トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
110 / 237
10章 ※

しおりを挟む
「ここに来れなかった間、頼んでもいないのに、ジェイムズ卿が毎週電話で報告してくれたんだ。今週の志貴がどんなに可愛かったか、クマを抱いて眠る志貴が抱き枕としてどれほど優秀なのか、気のせいではなく癒しの香りがするから自宅に持って帰りたかったとか」
「……何かもう全部本当にすみません……」

 弱っている一洋を受けとめるつもりが、脱力のあまり、逆にしがみついてしまった。

「前から職場に電話されてたのに、黙って庇ってくれてたんでしょう? 迷惑を掛けてごめんなさい……」
「志貴のせいじゃないだろう。電話くらい迷惑でも何でもないが、志貴に対する彼の態度は、何というか――少々変質者じみていてな。譲る気にはなれなかった」
「変質者に悪いよ。ジェイムズには、闇も深淵もない。純粋に奇矯な変人なんだから」
「おいおい、その言い草も大概だぞ」

 おかしそうに苦笑する一洋に、その腕の中で、志貴は密かにほっとしていた。
 この一月ですっかり消耗している一洋を、心身ともに少しでも回復させたい。夕食はガルシア夫人が作り置いてくれたから、一洋の手を煩わせる必要はない。仕事で何かあった時に自宅に一人でいると、引きずってしまい休むのが難しいことは、経験上よく知っている。志貴が一洋という存在に支えられているように、一洋にも少しは甘え、寛いでほしかった。

 今日こそはホストとして一洋をもてなそう、という志貴の決意は、しかしそのゲストによって脆くも崩れ去った。
 夕食のあたためや盛り付け、食器の片付けはすべて一洋が担当し、志貴が手を出そうとすると、「俺がやった方が早く休めるんだが」とぐうの音も出ない理由で断られた。片付けの後、居間で寛ぐにも、何故か志貴が膝枕を強要される。その上『アキラ』を抱くことを所望されては、一洋がジェイムズの報告をなぞっていることは明らかだった。

「イチ兄さん、何を張り合ってるの……」
「今日はクマを抱く志貴を抱き枕にして寝ていいか。寝酒として最高だと聞いたんでな」

 力なく窘める志貴に耳を貸さず、異星人のナイトキャップを一洋が所望する。その言い草にさらに力が抜けたが、今夜は『薬』の時間はないと察し、志貴はひっそり安堵した。自分のことなど構わずにゆっくり休んでくれるなら、抱き枕でも何でも務めてみせる。
 志貴の健気な心掛けは、ジェイムズの報告をすべて実践しようとする男には好都合でしかなかった。抱き締めてくる腕を払わなかった志貴は、調子に乗った大柄な男にぬいぐるみのように扱われて、幼馴染のジェイムズ化を嘆きながら数時間を過ごすことになる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...