1 / 121
第一話 君と一緒に。
しおりを挟む
「この遊園地に来るのも久しぶりだな……」
「そうね、あなたは楽しみ過ぎて、寝ないで来たんだったよね。栄養ドリンク飲みながらさ」
「恥ずかしいから止めろ。そりゃプロポーズが成功した後の、初デートだったんだぜ?その、なんつーの、記念日じゃないか、カップルから一歩先に行けたっていうか」
「ふふ、本当は遊園地に行くのが楽しみだっただけでしょ?今日だって、目の下にクマ作って、眠れなかったんでしょ?本当に少年のまま育ったみたいな人だね」
「お前は変わらないな。なんか、いっつも冷静なんだけど、たまに、はしゃぐのが可愛いんだよな」
「もう、うるさいなあ。ほら、もう着くよ。駐車料金いくら?」
駐車場ゲートでは、オレンジ色のウィンドブレイカーに赤い帽子の、若い女の子が無邪気な笑顔で迎えてくれた。
何だか、彼女に似てる気がして、俺は少し後ろめたい気持ちになりながらも、しっかりと二千円払った。毎回、料金が高いと思ってしまうが、そんなことは、今日はどうでもよかった。
「それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ!」
元気すぎる声は、今日も寝不足な俺には少し響いたけれど、とりあえず、またここに来れた。
駐車場には、まだ朝の七時だと言うのに、小さな子供連れや、カップル達が溢れてて、それはもう、園内に入る前から素敵な場所なんだと、誰もが疑わない説得力があった。
「ねえ、さっきの子に鼻の下、伸ばしてたでしょ?」
「な、そんなことないって!」
「ふーん、どうだか」
「おいおい、せっかく久しぶりに来れたんだから、今日は仲良くしよう、な?」
「別に私は怒ってませんけど、早く駐車してもらえます?」
「あー、はい。駐車させて頂きます」
車を止めて、あの日のように、開園の八時まで寒い中、野外で待っていた。
「今日も寒いね、寒くない?」
「うん、大丈夫。あなたもキャラクターの付け耳つけて、さっきのお姉さんナンパでもしてきたら?」
「まだ怒ってるじゃん、ごめんって」
前にいる女子高生達が、少しこっちを見て笑っていたが、別に彼女にいじられるのは慣れてたから、気にすることもなかった。
「まもなく、開園致します。入場前に、こちらのゲートでも検査をさせて頂きますので、ご協力お願いします。身に付けている金属は外して頂きますように、お願い致します」
前にいる女子高生がざわつきだした。
「えー、なにあれ?金属探知機?時間かかりそうで面倒じゃね?」
「わかるー、早く入れろっつーの」
みんな早く園内に入りたいのだろう、そりゃそうだ。俺は金属探知機が導入されてたのは知っていたが、なんとなく、知らないふりをしておいた。
「あー、金属探知機、導入されたんだったっけ」
「そうだよ、最近、色々と物騒だったからね」
いよいよ、金属探知機の前まで来て、俺はそっと横の青いプラスチックのカゴに、ベルトと、ライターと婚約指輪を入れた。
「お客様、大変申し訳ありません。ライターの方は危険物扱いとなっておりまして、その、没収させて頂いております」
「あ、そうか。すみません、そちらで処分してもらって大丈夫です」
「ご協力ありがとうございます。こちらの指輪の方は、小さくてゲートに反応しませんので、お持ちになってて大丈夫ですよ」
「そうなんですね、すみません」
我ながら、非常にダサい入場になってしまった。なんというか、いつも大事な場面で上手くいかないんだよな……
「ださかったね」
「自分でも分かってるから言うなって、ほら、久しぶりに来たんだし、のんびり楽しもうよ」
「そうね、本当に久しぶり」
園内は、あの日と変わらず、素敵なままで、少し安心した。日本じゃないみたいな、色鮮やかな建物、風船を沢山持った猫のキャラクターに子供が駆け寄っている。胸に響くオーケストラが放送で流れていて、ここからでも見える大きなお城が、澄み渡る青空に浮かんで見えた。
彼女の指輪は、眩しいほどに、朝日に照らされていた。
最初のプロポーズは、自宅でかっこよく決めるはずだったんだけど、緊張しすぎて、バカにされて笑いながらオッケーをもらったんだったよな。
俺は、そっと胸ポケットにしまってある手紙に手を当てた、じんわりと勇気が湧いてくる。
「なに真面目な顔で考えてるの?」
「ううん、なんでもない。今日が良い天気で良かった、少し歩こうよ」
「変なの」
ただ、何も考えないようにして、広い園内を歩き回った。楽しそうな人々と愉快な音楽に、ただ歩いてるだけで心が洗われるようだった。
「歩き疲れたね、少しお茶でも飲んで休もうか」
「おじさんの下手なナンパみたいな誘い方だね」
「悪かったな、おじさんで」
「いらっしゃいませー」
「ホットココアと、コーヒー一つずつで」
「八百円になります、お熱いので、お気をつけ下さい。ありがとうございました!」
