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9章 ※
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「だが君も知っての通り、海軍は海軍独自の暗号を使っている。外務省から、お宅の暗号は解読されているかもしれませんよ、とは口が裂けても言えないだろう」
「承知しています。私がその問いを向けるのは、外務省の暗号についてです。海軍の暗号の安全性が疑われる中、外務省の暗号は安全だと言える根拠は何もありません」
真剣に戦局の行方を――故国の未来を案じる者なら、常に頭の片隅にある疑いだ。機密の保持は万全なのか、と。特に情報戦のいう名の、武器を使わない戦場に身を置く者なら尚更だった。
しかし本省には暗号に対する過信と油断がある、と桐組織に関わるようになってから、志貴は思い始めていた。軍や商社とは異なり、外務省が扱うのはいずれ公知となること、他国にも予想できる情報が殆どだ。もし漏洩しても、当事者の生死に影響するわけではない、という危機意識の低さに、情報戦の最前線に身を置く者として危惧を覚えないわけにはいかなかった。
梶には重ねて、外務省暗号の安全性について、識者による学理検討を本省に具申することを提案し、志貴は公使室を辞した。
母国の未来に命を捧げる覚悟で、梶も志貴もマドリードに来た。戦争への感傷は、すべて終わってからでいい。
戦死した提督を心から尊敬し、その逸話を誇らしげに語ったこともある一洋の顔が、一瞬頭をよぎったが、すぐに脇へと押しやった。
訃報に耽溺している暇など、ない。戦時下に公務を帯びて異郷にいる者なら、文武を問わず、誰にも。
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