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1章
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「どうぞよろしく、梶。それと、この貴族みたいなお行儀のいいスペイン語を操る美人を紹介してほしいのですが」
「……彼は何と言ったのかね、志貴君」
通訳する声に間が空いたことを不審に思った梶の催促に、志貴は目を伏せながら答えた。
「私のスペイン語が日常的ではないと言いたいようです。それと、私を紹介してほしいと」
「ふむ、聞き齧った限りでは、そんな簡単な内容ではなかったようだが」
自身も多言語話者で、スペイン語に近いイタリア語も操る梶は、正確にはわからなくても大体の内容を把握したらしい。人の悪い笑みを浮かべると、英語で失礼、と断りを入れてから流暢に語り出した。
「彼は矢嶋志貴一等書記官、私の大切な片腕だ。色男であるのはご覧の通り、語学堪能で頭の回転もいいが、仕事一筋の堅物だ。我々の取引が成立したら、彼を君との連絡係にしようと思っている」
「それは好条件だ、よろしく志貴」
「……こちらこそ、テオバルド」
親しげに右手を差し出され、その手を握り返す。初対面の相手と名前で呼び合うのは志貴の流儀に反するが、この場合は仕方がない。仕事だと割り切って、志貴は斜向かいに着席した男を失礼にならないように観察した。
人のことを美人などと言ったが、テオバルドこそが美しいと賞賛されるに値する容姿の持ち主だ。色白でやさしげな、ともすれば女性的と捉えられがちな志貴とは対照的に、圧倒的な男性美を備えている。
高い鼻梁と真っ直ぐに通った鼻筋が、冷たく貴族的な印象を与える一方で、垂れた目尻には愛嬌がある。そして濃い眉毛と理知的な光を湛えた瞳が、穏やかな表情の中にも強靭な意思の片鱗を覗かせる。
何かに似ている、と志貴は思った。誰かではなく、何か。人に対する印象として不適切な自分の感覚が居心地悪く、記憶の底を浚おうとする前に、梶とテオバルドの『取引』が始まった。
「――つまり、私に対米諜報機関を作ってほしい、と?」
「君の『友達』に伝えた通りだ。可能だろうか」
勿論、とテオバルドは昨日の天気を語るように事もなげに答えた。
「私の仕事について『友達』が何を言ったのか、大体想像できますよ。彼は自分の駒の価値を見誤らない男だ」
「無理を言ってすまないが、できるだけ早く動いてほしい。日本の事情はおわかりだろう」
こちらの事情――今月八日、日本軍の布哇比海戦(後の世では真珠湾攻撃と呼ばれことになる)により戦端が開かれた大東亜戦争は、国際連盟を脱退し国際社会から孤立していた日本を、さらに明確に孤立させた。関係は著しく悪化していたものの、それまで不干渉の立場を取っていた大国アメリカを敵に回したのだ。
「……彼は何と言ったのかね、志貴君」
通訳する声に間が空いたことを不審に思った梶の催促に、志貴は目を伏せながら答えた。
「私のスペイン語が日常的ではないと言いたいようです。それと、私を紹介してほしいと」
「ふむ、聞き齧った限りでは、そんな簡単な内容ではなかったようだが」
自身も多言語話者で、スペイン語に近いイタリア語も操る梶は、正確にはわからなくても大体の内容を把握したらしい。人の悪い笑みを浮かべると、英語で失礼、と断りを入れてから流暢に語り出した。
「彼は矢嶋志貴一等書記官、私の大切な片腕だ。色男であるのはご覧の通り、語学堪能で頭の回転もいいが、仕事一筋の堅物だ。我々の取引が成立したら、彼を君との連絡係にしようと思っている」
「それは好条件だ、よろしく志貴」
「……こちらこそ、テオバルド」
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人のことを美人などと言ったが、テオバルドこそが美しいと賞賛されるに値する容姿の持ち主だ。色白でやさしげな、ともすれば女性的と捉えられがちな志貴とは対照的に、圧倒的な男性美を備えている。
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何かに似ている、と志貴は思った。誰かではなく、何か。人に対する印象として不適切な自分の感覚が居心地悪く、記憶の底を浚おうとする前に、梶とテオバルドの『取引』が始まった。
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