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2章
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衛藤家の人間にとって、志貴は今も「先生んとこの志貴ちゃん」、可愛い末っ子なのだ。スペインで再会した一洋には、何度も強く頼み交渉して――といっても、「志貴ちゃん」には返事をしないという子供じみた対抗策だったが――どうにか「ちゃん」付けをやめてもらった。それだけでもなかなかの労苦を要した上に、幼馴染の愛称を封じられた一洋は少々根に持っているようだ。自分を構うことで、戦時下の海外勤務という特殊な状況、それによる心労が和らぐのなら、これ以上の譲歩は諦めた方がいいのかもしれない。さもないと一洋は、子供時代の思い出話――主に、志貴がどれほど可愛い子供だったかという回想――を人前で始めて、志貴を悶絶させかねない。
「志貴の仕事ぶりには感心している。この間参考に見せてもらった報告書、自分の強みを存分に活かした素晴らしい物だった。梶さんが志貴を副官に指名したのも納得だ。お前は今できることを、最大限やっているよ」
慰められている――そう思うと、年上の余裕を見せつけられたようで悔しさが湧き起こる。それでもこうして仕事を褒められると、兄に認められてうれしい反面、さきほど見せてしまった気弱な自分が恥ずかしくなる。
歳が二つしか違わない分、衛藤家の末っ子は昔からそういう微妙な存在だった。純粋に憧れるには近すぎて、甘やかされるとつい突っ掛かりたくなってしまう。それを知っていて、この二つ年上の幼馴染は、何かとちょっかいを掛けてくるのだ。今こうして、肩を抱き寄せてくるように。
「だから、こういうのが子供扱いだって言ってるのに」
「俺が甘えてるんだよ、志貴に」
「……ずるい言い方」
甘えるふりで、不信と不安に囚われてしまっている志貴を甘やかしている。その不甲斐なさを自責することのないように、自らも甘えを見せて安心させようとしている。
大人の男の、知らないうちに包み込まれている気遣いが癪に触る。この場所――一洋の側はいつだって居心地がいいから、この任地では会いたくなかった。弱い自分を解放する場所など、国を守る最前線の砦には要らないのに。
「志貴、明日のことを考えるんだ。明日、また明日、そしてまた明日。少しずつでも、今日よりマシな明日にするために、俺たちはここにいる」
「そうだね……」
中立国に赴任した一洋の、そして志貴の存在意義――より有利な状況でこの戦争を終わらせるための駒。
大国アメリカを敵に回した時点で、母国の戦争に完全なる勝利などあり得ない。
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