44 / 237
4章
10
しおりを挟む
「湯を沸かすことしかできないあんたよりはマシだが、俺も料理は得意じゃない。帰りに馴染みの居酒屋に寄って、持ち帰り用に適当に見繕ってもらうから、それで我慢してくれ」
演技も入っているであろう哀願めいた提案に、志貴は鷹揚に頷いてみせた。
今夜のことでテオバルドに非はなく、これが八つ当たりであることは自分でもわかっている。したたかな外相の思惑に、幾人かの同僚が嵌められたことが腹立たしく、また自分も同じように懐柔できると思われたことも不愉快だった。その行き場のない感情を、テオバルドに理不尽にぶつけたのだ。
それでもテオバルドは受けとめてくれる。
何故か確信めいたものがあり、事実彼はこうして呆れるでもなく志貴の言葉を受けとめ、望みを叶えようと算段している。志貴の受けた屈辱を慮り、子供じみた要求を丸ごと呑み込むことで、傍らに寄り添おうとしている。
一洋とはまた異なる、見えない腕を望む前に必要なところへ行き届かせるような気遣いに、志貴は知らず肩の力を抜いていた。吐き出した感情をしなやかに受けとめられ、ささくれ立っていた気持ちが、ゆっくりと平らかになっていく。
「つまみが揃うなら、ワインは家にあるのを出すよ」
「……俺を部屋に入れるつもりか」
「君はお腹が空いてないのか」
忠犬の仕事を果たそうとする飼い犬志願の男に、ささやかではあるが褒美を与えようと思ったのに、テオバルドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「あんたに惚れてる男を、迂闊に部屋に上げようとするな。俺が悪い男だったら、まんまと食われてるところだぞ」
その言い方では、まるで悪い男ではないみたいじゃないか、と憎まれ口を叩こうとして、――射抜くような鋭い眼差しに本気の苛立ちを感じ取り、思わず口籠った。何をそれほど怒られなければならないのかと、言われたことを注意深く反芻してみる。そして思い至った結論に、――愕然とする。
半ば茫然としながら口にした言葉は、我ながら間の抜けたものだった。
「……もしかして君、これまでずっと、私を口説いていたのか」
初対面からふざけた物言いをしてすげなく撃退され、それでも懲りずに甘い態度で接してくるテオバルドを、これがラテン男の真髄かと観察する思いで対応してきた。ふとした折に垣間見せる、太陽の明るさと対をなす濃い影に胸の奥がざわめくこともあったが、得体の知れない相手への、本能的な警戒だと結論付けていた。
もしそれが勘違いだったのなら――これまでのテオバルドの言動が、志貴の心を手に入れようとするものだったなら――随分と強気な自信家だな、という感想しかない。
演技も入っているであろう哀願めいた提案に、志貴は鷹揚に頷いてみせた。
今夜のことでテオバルドに非はなく、これが八つ当たりであることは自分でもわかっている。したたかな外相の思惑に、幾人かの同僚が嵌められたことが腹立たしく、また自分も同じように懐柔できると思われたことも不愉快だった。その行き場のない感情を、テオバルドに理不尽にぶつけたのだ。
それでもテオバルドは受けとめてくれる。
何故か確信めいたものがあり、事実彼はこうして呆れるでもなく志貴の言葉を受けとめ、望みを叶えようと算段している。志貴の受けた屈辱を慮り、子供じみた要求を丸ごと呑み込むことで、傍らに寄り添おうとしている。
一洋とはまた異なる、見えない腕を望む前に必要なところへ行き届かせるような気遣いに、志貴は知らず肩の力を抜いていた。吐き出した感情をしなやかに受けとめられ、ささくれ立っていた気持ちが、ゆっくりと平らかになっていく。
「つまみが揃うなら、ワインは家にあるのを出すよ」
「……俺を部屋に入れるつもりか」
「君はお腹が空いてないのか」
忠犬の仕事を果たそうとする飼い犬志願の男に、ささやかではあるが褒美を与えようと思ったのに、テオバルドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「あんたに惚れてる男を、迂闊に部屋に上げようとするな。俺が悪い男だったら、まんまと食われてるところだぞ」
その言い方では、まるで悪い男ではないみたいじゃないか、と憎まれ口を叩こうとして、――射抜くような鋭い眼差しに本気の苛立ちを感じ取り、思わず口籠った。何をそれほど怒られなければならないのかと、言われたことを注意深く反芻してみる。そして思い至った結論に、――愕然とする。
半ば茫然としながら口にした言葉は、我ながら間の抜けたものだった。
「……もしかして君、これまでずっと、私を口説いていたのか」
初対面からふざけた物言いをしてすげなく撃退され、それでも懲りずに甘い態度で接してくるテオバルドを、これがラテン男の真髄かと観察する思いで対応してきた。ふとした折に垣間見せる、太陽の明るさと対をなす濃い影に胸の奥がざわめくこともあったが、得体の知れない相手への、本能的な警戒だと結論付けていた。
もしそれが勘違いだったのなら――これまでのテオバルドの言動が、志貴の心を手に入れようとするものだったなら――随分と強気な自信家だな、という感想しかない。
21
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる