トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
130 / 237
11章

11

しおりを挟む
 内戦中、敵対する陣営――共和国側に不当に逮捕され、正式な裁判もなく若くして処刑されたホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベーラは、侯爵でありながら擬似革命的な思想を持つ政治家であり、現政権を支える政党の前身組織ファランヘ党の創立者だった。
 彼の名前は、マドリードのあちこちで見ることができる。『ホセ・アントニオ ここにあり!』という碑文は、街中に立つ内戦の慰霊塔や教会の石碑に刻まれた、現政権のプロパガンダでもあった。

 軍事クーデターから始まった内戦で共和国に勝利し、独裁者として国を治めることになった反乱軍のリーダー・フランコ将軍は、そのイデオロギーと支持基盤としての価値をファランヘ党に見出し、カリスマ的な支持を集めていた亡き指導者を、悲劇の救世主に祭り上げた。
 その上で、ホセ・アントニオの遺した政治綱領を継受し、他の保守勢力と強制的に合併させて国政政党に再編すると、自らの支配下に組み込んだ。

 独裁の一翼を担う政党――新ファランヘ党と、あくまで創立者ホセ・アントニオを信奉する旧ファランヘ党。主流派は前者であり、幹部として名を連ねるピラールも、新ファランヘ党の協力者だった。
 たまに紙面に登場する、悲劇のカリスマの妹にして、党女性部の指導者。
 いつだったか、志貴が読んでいた新聞をテオバルドが気にしたことがあったが、その一面を飾っていたのは彼女の写真だったことを、志貴は思い出していた。

「ホセ・アントニオはテオバルドの師で、兄のような存在でもあった男だ。今も敬慕の念を抱いているだろう。ピラールのことも、姉のように思っているはずだ。――最近は互いに疎遠なようだが」
「疎遠、ですか」

 テオバルドから、家族や交友関係について聞いたことはない。闘牛士をしていた過去も、ナヴァスが口にしなければ教える気もなかったのだろう。彼が自ら志貴に与えた情報は、スパイとしての履歴だけ。甘い言葉で飼い主に擦り寄っても、信用できるのはスパイの経歴と技量だけということになる。
 依頼主とスパイの関係には、それで十分なはずだ。テオバルドは相変わらず優秀な桐組織のリーダーであり、彼の配下の諜報員たちは、今日もアメリカ大陸で獲物を追っているだろう。高くつくが、その分彼らは実によく働いてくれている。桐機関は何の問題もなく機能しており、日本の諜報活動に貢献している。
 それなのに胸にわだかまる、濁った煙のような掴みどころのない不満は、一体何だというのか。

「かつての恋人を、終わった過去に置き去りにする能力は、女性の方が高いと私は思うんだがね。あのピラールなら尚更だ。テオバルドに対して、今も姉のような立ち位置は捨てずにいるなら、彼女にしては大盤振る舞いだよ」

 二人の過去と、ピラールが今も抱く、テオバルドへの特別らしい恩情。
 大人の男女の間に、過去と今どんな繋がりがあろうと、他人には関係のないことだ。むしろ口出しする方が物見高く下世話であり、逆の立場なら不快に思うだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...