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第三十九話 花束

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 彼女の顔は驚きのまま、鏡越しに映る眩しい来客を見つめていた。

 私は何が起きているのか、分からなかった。目が開いたまま戻りそうにない。

 そこに映るのは、ドアを開けながら花束を持っている、人気アイドルグループのリーダーだった。抱えるように持った大きな花束は、全て真っ赤な薔薇だった。

 自分がドラマの撮影に紛れ込んでしまったような、テレビを見ているような感覚に陥る。テレビで見るより全然かっこ良くて、これから歌ってくれるのか期待してしまうほど、黒い艶のあるジャケットに、真っ青な知的を感じるネクタイが、完璧に似合っていた。

 すぐに彼女が心配になって、視線を戻すと、彼女は目尻に皺《しわ》が走るほどに強く瞳を閉じて、細く長く深呼吸をしていた。

「はあ。本当に男って自分勝手よね……。ごめんね、ちょっと待っててね」

 営業スマイルにしては、少し余裕のない笑顔に胸が痛くなる。何も言えずに、何回も頷くことしか出来なかった。

 彼女は力強く鏡を睨むと、アイドルの元へ慌てることもなく、黒いフリルスカートを揺らしながら歩み寄って行った。

「あの、ごめんなさい。急に来てしまって……」

 いつも明るく元気なアイドルの彼から、聞いたことが無い、今にも消えそうな震えた声だった。綺麗に整っている髪型の名前が分からないのが悔しかったが、爽やかな緩いパーマのかかった毛束感のある、銀色に輝くような茶髪が、心無しか萎れているようにさえ見えた。

「いえいえ。大丈夫ですよ」

 落ち着いて彼女は対応しているらしい。表情は見えないが、きっと綺麗な営業スマイルをしている気がした。

「これ!良かったら、何処かに飾って下さい!あの、えっと、番組でたまたま買う機会があって、あはは」

 彼の小さな顔より大きい薔薇の花束を、花びらが落ちるくらい力強く差し出していた。真っ赤な塊が騒つくように揺れている。

 優しい瞳ではにかんでいた彼は、次第に真剣な表情で彼女を見つめていった。

「……ちなみに」

 氷が割れるような鋭い声が、静かに響いた。

「はい!」

 元気良く答える彼の瞳は、鏡のように光っていた。

「……この薔薇は、何本あるんですか?」

 彼女の静かな問いに、ただ黙って見つめ返している彼は、只々かっこよかった。

 静まる店内で存在を消して、ドラマを見ているように二人を見守っていた。
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