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4章
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「俺は今も現役だ。――まあ、あの頃は、今ほどではないがかなりの色男で、命知らずでありながら正統派の、知的で創造性と神秘性を兼ね備えた技を繰り出して、満場の観衆を一人残らず熱狂させる花形ではあったな」
「……私がどれほど悪口を言おうと、その減らず口で取り返すどころか、さらに盛るだろう、お前は」
ナヴァスの言ったことを大幅に誇張し装飾した物言いに、二人の話を最初から聞いていたことがわかる。志貴は勿論、ナヴァスにもまったく気配を感じさせることなく至近距離まで近づき、聞き耳を立てていたのだろう。
これだからこの男は油断できない、と志貴は改めて横に並んだ色男を見遣った。
いつもは下町の兄ちゃん風に、着古したシャツとトラウザーズを身に付けているテオバルドだが、今は場に相応しい装い――正式な晩餐会ではないため、燕尾服ではなくディナージャケットを着用している。不思議なことに、薄いシャツよりも厚手のジャケットに包まれた方が、その男らしい厚い胸板が強調されて見える。普段は軽く整えられただけの癖の強い髪も、横に流すように綺麗に撫で付けられている。成功した強気な青年実業家といった風情の、滴るような男振りだ。
何故か威嚇するように男くさい色気をまき散らしているテオバルドに、周囲の視線が集中しているように思え、志貴は身を隠すように壁とテオバルドの間に立ち位置をずらした。今宵の参加者たちの絡みつくような視線に、すっかり辟易していたのだ。
「まあいい。シーズンが終わる前に、志貴をラス・ベンタスへ案内してやれ。席は私が押さえておく」
「間違っても日向席なんか取るなよ、志貴が焦げてしまうからな」
「わかってるさ。志貴のもてなし方を間違えたら、梶にも文句を言われそうだ」
「わかってないから、今ここに俺がいるんだろ」
唸るように吐き捨てるテオバルドとナヴァスの間に、一瞬奇妙な間が下りる。不機嫌そうなテオバルドに冷たく一瞥をくれると、ナヴァスは興味深そうに志貴へと視線を移した。
「君はこの扱いづらい男を、随分手懐けたようだね」
答えに困ることを言われ、志貴は曖昧に微笑むにとどめた。手懐けるどころか、貴方の寄越した駄犬は少々手に余る、とは言いづらい雰囲気だ。
「お気遣いいただかなくても、自分でチケットを買って、行ってみます。当日券もありますよね」
「馬鹿を言っちゃいけない。売れ残りの日向席に君を座らせるなんて、想像しただけでぞっとする」
「あんたみたいな美人が一人でいたら、興奮した男たちにもみくちゃにされて、試合後はそのへんの居酒屋に引っ立てられて闘牛談義を延々聞かされるのがオチだ。挙句、物陰に連れ込まれたりしたらおしまいだぞ」
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「まあいい。シーズンが終わる前に、志貴をラス・ベンタスへ案内してやれ。席は私が押さえておく」
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「わかってないから、今ここに俺がいるんだろ」
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