野外のテラス席に座った。風が寒いけど、やっぱりここが良い。鉄で出来た背もたれが嫌に硬く感じる。
「八百円は高いよな?」
「場所代よ、そんな夢のないこと言ってるから、プロポーズも下手なのよ」
「あー、それ言うの禁止って言っただろ、お前だって、笑いながらだったけど、嬉しそうにオッケーしてくれたじゃんか」
「まあ、あなたらしくてよかったよ、ふふ」
一人の少年が、とことこと歩いてきた。背を伸ばして、何とかテーブルを覗いてきた。
「おじさん、誰と話してるの?」
「……」
「すみません!うちの子が、ほら、行くよ!」
「ままー、あのおじさん、指輪と話してたよ?」
「いいから!早く行くわよ!」
俺は、前に置いた指輪を、胸ポケットに閉まった。ぬるくなったコーヒーをすする。嫌に苦い。
「……本当に久しぶりだな、ここに来るのは」
後ろの女子高生達の声が、すっと胸に響いてきた。
「ねえ、知ってる?ここで殺人事件あったんだよ」
「え!まじ?」
「まじまじ、十五年前にね、ここでデートに来てた女性が刃物で殺されたんだって!このテラス席らしいよ」
「うわ!まじか。こわ。ちょーかわいそうじゃん」
「ねー、こんなとこで人殺しなんかするなって話だよね、神聖な場所が汚れるわ」
「神聖な場所とか、ウケるね、はは。今年も彼氏出来てないウチらには、心配いらない事件だね」
「来年は彼氏と来るからセーフだし。それに、その事件があったから、金属探知機が導入されたんだって、まじ入園遅くなるし迷惑じゃない?」
「あー、分かる。あれ面倒」
「ねー。あ、次なに乗る?」
迷惑か……
もし君が生きてたら、同じことを言ってたのかな。いつものように冷静に、前から必要だと私は思ってた。なんて言ってくれるのかな。はは。
手に持つコーヒーが手にかかって、俺は自分が震えて泣いてることに気がついた。
ようやく日の光に暖められた園内をしばらく見つめていた。人々の笑顔が眩しかった。
向こうから君が、ぬいぐるみでも抱えて、歩いてきてくれれば良いのにな……
あの日、あの城の下で、君に改めてプロポーズ。そうしようと、してたんだったよな。あの日も胸ポケットに手紙を入れていたな。
君はもう居ない。そんな事はとっくに分かっている。分かっていた。
最後に、ここに来れて良かった。覚悟も決まった。俺は行かなきゃいけない場所がある。
もうすぐ、君に会える気がして、少し安心している自分が悔しかった。
「そうね、あなたは楽しみ過ぎて、寝ないで来たんだったよね。栄養ドリンク飲みながらさ」
「恥ずかしいから止めろ。そりゃプロポーズが成功した後の、初デートだったんだぜ?その、なんつーの、記念日じゃないか、カップルから一歩先に行けたっていうか」
「ふふ、本当は遊園地に行くのが楽しみだっただけでしょ?今日だって、目の下にクマ作って、眠れなかったんでしょ?本当に少年のまま育ったみたいな人だね」
「お前は変わらないな。なんか、いっつも冷静なんだけど、たまに、はしゃぐのが可愛いんだよな」
「もう、うるさいなあ。ほら、もう着くよ。駐車料金いくら?」
駐車場ゲートでは、オレンジ色のウィンドブレイカーに赤い帽子の、若い女の子が無邪気な笑顔で迎えてくれた。
何だか、彼女に似てる気がして、俺は少し後ろめたい気持ちになりながらも、しっかりと二千円払った。毎回、料金が高いと思ってしまうが、そんなことは、今日はどうでもよかった。
「それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ!」
元気すぎる声は、今日も寝不足な俺には少し響いたけれど、とりあえず、またここに来れた。
駐車場には、まだ朝の七時だと言うのに、小さな子供連れや、カップル達が溢れてて、それはもう、園内に入る前から素敵な場所なんだと、誰もが疑わない説得力があった。
「ねえ、さっきの子に鼻の下、伸ばしてたでしょ?」
「な、そんなことないって!」
「ふーん、どうだか」
「おいおい、せっかく久しぶりに来れたんだから、今日は仲良くしよう、な?」
「別に私は怒ってませんけど、早く駐車してもらえます?」
「あー、はい。駐車させて頂きます」
車を止めて、あの日のように、開園の八時まで寒い中、野外で待っていた。
「今日も寒いね、寒くない?」
「うん、大丈夫。あなたもキャラクターの付け耳つけて、さっきのお姉さんナンパでもしてきたら?」
「まだ怒ってるじゃん、ごめんって」
前にいる女子高生達が、少しこっちを見て笑っていたが、別に彼女にいじられるのは慣れてたから、気にすることもなかった。
「まもなく、開園致します。入場前に、こちらのゲートでも検査をさせて頂きますので、ご協力お願いします。身に付けている金属は外して頂きますように、お願い致します」
前にいる女子高生がざわつきだした。
「えー、なにあれ?金属探知機?時間かかりそうで面倒じゃね?」
