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6章
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館員の勝手な通達を面白がった一等書記官室の常連たちが、訪れるたびに飾りを増やしていったせいで、今やこの部屋は子供部屋のような有り様だ。黒木も律儀にクリスマス飾りを持参しており、どこに飾ろうかと室内を見回している。どうやって手に入れたのか、この国では珍しい小さなツリーの模型だ。
「やっぱりクリスマスといったらツリーですよ」
アメリカ生活が長かった黒木は、志貴の背後の出窓にツリーを据えて矯めつ眇めつした後、満足そうに頷いた。
「こんなに可愛いツリー、よく手に入りましたね。ここへなんて置かないで、自宅に飾ったらどうです」
「可愛いからこそ、似合う人のいるところに置くべきなんですよ。一人住まいの侘しいあばら家に置いたって、寂しさが募るだけだ」
やはり家族を帯同していない黒木は、しみったれた台詞とは裏腹にカラッと笑う。
似合う人とは誰のことだと思ったが、志貴は沈黙を守った。黒木の背後には、一洋がいる。一等書記官室での一部始終は、筒抜けになっていると思った方がいい。何かと志貴を甘やかしたがる幼馴染を喜ばせるような言動は、慎まなければならなかった。
「さて、始めましょうか」
志貴は、部屋の真ん中に運び込んだ大机に、どさりと紙束を積む。すべて英米の新聞と雑誌だ。
欧州の中立国スペインでは、連合国アメリカやイギリスの新聞、雑誌などの定期刊行物を入手することが可能だ。どれも枢軸国では手に入らず、中立国ならではの貴重な情報源となる。それらの公開情報を入念に分析し、合法的に秘密情報を入手する。公開情報諜報と呼ばれる手法で、志貴が得意とするものだ。
これを行うには、高い語学力が必要となる。天与ともいえる記憶力と語学の才能を持ち、オシントに通じた志貴が梶に呼ばれたのは、その能力を買われたからだった。諜報機関設立のために赴く中立国スペイン、そこで入手できる公開情報を最大限活用できる副官として、白羽の矢が立ったのだ。
「黒木さんがいらっしゃらない間の記事で、気になるものがあったんです。確認をお願いできますか」
「はいはい、……何だこりゃ、アメリカの工業新聞と『コン・ト・ランデ』…フランスの物理学誌? こんなもんまで手を出してるんですか」
「学術誌の方は、文章として読むとさっぱりですが、単語の羅列と考えれば情報は得られますからね」
「はあ……」
呆れたような相槌とともに、「僕はフランス語はからきしだから、新聞の方だけ確認しますよ」と黒木が紙面を覗き込む。赤を入れられた箇所に、黒木が丹念に目を通している間、志貴は黙って彼の反応を待った。先に私見を述べて、余計な先入観で彼の分析を濁らせたくない。
やがて顔を上げた黒木は、畏怖とも驚愕とも取れる表情を浮かべていた。
「矢嶋さん、一体どうして……」
黒木が口を開いた時、小気味良い足音が、大理石張りの廊下をこちらに渡ってくるのが耳に入った。それに続く、慌ただしい足音と制止の声も。
何事かと眉をひそめる間もなくせっかちなノックが二回、「どうぞ」と答える前にドアは大開きに勢いよく開いた。
「やっぱりクリスマスといったらツリーですよ」
アメリカ生活が長かった黒木は、志貴の背後の出窓にツリーを据えて矯めつ眇めつした後、満足そうに頷いた。
「こんなに可愛いツリー、よく手に入りましたね。ここへなんて置かないで、自宅に飾ったらどうです」
「可愛いからこそ、似合う人のいるところに置くべきなんですよ。一人住まいの侘しいあばら家に置いたって、寂しさが募るだけだ」
やはり家族を帯同していない黒木は、しみったれた台詞とは裏腹にカラッと笑う。
似合う人とは誰のことだと思ったが、志貴は沈黙を守った。黒木の背後には、一洋がいる。一等書記官室での一部始終は、筒抜けになっていると思った方がいい。何かと志貴を甘やかしたがる幼馴染を喜ばせるような言動は、慎まなければならなかった。
「さて、始めましょうか」
志貴は、部屋の真ん中に運び込んだ大机に、どさりと紙束を積む。すべて英米の新聞と雑誌だ。
欧州の中立国スペインでは、連合国アメリカやイギリスの新聞、雑誌などの定期刊行物を入手することが可能だ。どれも枢軸国では手に入らず、中立国ならではの貴重な情報源となる。それらの公開情報を入念に分析し、合法的に秘密情報を入手する。公開情報諜報と呼ばれる手法で、志貴が得意とするものだ。
これを行うには、高い語学力が必要となる。天与ともいえる記憶力と語学の才能を持ち、オシントに通じた志貴が梶に呼ばれたのは、その能力を買われたからだった。諜報機関設立のために赴く中立国スペイン、そこで入手できる公開情報を最大限活用できる副官として、白羽の矢が立ったのだ。
「黒木さんがいらっしゃらない間の記事で、気になるものがあったんです。確認をお願いできますか」
「はいはい、……何だこりゃ、アメリカの工業新聞と『コン・ト・ランデ』…フランスの物理学誌? こんなもんまで手を出してるんですか」
「学術誌の方は、文章として読むとさっぱりですが、単語の羅列と考えれば情報は得られますからね」
「はあ……」
呆れたような相槌とともに、「僕はフランス語はからきしだから、新聞の方だけ確認しますよ」と黒木が紙面を覗き込む。赤を入れられた箇所に、黒木が丹念に目を通している間、志貴は黙って彼の反応を待った。先に私見を述べて、余計な先入観で彼の分析を濁らせたくない。
やがて顔を上げた黒木は、畏怖とも驚愕とも取れる表情を浮かべていた。
「矢嶋さん、一体どうして……」
黒木が口を開いた時、小気味良い足音が、大理石張りの廊下をこちらに渡ってくるのが耳に入った。それに続く、慌ただしい足音と制止の声も。
何事かと眉をひそめる間もなくせっかちなノックが二回、「どうぞ」と答える前にドアは大開きに勢いよく開いた。
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