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11章
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内戦中、敵対する陣営――共和国側に不当に逮捕され、正式な裁判もなく若くして処刑されたホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベーラは、侯爵でありながら擬似革命的な思想を持つ政治家であり、現政権を支える政党の前身組織ファランヘ党の創立者だった。
彼の名前は、マドリードのあちこちで見ることができる。『ホセ・アントニオ ここにあり!』という碑文は、街中に立つ内戦の慰霊塔や教会の石碑に刻まれた、現政権のプロパガンダでもあった。
軍事クーデターから始まった内戦で共和国に勝利し、独裁者として国を治めることになった反乱軍のリーダー・フランコ将軍は、そのイデオロギーと支持基盤としての価値をファランヘ党に見出し、カリスマ的な支持を集めていた亡き指導者を、悲劇の救世主に祭り上げた。
その上で、ホセ・アントニオの遺した政治綱領を継受し、他の保守勢力と強制的に合併させて国政政党に再編すると、自らの支配下に組み込んだ。
独裁の一翼を担う政党――新ファランヘ党と、あくまで創立者ホセ・アントニオを信奉する旧ファランヘ党。主流派は前者であり、幹部として名を連ねるピラールも、新ファランヘ党の協力者だった。
たまに紙面に登場する、悲劇のカリスマの妹にして、党女性部の指導者。
いつだったか、志貴が読んでいた新聞をテオバルドが気にしたことがあったが、その一面を飾っていたのは彼女の写真だったことを、志貴は思い出していた。
「ホセ・アントニオはテオバルドの師で、兄のような存在でもあった男だ。今も敬慕の念を抱いているだろう。ピラールのことも、姉のように思っているはずだ。――最近は互いに疎遠なようだが」
「疎遠、ですか」
テオバルドから、家族や交友関係について聞いたことはない。闘牛士をしていた過去も、ナヴァスが口にしなければ教える気もなかったのだろう。彼が自ら志貴に与えた情報は、スパイとしての履歴だけ。甘い言葉で飼い主に擦り寄っても、信用できるのはスパイの経歴と技量だけということになる。
依頼主とスパイの関係には、それで十分なはずだ。テオバルドは相変わらず優秀な桐組織のリーダーであり、彼の配下の諜報員たちは、今日もアメリカ大陸で獲物を追っているだろう。高くつくが、その分彼らは実によく働いてくれている。桐機関は何の問題もなく機能しており、日本の諜報活動に貢献している。
それなのに胸にわだかまる、濁った煙のような掴みどころのない不満は、一体何だというのか。
「かつての恋人を、終わった過去に置き去りにする能力は、女性の方が高いと私は思うんだがね。あのピラールなら尚更だ。テオバルドに対して、今も姉のような立ち位置は捨てずにいるなら、彼女にしては大盤振る舞いだよ」
二人の過去と、ピラールが今も抱く、テオバルドへの特別らしい恩情。
大人の男女の間に、過去と今どんな繋がりがあろうと、他人には関係のないことだ。むしろ口出しする方が物見高く下世話であり、逆の立場なら不快に思うだろう。
彼の名前は、マドリードのあちこちで見ることができる。『ホセ・アントニオ ここにあり!』という碑文は、街中に立つ内戦の慰霊塔や教会の石碑に刻まれた、現政権のプロパガンダでもあった。
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