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04-2. 最初で最後の謁見 2
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「と仰られましても、今の住居と状況ではこれ以上の増産は無理でございます」
ダルトリー侯爵の言葉は事実だ。
パン一つリンゴ一つ手に入れるのに苦労する状況で、余裕のある暮らしは難しく、大量の花の栽培まで気持ち的に余裕はない。
――本当だったら、機を見て追加の鉢を持ってきてもらう筈だったのよ。人手だって、わたくし一人では無理な分を任せられる人数を実家から送ってもらう筈だったのに。
台無しにしたのは、嫁入り先だったデラフェンテ公爵であり、容認したガスディエン国王だ。
「足らぬと申しておる!」
「生活に支障を来す状況で、これ以上を望まれても無理でございます」
望む返答を得られなかった国王が怒りを露わに声を荒げたが、一刀両断したダルトリー侯爵は涼しい顔だ。
「一年もの間、デラフェンテ公爵家からはレイエ人の嫁なんか要らぬと門前払いが続き、城下で屋敷を構えることもできず、城壁の外で貴族の令嬢が暮らしていたのです。どれほど心労が溜まるとお思いか」
実際には転移魔法陣を使って実家と物資や人員のやり取りをしていたから、さほどではなかったとキャスリンは思う。
空気を読んで言わないが。
町に行くと腹が立つ思いしかしないので、滅多に城壁の中に立ち入らなかった。食料の調達などは最低限だけで、それもダルトリー侯爵が手配してくれたお陰で、キャスリンやエルデを始めとする使用人たちも怒りは長く続かなかった。レイエ王国側の行動は秘匿されていたから、食料や日用品を母国から輸入しているのは、ガスディエン側に情報は漏れていないだろうが。
城壁の外に屋敷を構えたのは、結果的に良い方向に動いた。夜陰に紛れれば人の出入りが判らないのだから。
とはいえ都を取り囲むように張り巡らせた城壁は、盗賊や狼の群れなどから人々を守るものであり、その外に住むというのは庇護から外れた意味がある。キャスリンはガスティエン王国において、国王からも婚約者からも守られていない、守られる価値のない人物だと、内外に知らしめられたのだ。
「ではデラフェンテ公爵家に受け入れてやろうではないか」
「使用人如きが伯爵令嬢であり未来の奥方に水を掛けるような狼藉を働く家で、心穏やかに暮らせると?」
「つべこべ言うな! 今の生活を保障してやるから、薬を持ってまいれ!」
焦れた国王の一喝も、やはりダルトリー侯爵には効果がなかった。
そもそも「今」の生活の保障というのは、庇護されず蔑ろにするという意味であるのだが、ガスティエン王国側の参加者は、誰も気づいていない。「小娘如きが」という吐き捨てるような呟きがあちらこちらから零される。
ダルトリー侯爵の言葉は事実だ。
パン一つリンゴ一つ手に入れるのに苦労する状況で、余裕のある暮らしは難しく、大量の花の栽培まで気持ち的に余裕はない。
――本当だったら、機を見て追加の鉢を持ってきてもらう筈だったのよ。人手だって、わたくし一人では無理な分を任せられる人数を実家から送ってもらう筈だったのに。
台無しにしたのは、嫁入り先だったデラフェンテ公爵であり、容認したガスディエン国王だ。
「足らぬと申しておる!」
「生活に支障を来す状況で、これ以上を望まれても無理でございます」
望む返答を得られなかった国王が怒りを露わに声を荒げたが、一刀両断したダルトリー侯爵は涼しい顔だ。
「一年もの間、デラフェンテ公爵家からはレイエ人の嫁なんか要らぬと門前払いが続き、城下で屋敷を構えることもできず、城壁の外で貴族の令嬢が暮らしていたのです。どれほど心労が溜まるとお思いか」
実際には転移魔法陣を使って実家と物資や人員のやり取りをしていたから、さほどではなかったとキャスリンは思う。
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町に行くと腹が立つ思いしかしないので、滅多に城壁の中に立ち入らなかった。食料の調達などは最低限だけで、それもダルトリー侯爵が手配してくれたお陰で、キャスリンやエルデを始めとする使用人たちも怒りは長く続かなかった。レイエ王国側の行動は秘匿されていたから、食料や日用品を母国から輸入しているのは、ガスディエン側に情報は漏れていないだろうが。
城壁の外に屋敷を構えたのは、結果的に良い方向に動いた。夜陰に紛れれば人の出入りが判らないのだから。
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「ではデラフェンテ公爵家に受け入れてやろうではないか」
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「つべこべ言うな! 今の生活を保障してやるから、薬を持ってまいれ!」
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