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11章
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白いシャツに灰色のスカートという地味な身なりに、控えめな薄化粧。全体的に落ち着いた装いが、却って彼女の華やかな美貌を際立たせている。年は志貴より少し上だろうか。目鼻立ちのはっきりした大輪の花のような美女だが、眼差しには理知の光が宿る。一見して貴人と思わせる品と落ち着きが、彼女にはある。
失礼にならないように二人を観察する志貴に、女が視線を向けた。その意味を汲み取り、ナヴァスが志貴の肩に触れながら言う。
「ピラール、こちらは矢嶋志貴。日本の外交官で、テオバルドの友人だ。志貴、ピラールは知っているね」
「勿論です。――初めてお目に掛かります、セニョリータ・プリモ・デ・リベーラ。矢嶋志貴と申します」
ピラール・プリモ・デ・リベーラ。
その美女の顔と名を、志貴は新聞で知っていた。
「初めまして、矢嶋さん。――綺麗な方ね、テオのお友達ですって? 気をつけて、彼は手が早いから」
「面白くない冗談だよ、ピラール。志貴は国に息子がいるんだ」
「あらま、茨の恋路ね。いい気味」
自分は大掛かりなパーティーを開いてまで志貴に男を宛てがおうとしたことなどさっぱり忘れた顔のナヴァスを、ピラールがこれまたさっぱりと受け流す。この国の中枢に棲む人間は、人の話を聞きたいところだけ聞くのが作法らしい。
薄く微笑むピラールに肩を竦めると、ナヴァスが当然の問いを投げ掛ける。
「今日はどうした訳で、女性部の重鎮たる君が真っ昼間の公園なんかにいるんだ」
「いつものことよ。どうしてもと言うから、退屈な党の集まりに顔を出して、気分直しに散歩しながら家に帰るところ。女性部は党のすることに口出ししないのだから、いちいち呼び出さないでほしいわ」
「君の名前と顔には、それだけ価値があるんだよ」
「何の力もない偶像を、いまだに担がなきゃやっていけないなんて。いつまで赤ん坊の面倒を見なきゃいけないのかしら。――もう行くわ。さようなら、矢嶋さん。テオによろしく」
――テオによろしく。
さり気なく付け足された、ごく自然なありふれた別れの一言は、鋭い針となって志貴を刺した。
自身をテオと呼べと迫った時、あの男は何と言ったか――。
落ち着いた歩調で木陰を選びながら、ピラールは去っていった。振り向く素振りも見せず、またそれを期待するわけでもないのに、その姿を追ってしまう。謁見を終えた女王を見送る臣下のように、隣に座るナヴァスもピラールの背中を見つめていた。
「……あの方は、テオバルドと知り合いなのですか」
「彼女がどういう人物か、君はどれくらい知っているかね」
「内戦時の女傑で、党の女性幹部とだけ」
「内戦時の女傑というのは、少し違うな。ピラールはそれ以前から女傑だった。彼女はファランヘ党の古参メンバー、党女性部の創設者というだけでなく、ホセ・アントニオの妹だ」
失礼にならないように二人を観察する志貴に、女が視線を向けた。その意味を汲み取り、ナヴァスが志貴の肩に触れながら言う。
「ピラール、こちらは矢嶋志貴。日本の外交官で、テオバルドの友人だ。志貴、ピラールは知っているね」
「勿論です。――初めてお目に掛かります、セニョリータ・プリモ・デ・リベーラ。矢嶋志貴と申します」
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「初めまして、矢嶋さん。――綺麗な方ね、テオのお友達ですって? 気をつけて、彼は手が早いから」
「面白くない冗談だよ、ピラール。志貴は国に息子がいるんだ」
「あらま、茨の恋路ね。いい気味」
自分は大掛かりなパーティーを開いてまで志貴に男を宛てがおうとしたことなどさっぱり忘れた顔のナヴァスを、ピラールがこれまたさっぱりと受け流す。この国の中枢に棲む人間は、人の話を聞きたいところだけ聞くのが作法らしい。
薄く微笑むピラールに肩を竦めると、ナヴァスが当然の問いを投げ掛ける。
「今日はどうした訳で、女性部の重鎮たる君が真っ昼間の公園なんかにいるんだ」
「いつものことよ。どうしてもと言うから、退屈な党の集まりに顔を出して、気分直しに散歩しながら家に帰るところ。女性部は党のすることに口出ししないのだから、いちいち呼び出さないでほしいわ」
「君の名前と顔には、それだけ価値があるんだよ」
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――テオによろしく。
さり気なく付け足された、ごく自然なありふれた別れの一言は、鋭い針となって志貴を刺した。
自身をテオと呼べと迫った時、あの男は何と言ったか――。
落ち着いた歩調で木陰を選びながら、ピラールは去っていった。振り向く素振りも見せず、またそれを期待するわけでもないのに、その姿を追ってしまう。謁見を終えた女王を見送る臣下のように、隣に座るナヴァスもピラールの背中を見つめていた。
「……あの方は、テオバルドと知り合いなのですか」
「彼女がどういう人物か、君はどれくらい知っているかね」
「内戦時の女傑で、党の女性幹部とだけ」
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