トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
98 / 237
9章 ※

5

しおりを挟む
「外で何を言ってるの!」

 非難の言葉が、反射的に幼馴染の口調になってしまう。
 二人きりでも、公共の場では軍人と外交官という立場を保ちたい志貴は、こうした気軽な店でも一等書記官として振る舞うのが常だ。懇意にしている相手であろうと、異郷で特殊な任務を帯びる者同士――それも所属の異なる末端として、はっきりとしたけじめが必要だと信じるからだ。
 しかしそうした配慮も、あまりにも節操のない言い草に一瞬で吹き飛んでしまった。
 恥知らずな男を睨むと、迎え撃つように口元を歪めてくる。ほのめかすような笑み――その先にあるものを察し、じわじわと顔が赤らんでいく。

 日曜日の昼食会は、官民の隔てなく邦人が集まる貴重な機会であり、安易にやめられるものではない。そして所属を問わない自由な集いである以上、ホストの志貴が特定の人物の参加を渋ることもできない。
 そうした事情に搦め捕られ逃げ場を失った志貴と、昼食会の後も部屋に残って幼馴染との時間を持つ一洋の関係は、傍から見れば以前と変わっていない。しかしその後――夜の『薬』の処方は、新しい日常として二人の間に定着していた。

「まわりは皆スペイン人だ、誰も日本語はわからないさ。……もう三ヵ月にもなるのに、まだ慣れないのか。――可愛いな、志貴」
「可愛いと言っていいとは、誰も許可していません」

 動揺を押し隠すように、冷たく男の軽口を遮る。その様すらも楽しむように、一洋がからかう口調で続ける。

「可愛いものを可愛いと言って、何が悪いんだか」
「三十男が可愛く見えるなど、中佐の目は腐っています」
「同じことをうちのお袋に言えるのか?」
「中佐こそ。私の自立を妨げていると母に知れたら、余計なことをしてくれるなと鉄拳制裁が下りますよ」
「その時は潔く責任を取って、一生志貴の面倒を見るさ」

 当然のことのように言い切られ、志貴は口を噤むしかなかった。健康な成人男子として、誰かに一生面倒を見られるなど冗談ではないが、この幼馴染の扱いには注意が必要だ。

 やさしく頼りがいのある兄貴分だと思っていた男は、兄弟としての親愛の奥に、得体の知れない熱を秘めていた。
 勿論、やさしく頼りがいがあることに変わりはない。ただ、毎週日曜日の夜に志貴を追い詰め陥落させる手管に容赦はなく、その眼差しには常軌を逸した何かを感じるのだ。
 その何かに、志貴は心当たりがある。受けとめられるのは自分だけであることも、わかっている。快楽で泣き喚かせることで、抱え込んだ不安や焦燥からひととき志貴を開放するように、一洋も束の間の安寧を得られればと願い、ただ呑み込んでいる影。
 この濃密で、歪な関係になって三ヵ月。――まだ三ヵ月だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...