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6章
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「……わざわざ私を辱めに来たんですか、貴方は……」
「再会の挨拶がてら、クリスマスプレゼントは何がいいかを聞きに来たに決まっている。父や兄たちからも、志貴に不自由をさせないように厳命されているし、何より私自身の意思でもある。しかし、これで贈り物は決まったな。君の大事な『クマちゃん』も、今はボロボロになっているだろう。任地で寂しくないように、新しいのを贈ってやる」
「やめて……!」
悲鳴のような懇願は、ジェイムズの耳に届くが勿論受理されることはない。
二十数年前彼にもらったクマのぬいぐるみは、幼い志貴の大切な友達となったが、年を取るごとに距離は遠くなり、今は日本の自宅の書斎の棚に据えられている。その旧友に、こんな形で復縁を迫られることになろうとは。
志貴の『クマちゃん』はドイツ製だが、きっとジェイムズは敵国のぬいぐるみを難なく手に入れ、志貴に手渡すだろう。いつ、どこで、その恐ろしいイベントは発生するのか。
日本公使館一等書記官の沽券に関わるため、公の場で醜態を晒すことは避けなければならない――絶対に。
(梶さんに承諾を取って、自宅に招くしかないか……)
今は敵国の外交官であるジェイムズと、個人的な付き合いを持つのは避けるべきだが、背に腹は代えられない。それに結局、志貴は子供の頃から、何物にもとらわれず自由な彼が好きなのだ。その彼と付き合うには、突飛と思われても、彼のすべてを受け入れるしかない。
肩を落としてため息をついた隙に、唯我独尊の異星人の腕がにゅっと伸びる。あっと思う間もなく、志貴は再びジェイムズの腕の中に閉じ込められ、頭を撫でられていた。
「ジェイムズ……離して……」
再びのぬいぐるみ扱いに、素で懇願する志貴は殆ど涙目だ。対するジェイムズは、――ご満悦だった。
「やはり私の小さな志貴をこうしていると、満たされる。この国には、可愛がりたいと思える人間が君しかいないからな。これからも、たまに補給しに寄らせてもらう」
不穏な予告に慄きながらも、体が離れほっとしたのも束の間、額に軽く口づけを落とされる。
「では、ごきげんよう」 と高らかに告げて、来た時同様、ジェイムズは嵐のように去っていった。
ジェイムズが何を補給していったのかは不明だが、明らかに志貴は大切な何かを吸い尽くされ、カラカラに消耗していた。嵐というより、通り魔に遭った気分だった。
ふらふらと席に戻り、重力に任せて椅子に身を預ける。できれば自宅に戻って休みたいほど疲労困憊していたが、仕事は残っている。――途中で逃げ出した裏切り者はいるが。
黒木の意見を聞いた上で報告書にまとめて梶に報告し、本国に打電すべき内容だ。自分の予測が外れていない前提で下書きを始めようとは思うのだが、今し方の動揺の波が治まるまで、しばらく時間が掛かりそうだった。
これから先の苦難を想像し、思わず机に突っ伏してしまった志貴に、部屋の入口から声を掛ける者があった。
「すごい男だな。難攻不落のあんたを、一瞬で無力化していた」
怠惰に目の分だけ顔を上げて正面を見ると、よく知るラテン男が冷ややかな笑みをたたえて扉口にもたれている。
「再会の挨拶がてら、クリスマスプレゼントは何がいいかを聞きに来たに決まっている。父や兄たちからも、志貴に不自由をさせないように厳命されているし、何より私自身の意思でもある。しかし、これで贈り物は決まったな。君の大事な『クマちゃん』も、今はボロボロになっているだろう。任地で寂しくないように、新しいのを贈ってやる」
「やめて……!」
悲鳴のような懇願は、ジェイムズの耳に届くが勿論受理されることはない。
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(梶さんに承諾を取って、自宅に招くしかないか……)
今は敵国の外交官であるジェイムズと、個人的な付き合いを持つのは避けるべきだが、背に腹は代えられない。それに結局、志貴は子供の頃から、何物にもとらわれず自由な彼が好きなのだ。その彼と付き合うには、突飛と思われても、彼のすべてを受け入れるしかない。
肩を落としてため息をついた隙に、唯我独尊の異星人の腕がにゅっと伸びる。あっと思う間もなく、志貴は再びジェイムズの腕の中に閉じ込められ、頭を撫でられていた。
「ジェイムズ……離して……」
再びのぬいぐるみ扱いに、素で懇願する志貴は殆ど涙目だ。対するジェイムズは、――ご満悦だった。
「やはり私の小さな志貴をこうしていると、満たされる。この国には、可愛がりたいと思える人間が君しかいないからな。これからも、たまに補給しに寄らせてもらう」
不穏な予告に慄きながらも、体が離れほっとしたのも束の間、額に軽く口づけを落とされる。
「では、ごきげんよう」 と高らかに告げて、来た時同様、ジェイムズは嵐のように去っていった。
ジェイムズが何を補給していったのかは不明だが、明らかに志貴は大切な何かを吸い尽くされ、カラカラに消耗していた。嵐というより、通り魔に遭った気分だった。
ふらふらと席に戻り、重力に任せて椅子に身を預ける。できれば自宅に戻って休みたいほど疲労困憊していたが、仕事は残っている。――途中で逃げ出した裏切り者はいるが。
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これから先の苦難を想像し、思わず机に突っ伏してしまった志貴に、部屋の入口から声を掛ける者があった。
「すごい男だな。難攻不落のあんたを、一瞬で無力化していた」
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