口腔を舐められ、掻き回される。舌先で口蓋をくすぐられると、うなじが粟立つような官能が立ち上った。
この男の口づけは、いつも志貴から官能を引きずり出す。普段は思い出しもしないそれを、こうして容易く白日の元に晒し、突きつけるのだ。これが――体の中をうねるこの感覚は、男が望み、志貴が受け入れて生まれたものなのだと。
「そんな蕩けた顔をして……。衛藤はキスが下手なのか」
たっぷり志貴の口を吸って、名残惜しそうに身を離した男は、そんな言葉を口にした。嘲るような響きに、冷や水を浴びせられたように背筋が竦む。
さきほど思い出して後ろめたい思いをしただけに、一洋を貶めるような言い草は我慢ならなかった。
「言っておくが、私に言い寄った男は君だけだ。……こんなことをするのも」
鋭く抗議したが、付け足した言葉は尻すぼみになる。テオバルドの唇が、濡れて光っているのに気づいたからだ。互いを潤すような深い口づけの痕跡を、視界に入れるのもいたたまれない。
そんな志貴を満足そうに眺めながら、テオバルドは諭すような口調になる。
「フェデリコの悪趣味なパーティーであれだけ男たちにちやほやされておいて、本気で言ってるのか? だとしたら、これまであんたの周りにいた男たちは、相当我慢強い紳士ばかりだったんだな。――以前あんたは、俺をベルベデーレのアポロンに似てると言ったが、俺に言わせりゃ、あんたはミケランジェロのピエタにそっくりだ」
唐突に巨匠の傑作の名を挙げられ、志貴はつい、逸らしていた視線をテオバルドに戻した。
ミケランジェロのピエタ――サン・ピエトロのピエタのことだろう。まるで生きているかのような、若々しく穏やかで神々しい聖母。そのあまりの美しさに正気を失った男に傷つけられたこともある、ダビデ像と並ぶミケランジェロの彫刻の代表作だ。
その傑作を自身の形容に引用することを、大それた喩えだ、と窘める気にはなれなかった。何故なら志貴こそが、ローマに出張しあの大理石の聖母の前に立つたびに、母を思い出していたからだ。
それほどに彼女は、美しく儚げな容姿の持ち主であり、志貴はその母に瓜二つと言われる。――一洋が、今もその息子の三十男に、想い人の面影を重ねるほどに。
「清らかで儚げな聖母を前に、好きだの抱かせろだの言える男がいたら、かなりの強心臓だ。穢れのないものを自らの手で汚してやりたい欲はあっても、大抵は腹におさめたまま、甘酸っぱい憧れとして大事に取っておくもんだからな」
「そう言う君は、初対面で手を出そうとしたじゃないか」
30
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる