トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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7章

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 目覚めた時、すでに外は暗くなっていた。
 台所からは、いい匂いが漂ってくる。体の上の毛布を畳み、幼馴染とはいえ客人を働かせておきながら昼寝をしてしまったことを恥じつつ、志貴は台所を覗いた。鼻歌を歌いながら、一洋は昼食後からずっと働き詰めのようだ。

「ごめん、イチ兄さん。僕、寝ちゃって……」
「俺はこの年末年始、志貴に飯を食わせてよく寝かせる任務を与えられてる。満腹して眠くなったなら、上手くいっているということだな」
「……もっとマシな任務はもらえなかったの?」
「こんな重要任務は初めてだ、身が引き締まる思いだよ」

 殆どの店や市場が閉まる明日明後日、つまり大晦日と元旦に備え、一洋は作り置きのできる料理をすべて済ませたらしい。まだ腹は空かないが、夕食の支度も済んだとのことで、前掛けを脱いだ一洋とともに志貴はカードゲームを楽しんだ。
 ぽつりぽつりと交わされる会話の話題は、自然と年末年始の過ごし方のことになる。

「短い休みだから遠出はできないが、どこかに行くか?」
「いいよ、イチ兄さんも仕事の疲れが溜まってるでしょう。食事の世話をしてもらっておいてなんだけど、のんびりしたら?」
「そうだな、腰を据えてお前の面倒を見るとするか」
「……だから、僕はもう子供じゃないんだけど」
「仕事始めに、志貴の肌がカサついて荒れたままだったり、隈が残ってたりしたら、俺もお前も評価を下げることになる。俺の任務の邪魔をするなよ」
「梶さんはイチ兄さんの上官じゃない」

 人の話を聞かない一洋に、少々苛立ちを感じて言い返したが、自称保護者たちの企みは志貴の想像を超えていた。

「評価するのは、上官より怖い人だ。お前がいつまでも聞き分けないなら、梶さんから君子先生に連絡が行くことになっている」
「冗談……」
「梶さんと俺が、冗談でこんなことをすると思うか?」

 しかも公電で、梶が懇意にしている同期――つまり亡父の同期でもある次官宛に連絡が行き、彼から君子に直接伝えてもらうのだという。君子の返事も次官経由でスペインに届くように手筈を整えるとまで言われ、逆に言うことを聞くものかという反発心が沸き起こるが、志貴は黙ってその場をやり過ごした。
 今朝一洋が来るまでに、英米の新聞を一紙ずつ読み終えていた。今夜分のオシントの材料はすでに仕入れている。

 しかし、むくれていられたのも夕食までだった。一洋が用意していたのは、和風の鍋だったのだ。
 塩抜きしたバカラオからは、いい出汁が出る。臭みを抜くために潰したニンニクを二かけ入れて火を通し、下茹でしたジャガイモ、飾り切りの人参、きのこ、西洋葱、青菜とともに鍋に仕立てたご馳走に、志貴は目を輝かせた。

「すごい……本格的な鍋だ」
「豆腐があれば、もっとよかったんだが。飯も炊いたから、締めは雑炊にするか」
「ご飯も!」
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