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9章 ※
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日曜日、柔道の練習の後に志貴の部屋に集まって昼食を摂るのは、邦人有志の週の行事としてすっかり定着している。その後片付けをしてから火曜日の朝までが、ガルシア夫人の休みだ。日曜日の夕食は作り置いてくれるので問題ないが、月曜日は朝から、志貴は自分で食事を用意しなければならない。
年末はしばらくコーヒーだけで済ませていたが、今は厄介な監視役がいる。年明けからは以前のように、月曜日は外で朝食を摂ってから出勤するか、監視役の用意する朝食を自宅で摂るようになっていた。
「こんなお菓子で腹が膨れるのか?」
向かいに座って同じ物を頼んだくせに、呆れたようにケチをつけてくる男に、志貴はわざとらしく肩を竦めた。
「文句があるなら付き合わなくていいのに」
「俺の朝飯を断るくらいだ。どんな美味い物を食うのか気になるだろう」
一洋は、目の前の皿から細長い揚げパンをつまみ上げると、カップの中のホットチョコレートに浸す。それをひょいと口に入れ、――おもむろに嘆息した。
「糖分と油分だけ、栄養に偏りがあるにも程がある。……が、志貴は昔から甘い物を食べる時、本当に幸せそうな顔をするな」
生地を素揚げしただけのチュロスに、甘さ控えめのとろみのあるチョコレートが絡む。志貴のお気に入りの、この国の朝食メニューだ。
本来であればもっとこってり甘い飲み物を、大戦下で砂糖が手に入りにくいという仄暗い食糧事情が、その甘さを穏やかなものに変えていた。
「見た目ほどは、甘くないでしょう」
「志貴の甘党は相変わらずだな。角屋の羊羹がおやつの時は、俺たちの中で一番小さい志貴が、一番食いついてたよな」
あからさまな子供扱いに心の片隅が軋むが、昔を懐かしむように目を細めて見つめられると、何も言えなくなる。諦めとともに、心の痛みも少しずつ溶けていく。
本心では今も反骨心は疼いているが、与えられた任務の前には些細な意地に過ぎないのだと諭され――それでも抗おうと上げた拳は、完膚無きまでに捻じ伏せられた。志貴にはもう、抗う術はない。怒りをたたえた一洋は、声も感情も荒げない分恐ろしく、罰を与える手にも言葉にも容赦がない。
「これが栄養満点というなら、まだ我慢できるんだがな……」
左党の一洋は、子供の頃から甘いものがあまり得意ではない。たった一本のチュロスすら持て余し気味にしている。その上、ため息をつきつつ、
「昨夜散々搾り取ったから、今朝は精のつくものを食べさせてやりたかったんだが」
などと零したため、志貴は飲んでいた水に咽せそうになった。
年末はしばらくコーヒーだけで済ませていたが、今は厄介な監視役がいる。年明けからは以前のように、月曜日は外で朝食を摂ってから出勤するか、監視役の用意する朝食を自宅で摂るようになっていた。
「こんなお菓子で腹が膨れるのか?」
向かいに座って同じ物を頼んだくせに、呆れたようにケチをつけてくる男に、志貴はわざとらしく肩を竦めた。
「文句があるなら付き合わなくていいのに」
「俺の朝飯を断るくらいだ。どんな美味い物を食うのか気になるだろう」
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「昨夜散々搾り取ったから、今朝は精のつくものを食べさせてやりたかったんだが」
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