トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
137 / 237
12章

6

しおりを挟む
 共和主義者たちの絶え間ない口論と、目の前に横たわる諸問題への取り組みののろさが、ホセ・アントニオを政治的自由主義から遠ざけた。その愚鈍な手法は死滅の危機に瀕しており、自由主義の死滅後に訪れるのは革命である、と彼は断言する。

 その力強い言葉は皮肉にも、明白に暴力を嫌うホセ・アントニオの下に好戦的な輩を集わせた。彼らは線香花火のように激しく刹那的であり、その言動は単純でわかりやすいが故に、党内で一定の力を持つようになる。
 そしてそうした集団は、ファランヘ党だけで形成されたわけではなかった。敵対する勢力にも、暴力を厭わない集団が生まれていた。

 あらゆる政治勢力の要人が、用心棒ピストレロを雇わないと外を歩けないほどマドリードの治安は悪化し、街角での小競り合いは日常化していく。ホセ・アントニオが国の秩序を破壊するテロリズムをいくら嫌悪しても、あちこちで襲撃が繰り返され、毎日のように党員と敵対者の命が失われた。
 暴力の波が日に日に高まる中で、ついに弱体な共和国政府は、混乱の源泉の一つと目するファランヘ党の抑圧をもって、事態を収拾しようとする。――自らの無能無策には目を瞑り、ただファランヘ党の非合法化を宣言することによって。

 ホセ・アントニオは逮捕された。
 多くの人々が、非合法なもの――つまりは脱獄も含め、あらゆるやり方で彼を監獄から救い出そうと奔走した。
 テオバルドもその一人だった。ホセ・アントニオを地方選挙の候補者名簿に載せて当選させ、新たに議員の身分を得た上で堂々と監獄を出てもらおうと画策する彼の旧友の動きに同調し、暴力が蔓延する状況下で、自ら危険な連絡係を買って出た。
 しかし共和国派が、その動きを指を咥えて眺めているはずもない。彼らの妨害工作のせいで、いくつかの選挙区でホセ・アントニオの得票は勘定されず、彼に議席が与えられることはなかった。
 すべての試みが、果たされることなく、潰えた。

 でっち上げられた反乱準備幇助という罪の下、凍える晩秋の夜明けに、ホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベーラ――ファランヘ党党首、第三代エステーリャ侯爵であり、家族にも友にも敵勢力の要人にすらもその人柄を愛された、三十三歳のカリスマは銃殺された。

「共和国はホセ・アントニオを殺した。内戦が始まってからは、政教分離の名の下に教会を弾圧し、聖職者を虐殺した。支配地域の熱心な信徒も、少しでも共和国に対する不満を口にした人間も。つまり、ありふれた貧しい農村の善良な小間物屋――俺の両親も殺した。俺は記者になり、私怨から奴らの非道を暴き、新聞に書き立てた。でも内戦が終わってみれば、それ以上の虐殺や処刑で、反乱軍は敵勢力を殲滅しようとしていたんだ」

 ゲルニカはその一部に過ぎない、と吐き捨てるようにテオバルドは言った。国際法に反する、人類史上初の市民に対する無差別爆撃を、自らが属する勢力が行った。その事実は、正義に燃える青年の胸を深く抉り、今も血を流したままなのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

きみをください

すずかけあおい
BL
定食屋の店員の啓真はある日、常連のイケメン会社員に「きみをください」と注文されます。 『優しく執着』で書いてみようと思って書いた話です。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

処理中です...