トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
39 / 237
4章

5

しおりを挟む
「俺は今も現役だ。――まあ、あの頃は、今ほどではないがかなりの色男で、命知らずでありながら正統派の、知的で創造性と神秘性を兼ね備えた技を繰り出して、満場の観衆を一人残らず熱狂させる花形ではあったな」
「……私がどれほど悪口を言おうと、その減らず口で取り返すどころか、さらに盛るだろう、お前は」

 ナヴァスの言ったことを大幅に誇張し装飾した物言いに、二人の話を最初から聞いていたことがわかる。志貴は勿論、ナヴァスにもまったく気配を感じさせることなく至近距離まで近づき、聞き耳を立てていたのだろう。
 これだからこの男は油断できない、と志貴は改めて横に並んだ色男を見遣った。

 いつもは下町の兄ちゃん風に、着古したシャツとトラウザーズを身に付けているテオバルドだが、今は場に相応しい装い――正式な晩餐会ではないため、燕尾服ではなくディナージャケットを着用している。不思議なことに、薄いシャツよりも厚手のジャケットに包まれた方が、その男らしい厚い胸板が強調されて見える。普段は軽く整えられただけの癖の強い髪も、横に流すように綺麗に撫で付けられている。成功した強気な青年実業家といった風情の、滴るような男振りだ。
 何故か威嚇するように男くさい色気をまき散らしているテオバルドに、周囲の視線が集中しているように思え、志貴は身を隠すように壁とテオバルドの間に立ち位置をずらした。今宵の参加者たちの絡みつくような視線に、すっかり辟易していたのだ。

「まあいい。シーズンが終わる前に、志貴をラス・ベンタスへ案内してやれ。席は私が押さえておく」
「間違っても日向席ソルなんか取るなよ、志貴が焦げてしまうからな」
「わかってるさ。志貴のもてなし方を間違えたら、梶にも文句を言われそうだ」
「わかってないから、今ここに俺がいるんだろ」

 唸るように吐き捨てるテオバルドとナヴァスの間に、一瞬奇妙な間が下りる。不機嫌そうなテオバルドに冷たく一瞥をくれると、ナヴァスは興味深そうに志貴へと視線を移した。

「君はこの扱いづらい男を、随分手懐けたようだね」

 答えに困ることを言われ、志貴は曖昧に微笑むにとどめた。手懐けるどころか、貴方の寄越した駄犬は少々手に余る、とは言いづらい雰囲気だ。

「お気遣いいただかなくても、自分でチケットを買って、行ってみます。当日券もありますよね」
「馬鹿を言っちゃいけない。売れ残りの日向席に君を座らせるなんて、想像しただけでぞっとする」
「あんたみたいな美人が一人でいたら、興奮した男たちにもみくちゃにされて、試合後はそのへんの居酒屋バルに引っ立てられて闘牛談義を延々聞かされるのがオチだ。挙句、物陰に連れ込まれたりしたらおしまいだぞ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...