トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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4章

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 さっさとこの場を支配する企みを――自分に与えられた役割を教えろ、とにっこり笑って凄んでみせるが、男は「なかなか手強いね」と意味深に見つめてくるだけだ。

(手強いのはそちらの方だ)

 純粋な懇親会ではないなら、早く真の目的を知りたい。そうすれば自他の時間を無駄にすることなく、主催者の意に沿う働きができるのだが。
 困惑を押し隠す志貴の前に、男の友人らしき男たちもやって来て、ようやく事態が動き出すかと思えば、誰も彼もが同じようなゆるい会話を展開する。互いの腹を探り合うような世辞と世間話――これでは埒が開かない。
 今この場で正解を得るのは諦めて、もう一度ナヴァスを探しに行こうか、と思案していると、計ったかのように今夜の主催者が扉口に現れた。

「やあ、いい夜だね、志貴。楽しんでるかい」
「お招きありがとうございます、セニョール・ナヴァス」

 回廊から覗き込むように声を掛けてくるナヴァスに、ほっとしながら歩み寄った。こうした社交の場は得意な方だと自負していたが、いつまでも肌の表面をぬるぬると滑るような会話は苦痛でしかなく、自身の社交力に少々自信を失いかけていたのだ。
 そんな志貴の心の内を読んだのか、背後の紳士たちを見遣ると、ナヴァスがさりげなく勧めてくる。

「彼らは君のお眼鏡に適わなかったようだが、他の部屋も回ってみるといい。『お気に入り』が見つかるかもしれないよ」

 確かにこのような場では、新たな知己を得て人脈を広げるのが一番の目的だが、それは必ずしも『お気に入り』と呼べるような親しい友人である必要はない。それに今夜は、何かしらの役割を与えられているようなのに、期待された働きもできないまま呑気に社交に励むわけにもいかない。
 さりとて「お気に入りなどより、早く今夜の正解を見つけたいのです」とは口にできず、志貴は「そうですね」と頷くしかない。

「そういえば、私の『友達』とは仲良くやっているようだね。殆ど毎日デートしているそうじゃないか」
「『スペイン語』を教えてもらっていますから。なるべく毎日続けたいのです」
「他にもっとマシなことは教わっていないのかね。例えば彼の前職の話とか」

 『スペイン語』――桐機関のもたらす情報より「マシなこと」などあるはずもないが、前職の話なら聞いたことがある。イギリスで大使館付き報道官を――それを隠れ蓑に諜報活動をしていたと。

「ロンドンで、よく舞台を観に行っていたという話は聞きました」

 彼の本当の職務には触れず、当たり障りなく答えると、ナヴァスは呆れたように手にしていたグラスを乾した。

「ちゃんと仕事をしていたんだろうな、あいつは……。まあ、演じる者の興奮を今も忘れられないのだろう」
「演じる者?」
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