「わかるー、早く入れろっつーの」
みんな早く園内に入りたいのだろう、そりゃそうだ。俺は金属探知機が導入されてたのは知っていたが、なんとなく、知らないふりをしておいた。
「あー、金属探知機、導入されたんだったっけ」
「そうだよ、最近、色々と物騒だったからね」
いよいよ、金属探知機の前まで来て、俺はそっと横の青いプラスチックのカゴに、ベルトと、ライターと婚約指輪を入れた。
「お客様、大変申し訳ありません。ライターの方は危険物扱いとなっておりまして、その、没収させて頂いております」
「あ、そうか。すみません、そちらで処分してもらって大丈夫です」
「ご協力ありがとうございます。こちらの指輪の方は、小さくてゲートに反応しませんので、お持ちになってて大丈夫ですよ」
「そうなんですね、すみません」
我ながら、非常にダサい入場になってしまった。なんというか、いつも大事な場面で上手くいかないんだよな……
「ださかったね」
「自分でも分かってるから言うなって、ほら、久しぶりに来たんだし、のんびり楽しもうよ」
「そうね、本当に久しぶり」
園内は、あの日と変わらず、素敵なままで、少し安心した。日本じゃないみたいな、色鮮やかな建物、風船を沢山持った猫のキャラクターに子供が駆け寄っている。胸に響くオーケストラが放送で流れていて、ここからでも見える大きなお城が、澄み渡る青空に浮かんで見えた。
彼女の指輪は、眩しいほどに、朝日に照らされていた。
最初のプロポーズは、自宅でかっこよく決めるはずだったんだけど、緊張しすぎて、バカにされて笑いながらオッケーをもらったんだったよな。
俺は、そっと胸ポケットにしまってある手紙に手を当てた、じんわりと勇気が湧いてくる。
「なに真面目な顔で考えてるの?」
「ううん、なんでもない。今日が良い天気で良かった、少し歩こうよ」
「変なの」
ただ、何も考えないようにして、広い園内を歩き回った。楽しそうな人々と愉快な音楽に、ただ歩いてるだけで心が洗われるようだった。
「歩き疲れたね、少しお茶でも飲んで休もうか」
「おじさんの下手なナンパみたいな誘い方だね」
「悪かったな、おじさんで」
「いらっしゃいませー」
「ホットココアと、コーヒー一つずつで」
「八百円になります、お熱いので、お気をつけ下さい。ありがとうございました!」
野外のテラス席に座った。風が寒いけど、やっぱりここが良い。鉄で出来た背もたれが嫌に硬く感じる。
「八百円は高いよな?」
「場所代よ、そんな夢のないこと言ってるから、プロポーズも下手なのよ」
「あー、それ言うの禁止って言っただろ、お前だって、笑いながらだったけど、嬉しそうにオッケーしてくれたじゃんか」
「まあ、あなたらしくてよかったよ、ふふ」
一人の少年が、とことこと歩いてきた。背を伸ばして、何とかテーブルを覗いてきた。
「おじさん、誰と話してるの?」
「……」
「すみません!うちの子が、ほら、行くよ!」
「ままー、あのおじさん、指輪と話してたよ?」
「いいから!早く行くわよ!」
俺は、前に置いた指輪を、胸ポケットに閉まった。ぬるくなったコーヒーをすする。嫌に苦い。
「……本当に久しぶりだな、ここに来るのは」
後ろの女子高生達の声が、すっと胸に響いてきた。
「ねえ、知ってる?ここで殺人事件あったんだよ」
「え!まじ?」
「まじまじ、十五年前にね、ここでデートに来てた女性が刃物で殺されたんだって!このテラス席らしいよ」
「うわ!まじか。こわ。ちょーかわいそうじゃん」
「ねー、こんなとこで人殺しなんかするなって話だよね、神聖な場所が汚れるわ」
「神聖な場所とか、ウケるね、はは。今年も彼氏出来てないウチらには、心配いらない事件だね」
「来年は彼氏と来るからセーフだし。それに、その事件があったから、金属探知機が導入されたんだって、まじ入園遅くなるし迷惑じゃない?」
「あー、分かる。あれ面倒」
「ねー。あ、次なに乗る?」
迷惑か……
もし君が生きてたら、同じことを言ってたのかな。いつものように冷静に、前から必要だと私は思ってた。なんて言ってくれるのかな。はは。
手に持つコーヒーが手にかかって、俺は自分が震えて泣いてることに気がついた。
ようやく日の光に暖められた園内をしばらく見つめていた。人々の笑顔が眩しかった。
向こうから君が、ぬいぐるみでも抱えて、歩いてきてくれれば良いのにな……
あの日、あの城の下で、君に改めてプロポーズ。そうしようと、してたんだったよな。あの日も胸ポケットに手紙を入れていたな。
君はもう居ない。そんな事はとっくに分かっている。分かっていた。
最後に、ここに来れて良かった。覚悟も決まった。俺は行かなきゃいけない場所がある。
もうすぐ、君に会える気がして、少し安心している自分が悔しかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる