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終幕後03 アーヴァイン大司教の活躍
28. 教会と王権 2
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「モルト神父とファロン神父を呼び出していただけますか」
アーヴァイン大司教一行がフルーレン教会に到着したのと同時に、随行員の一人であるダッチェル神父が指示を出す。ギーラン大聖堂所属のこの司祭は、アーヴァインの属するオルグレン派とアップルガース派の諍いに迷惑している。
そして査察の最重要人物でもあった。
どこの派閥にも所属せず、私見で物事を判断しないため、派閥の絡む案件に重宝されている。
茶の一杯を飲む間もなく、呼ばれた神父たちがかけつける。
「こちらの書類に関して、説明をしてもらえるでしょうか」
ダッチェル神父が机に乗せたのは、王都を立つ前にアーヴァインが目を通して苦笑した、自身の汚職を取り扱ったものだった。
「内容通りです。全ては大司教猊下の元に。私は後ろ盾がありませんから、上司から強く言われて拒否できませんでした」
モルト神父が項垂れた様子で口を開く。
「私はモルト神父から裏金を上納するから大司教猊下に取り次いでくれと頼まれたに過ぎません。しかも知ったのはつい最近です。金と裏帳簿を渡されたに過ぎません。断れば私に脅されたと本山に訴えると脅されました。それで仕方なく……」
実行犯のモルト神父はできるだけ哀れっぽく見えるように訴えかける。
対する上司のファロン神父は、自分が知ったのは事が起こってからであり、随分と時間経過した後だったと返す。寄進の横領が始まって既に何年も経っている。
ファロンの言う通りつい最近知ったのであれば、知らぬ間に自分が犯罪に加担したことになり相当困惑したことであろう。
事実であればだが。実際のところファロンは、アーヴァインに与していると見せかけたアップルガース派であり、今回の成果が出世の足掛かりになっている。
当事者のもう一方であるモルトは中立派にみせかけたエクルスストン派である。アーヴァインと対立するアップルガース派の合間を縫って、ここ数年の間に台頭し始めた派閥だ。
――浅はかなことを。
アーヴァインは冷ややかな目で二人のやりとりを見る。
視線を外せば、苦虫を噛み潰したような顔のダッチェル神父の顔があった。
「いい加減、茶番は止めなさい」
怒りをにじませた低い声で制止する。
「正直な話を聞かせてください。アーヴァイン大司教が今回の件に関わっていないのは、既に調査済みです」
きっぱりとした口調でダッチェルが宣言した。
「既にギーラン大聖堂にて猊下に事情聴取が済んでいます。今回の不正が告発され裏帳簿が手元に来ましたので、私が事実関係を調べました。結果、猊下がこの件に関わっていないことが立証されました」
言い訳が通る状況ではないと知った二人は一気に狼狽した。
今回の目的はアーヴァイン大司教の権威失墜である。
抜いた金は自分たちの懐に入れているが、周囲に露見することを恐れて派手に遊行することはしていない。用意周到に準備をした筈だ。
何故……?
二人の頭に過ったのは疑問だけだった。
アーヴァイン大司教一行がフルーレン教会に到着したのと同時に、随行員の一人であるダッチェル神父が指示を出す。ギーラン大聖堂所属のこの司祭は、アーヴァインの属するオルグレン派とアップルガース派の諍いに迷惑している。
そして査察の最重要人物でもあった。
どこの派閥にも所属せず、私見で物事を判断しないため、派閥の絡む案件に重宝されている。
茶の一杯を飲む間もなく、呼ばれた神父たちがかけつける。
「こちらの書類に関して、説明をしてもらえるでしょうか」
ダッチェル神父が机に乗せたのは、王都を立つ前にアーヴァインが目を通して苦笑した、自身の汚職を取り扱ったものだった。
「内容通りです。全ては大司教猊下の元に。私は後ろ盾がありませんから、上司から強く言われて拒否できませんでした」
モルト神父が項垂れた様子で口を開く。
「私はモルト神父から裏金を上納するから大司教猊下に取り次いでくれと頼まれたに過ぎません。しかも知ったのはつい最近です。金と裏帳簿を渡されたに過ぎません。断れば私に脅されたと本山に訴えると脅されました。それで仕方なく……」
実行犯のモルト神父はできるだけ哀れっぽく見えるように訴えかける。
対する上司のファロン神父は、自分が知ったのは事が起こってからであり、随分と時間経過した後だったと返す。寄進の横領が始まって既に何年も経っている。
ファロンの言う通りつい最近知ったのであれば、知らぬ間に自分が犯罪に加担したことになり相当困惑したことであろう。
事実であればだが。実際のところファロンは、アーヴァインに与していると見せかけたアップルガース派であり、今回の成果が出世の足掛かりになっている。
当事者のもう一方であるモルトは中立派にみせかけたエクルスストン派である。アーヴァインと対立するアップルガース派の合間を縫って、ここ数年の間に台頭し始めた派閥だ。
――浅はかなことを。
アーヴァインは冷ややかな目で二人のやりとりを見る。
視線を外せば、苦虫を噛み潰したような顔のダッチェル神父の顔があった。
「いい加減、茶番は止めなさい」
怒りをにじませた低い声で制止する。
「正直な話を聞かせてください。アーヴァイン大司教が今回の件に関わっていないのは、既に調査済みです」
きっぱりとした口調でダッチェルが宣言した。
「既にギーラン大聖堂にて猊下に事情聴取が済んでいます。今回の不正が告発され裏帳簿が手元に来ましたので、私が事実関係を調べました。結果、猊下がこの件に関わっていないことが立証されました」
言い訳が通る状況ではないと知った二人は一気に狼狽した。
今回の目的はアーヴァイン大司教の権威失墜である。
抜いた金は自分たちの懐に入れているが、周囲に露見することを恐れて派手に遊行することはしていない。用意周到に準備をした筈だ。
何故……?
二人の頭に過ったのは疑問だけだった。
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