トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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9章 ※

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 季節は春も半ばを過ぎ、初夏に向かって走り出している。
 季節が動くごとに、戦局はその厳しさを増していく。日本軍は南方戦線のガダルカナル島から「転進」――大本営が生み出した、「撤退」の奇妙な言い換えだ――を余儀なくされ、ソビエトのスターリングラードまで侵攻していたドイツ軍は、熾烈な攻防戦の果てに降伏した。

「私は日本も日本人も気に入っているが、国の舵取りをしている奴らは例外だ」

 長い脚を優雅に組み直しながら、ジェイムズが顎の下に手を添える。気障な仕草も一流俳優のように様になるが、舌に乗せる言葉は辛辣だ。

「一体何を根拠に、この戦争を続ける利があると思っているのだ? まともな判断力の持ち主なら、少しでも交渉の余地があるうちに講和を進めようと思うはずだ」
「御説ごもっとも、と言いたいところですが、貴方に言われると素直には承服しかねますね」
「ふん、我が国イギリスが狼藉大国だからか?」
「貴方が徹頭徹尾、朝から晩まで、唯我独尊の好き勝手し放題だからですよ」
「何だ、私に嫉妬しているのか。いくつになっても志貴は可愛いな」

 目を細める異星人の言い草を黙殺したのは、図星の部分もあったからだ。国のエゴというなら、母国にも引けを取らないどころかその上を行く国の人間が、それを自覚した上で冷ややかに放り出した言葉。
 ジェイムズは常に広い視野を持ち、どんな時も自由で、すべてのしがらみを引き千切る。それでいて、連邦コモンウェルスに留まるとはいえ植民地が次々と独立を果たし、七つの海を制覇した過去の栄光が翳りつつある故国を見限ってはいない。
 愛してはいても絶望している、あの男とは異なる。闘牛士の情熱を内に秘めながら、今は他国のために働くスパイとは。

「まあ、座して見物しているがいい。力で脅せば無理も通るし何でも手に入れられる、と世界中でやりたい放題してきた国の未来を。――その前に枢軸国が、帝国戦争博物館の良い陳列品になりそうだが」

 自国を刺した刃でついでのように斬りつけられ、しかし反論することもできず、志貴は憮然として返した。

「……今日は何の用です」
「何の用? 私の小さな志貴の麗しい顔を見る以外、日本公使館ここに足を運ぶ理由があると思うか? まったく、この国には潤いになるものが少なくていけない」

 実につまらなそうに言い放つが、ジェイムズはこの国の美食――彼の母国のそれよりはるかに勝る――をたっぷり堪能している。何度も食事に付き合わされ、それを知る志貴のじっとりした視線を弾き飛ばして、自分勝手な男は続けた。

「そういえば、衛藤はどうしている」
「特に変わりはないようですが、何か用でも?」
「志貴の保護者は自分一人だと言わんばかりに、週末ずっと独占しているのが気に食わない。この間、『クマちゃん』ごと抱き枕にしたいからたまには譲れと抗議したら、黙って電話を切られた。失礼で勝手な奴だ」

 ジェイムズに「失礼で勝手」などと言われては、世も末だ。しかしその前に、看過できない爆弾発言を、この異星人はしていなかったか。

「電話って……どこへ?」
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