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4章
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「それで親切な君は、私が男の色仕掛けに屈すると思って、わざわざ忠告しに来てくれたというわけか」
「女を抱きたいなら仕方がないが、男を相手にするなら俺以上の恋人はいないからな」
飼い犬志願だったのが、いつのまに恋人に格上げなのか。
外相に仕掛けられた下品な罠、それにまんまと嵌められた同僚の不甲斐なさ、そしてこのふざけた言い草に、押さえ付けていた苛立ちが膨れ上がる。
「君は以前、私の犬にしてくれと言ったが、主人の危険を察知したらすぐに知らせるのが忠犬というものじゃないか。それができない君は犬失格だ。恋人なんて論外だ」
きつく言い捨てる志貴の剣幕に驚いたのか、直前までの不機嫌さを放り出して、テオバルドが目を丸くする。
「すごい言い草だな。――嵌められそうになって拗ねているのか」
「週末の夜をこんなことに潰されて気分が悪い。提出前にもう一度推敲したい報告書があったんだ。君が連れ出すから、食事も食べ損ねた」
今夜自分に振られた役割――男の色仕掛けに籠絡される間抜けな外交官――を知った以上、会場に戻る気は毛頭なかった。ナヴァスとの関係はこれまで通り保つつもりだが、さすがにそこまでの道化を演じるつもりはない。
胸の中の負の感情を言葉にする代わりに視線に乗せて、じっとりと目の前の男を睨む。
「私はお腹が空いたんだ」
一音一音念を押すような強い調子で、原始的な主張をする志貴に、テオバルドは完全に毒気を抜かれたらしい。呆気に取られたように志貴を見つめ、――我に返ると、「そうか、そうだな」と少々慌てたように何やら呟きながら算段を始める。
「この時間だと、レストランは店じまい前だな……。居酒屋に寄るか」
「立ち飲みは嫌だ、とても疲れてるんだ。それに騒々しい場所もごめんだ、家でゆっくりしたい」
「言ってることが滅茶苦茶だぞ、志貴。腹が減ったのに、どこにも寄らずに帰りたいだなんて」
「君が調達して届けるなり、料理するなりしたらいいじゃないか。食材なら、台所に何かあるはずだ」
「俺が……料理?」
「私は湯を沸かす以外、台所では何もできない」
きっぱりと言い放ち恥じることもない志貴を、つくづくと眺めたテオバルドは、お手上げとでも言うようにわざとらしくため息をついてみせた。
「――わかってきたぞ。そうやってお姫様みたいにつんと澄ましてる志貴を、まわりの奴らが寄ってたかって甘やかして、懐に入れて可愛がってきたんだろう。大事に愛されるのは当たり前、それを受けとめ応えるのも当たり前。注がれる愛情をたっぷり吸って、拗ねて八つ当たりしたところで可愛いだけの、花のような男が出来上がったんだな」
はぁ、とテオバルドはもう一つ大仰なため息をついた。
「女を抱きたいなら仕方がないが、男を相手にするなら俺以上の恋人はいないからな」
飼い犬志願だったのが、いつのまに恋人に格上げなのか。
外相に仕掛けられた下品な罠、それにまんまと嵌められた同僚の不甲斐なさ、そしてこのふざけた言い草に、押さえ付けていた苛立ちが膨れ上がる。
「君は以前、私の犬にしてくれと言ったが、主人の危険を察知したらすぐに知らせるのが忠犬というものじゃないか。それができない君は犬失格だ。恋人なんて論外だ」
きつく言い捨てる志貴の剣幕に驚いたのか、直前までの不機嫌さを放り出して、テオバルドが目を丸くする。
「すごい言い草だな。――嵌められそうになって拗ねているのか」
「週末の夜をこんなことに潰されて気分が悪い。提出前にもう一度推敲したい報告書があったんだ。君が連れ出すから、食事も食べ損ねた」
今夜自分に振られた役割――男の色仕掛けに籠絡される間抜けな外交官――を知った以上、会場に戻る気は毛頭なかった。ナヴァスとの関係はこれまで通り保つつもりだが、さすがにそこまでの道化を演じるつもりはない。
胸の中の負の感情を言葉にする代わりに視線に乗せて、じっとりと目の前の男を睨む。
「私はお腹が空いたんだ」
一音一音念を押すような強い調子で、原始的な主張をする志貴に、テオバルドは完全に毒気を抜かれたらしい。呆気に取られたように志貴を見つめ、――我に返ると、「そうか、そうだな」と少々慌てたように何やら呟きながら算段を始める。
「この時間だと、レストランは店じまい前だな……。居酒屋に寄るか」
「立ち飲みは嫌だ、とても疲れてるんだ。それに騒々しい場所もごめんだ、家でゆっくりしたい」
「言ってることが滅茶苦茶だぞ、志貴。腹が減ったのに、どこにも寄らずに帰りたいだなんて」
「君が調達して届けるなり、料理するなりしたらいいじゃないか。食材なら、台所に何かあるはずだ」
「俺が……料理?」
「私は湯を沸かす以外、台所では何もできない」
きっぱりと言い放ち恥じることもない志貴を、つくづくと眺めたテオバルドは、お手上げとでも言うようにわざとらしくため息をついてみせた。
「――わかってきたぞ。そうやってお姫様みたいにつんと澄ましてる志貴を、まわりの奴らが寄ってたかって甘やかして、懐に入れて可愛がってきたんだろう。大事に愛されるのは当たり前、それを受けとめ応えるのも当たり前。注がれる愛情をたっぷり吸って、拗ねて八つ当たりしたところで可愛いだけの、花のような男が出来上がったんだな」
はぁ、とテオバルドはもう一つ大仰なため息をついた。
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