トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
上 下
32 / 237
3章

7

しおりを挟む
 テオバルドは立ち上がり、芝居掛かった口調で詩のように言葉を紡ぐ。馴染みのあるその英語のフレーズに、志貴は目を瞠った。

「時は小刻みな足取りで一日一日をのろのろ歩み、ついには歴史の最後の一瞬へと辿り着く」

 知っているだろう、と眼差しでテオバルドが先を促してくる。操られるように、親しんだ台詞が口を突いて出る。

「……昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す、死への道を照らしてきた」
「消えろ、消えてしまえ、束の間の燈火など! 人生は歩き回る影、人は哀れな役者に過ぎない」
「出番の間は大見得を切って騒ぎ立てても、袖に入ればもうそれきりだ」

 パンパンパン、と乾いた拍手が鳴った。
 南欧の初秋の眩しい青空に、陰鬱なスコットランドの簒奪者の独白が溶けていく。
 手を打ったテオバルドの顔は茶目っ気に溢れ、さきほど見せた冷たい影は微塵も残っていない。別人のような変貌ぶりと、突然押し付けられた戯曲の暗唱に、志貴はしばらくの間言葉を失った。

「……君という人は、意外性の塊だな」
「惚れ直したか?」
「君の教養には一目置く価値があるとわかったよ」

 『明日、また明日、そしてまた明日』――。有名な『マクベス』の一幕、愛する妻の死を知らされたマクベスの長い独白だ。
 元は勇猛果敢で周囲の尊敬を集める将軍であったマクベスは、荒野で出会った三人の魔女の予言に惑い、妻に唆されて、善政を敷く主君を殺し王冠を手に入れる。しかし小心なところもあるマクベスは、自らが殺した者たちの幻影に悩まされ、その暴政によって国は乱れて民心は離れ、罪への呵責から夢遊病に冒された妻も狂乱の中に死んでいく。

『バーナムの森が動かない限り安泰だ』
『女の股から生まれた者には殺されない』

 マクベスの世の安泰を裏付けると思われた予言は、彼を滅ぼす敵とその軍勢を正しく言い当てていた。木の枝を隠れ蓑にして進軍していたイングランド軍、女の腹を破って生まれた敵将。
 予言にも裏切られたマクベスは、自分の運命は自分で切り開く、と最後の戦いを挑み、敗死する。――そして終劇。

「元は小さな種火に過ぎなかった野心を、業火に育つように薪をくべる女たち。それに踊らされただけの卑小な男。雪崩のようなカタストロフィの中に、男を男たらしめる弱さが凝縮されていると思わないか」
「興味深い見解だ。君は、男はすべて救いがたい卑小さを持ち、女性より弱い生き物だと考えているように聞こえる」
「事実そうだろう。どれほど力で威圧したところで、女たちの芯の強さ、したたかさに太刀打ちできる男はいない」
「異を唱えるつもりはないよ。私がこの世で一番容赦なく強いと思っている人は、女性だから」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...