トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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6章

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 相変わらずの子供扱いに、醜態を同僚に見られる屈辱に内心青ざめながら、ジェイムズ越しに恐る恐る室内を伺う。しかし、そこには誰もいなかった。案内してきた館員は勿論、黒木までもが姿を消している。突然踏み込んできた敵国人に恐れをなし、志貴を見捨てて逃げたのだ。
 扉は開けたままなのは、何かあればすぐに助けに入れるようにという配慮なのかもしれないが、廊下で聞き耳を立てているくらいなら、いっそ密室で見殺しにしてくれた方がましだった。

「君がうちの大使を気にしているなら、余計な気遣いだ。あいつは大英帝国の威光が届かないところではちっとも役に立たない男だが、私は自らが輝く男だからな。君に会いにここへ来ることに文句など言わせないし、黴臭い母国の威光など、なくてもどうでもよろしい」

 相変わらずの傲慢な調子で母国をこき下ろした上で、ただ、とジェイムズは続ける。

「黴臭くて時に反吐も出るが、チョビ髭のドイツ野郎よりはマシだ。私は友を選ぶ時、ルーツも国籍も問題にしないからな」

 融通無碍と言えば聞こえはいいが、その実、コスモポリタンの権化――というより徹頭徹尾の合理主義者で能力至上主義者。
 あくまで個を重視するジェイムズの世界に、国境など無意味らしい。それゆえに、彼はおそらくこの戦争に最も苛立っている人間の一人だろう――人道的見地による憤りではないところが、ジェイムズなのだが。

「従って私はこの戦いで国を売るような真似はしないし、君にもそれを求めることはない。それが中立国ここでの、我々の付き合いの前提だ」

 互いの立場を明確にし、線引きした上で、これまでのように年の離れた友人として付き合う。筋と情の通ったジェイムズの宣言に、志貴は素直に頷いた。世界的大企業の創業者だけあって、職務に関することでは言うことがまともだ。
 しかし、賑やかに飾り付けられた室内を見回しての発言は、志貴の恐れていた種類のものだった。

「それにしても可愛い部屋だな。君の執務室としては合格だが、お気に入りのクマのぬいぐるみはどうした。ほら、いつも脇に抱えて大事そうに持ち歩いていたやつだ。自宅に置いてあるのか」
「……何十年前の話をしているんです。日本に置いてきているに決まっているでしょう」
「つまり、古いクマのぬいぐるみを、何十年も大事にしているのだな」

 ニヤニヤと揶揄されるならまだしも、真面目な顔で「私の小さな志貴は、そうでなければ」と頷かれ、内心で呻く。――これだから、任地で会いたくなかったのだ。
 成人しても志貴の保護者を自任する勢力の共通項は、いつまでも志貴を子供扱いし、その子供時代の逸話を何度も披露し、今に続く志貴の性質として愛でることだ。それも、人前だろうが職場だろうが、お構いなしに。
 梶や衛藤家の人々と比べても、常識という点でジェイムズは最も縁遠く、志貴の説得に耳を貸す可能性は無いに等しい。顔を合わせれば、また場所をわきまえず愛玩動物のように扱われるのかと思うと、――気を失いそうになる。
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