三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良

文字の大きさ
上 下
67 / 89
終幕後03 アーヴァイン大司教の活躍

11. リリーの結婚と地方貴族の諍い 2

しおりを挟む
 アーヴァインがリリー=ロートンに見合いを勧める十日ほど前のことである。

「今日はお願いがあって参りました」

 面会に来た男はかなり疲れた様子だった。

 男の現在の状況を考えれば、当然ともいえる。

 目の前の男の名はロバート=カーティス、伯爵家の当主だ。彼の長男が一躍時の人となった新興の貴族家に喧嘩を売ったことで、著しく家名を傷つけたのだ。お陰で貴族としての付き合いが難しくなり、領地にある港町の貿易にも影を落としている。

 そのせいで近隣の欲深い貴族から、お家乗っ取りとも呼べるような婚姻を、圧力をかけられながら提案され、窮地に陥っている。

「ファーナム伯爵家との仲を取り持っていただきたく……」

 少しの間を置いてカーティス伯爵が願いを口にする。

「夫妻にあれほどまで迷惑をかけた挙句、謝罪を受け入れさせようとするのは、随分と傲慢だとお思いでしょう。しかし領民のためにも、次期当主である息子のためにも、このまま没落を受け入れる訳にはいきません。我が家を乗っ取ろうとしている貴族家が、自分達の利益しか考えていないのは、彼かの領地の状況を見れば一目瞭然です」

 一度は断られた謝罪だが、家の置かれた状況を鑑みれば、謝罪を受け入れてもらい和解することは必須だった。でなければ早晩、カーティス領は立ち行かなくなってしまう。

 カーティス伯爵の病死した扱いになっている長男と違って、父親はまともだ。後を継いだ腹違いの次男も。

 それは今回の面会の何年も前、長男の離婚騒動の時からの付き合いで、アーヴァインはよく知っている。公には死んだことになっている長男が、実は領地で幽閉されていることも、屋敷から出る自由はないものの、身の回りの世話をする使用人をつけられて暮らし、様子を報告させながら気遣っていることも。

 本人は子の教育に失敗したことを悔いているが、起こした問題は親だからといって判るものではなかった。普段は何ら問題を起こさない息子が、唯一、元妻を前にしたときだけ異常行動を起こすことを、誰が解りえるというのか。

 カーティス伯爵家は、長男の起こした騒動の影響が一年以上も続いている。社交の季節はどこからも招待状が届かず、王宮主催の貴族家の当主であれば参加可能な夜会で、顔見知りに挨拶をすれば、迷惑そうにされる始末だ。

 新たな跡取りである次男の顔見せをしたくとも、現在の状況では息子を社交界に出すことは叶わない。領民を思い、派手なことを好まず、身の丈にあった生活を良しとする実直な男には、きつい日々が続いていた。

 カーティス伯爵が言った通り、娘を息子の妻にと圧力をかけているゴールトン伯爵は強欲だ。領民の生活が苦しいのは、限界まで税を搾り取られているからである。

 豊作の年でさえ少ないとはいえ餓死者が出る状況は、他家の領民と比較せずとも良い暮らしではない。自分の欲のために他者を踏みつけることに、何らためらいを見せることもない、冷酷な性格をしている。息子たちも父親と似たり寄ったりの性格のため、社交界での評判が悪い。娘は社交界に出ていないため性格を知らないが、どれほど気立てが良かろうが、婚家を乗っ取る駒として送り込まれるのであれば、どこの家であれ歓迎されることはないだろう。

 カーティス伯爵家の新しい継嗣は、両親に似た実直な性格だ。たった一人の嫡子の代わりとして、伯爵が家の外でもうけた子供だが、関係者の全員が気を使い、日陰の身であることが世間に露見することもなく、充分な教育を受けて真っ直ぐ育った好青年だ。金を湯水の如く使う贅沢な暮らしは望めないものの、恵まれた幼少期を送っている。現在は実父に迎え入れられた家で、次期領主としての勉強を実地で学んでいるところだが、自分で商会を興し、それなりに成功していた実力があり、長男よりも良い領主になりそうな様子だ。

 長男夫婦の離縁騒動の後、自分の手の者を送り込んでいるアーヴァインは、伯爵家の現状をよく把握していた。

 カーティス伯爵の願い通り、領民や新たな継嗣のために力を貸すのは悪くない判断だった。

「多分、ファーナム伯爵は誠実な態度を取れば和解に応じるでしょう。しかし夫人の過去を考えれば、あなたを妻に会わせようと思わないかもしれません。ですから実家である侯爵家の夜会辺りで仲をとりもてるようにしましょうか。自宅開催の夜会と違って、伯爵夫人とあなたが顔を合わせる可能性も減らせます」

 そう言って柔らかく微笑む。

 主催者であれば客との挨拶は夫婦で行うが、本家での夜会であれば夫婦揃っての挨拶ではなくとも、ギリギリ許容されるだろうと含ませて。

 カーティス伯爵はアーヴァインに一任すると、頭を下げて退室した。





「随分と弱ってましたね」

「予想以上に大きな影響を受けたようだね。家族が皆、まともだからこそ余計に苦労する」

 後ろ姿を見送った大司教と側仕えは、小さく溜息をついた。

 カーティス伯爵家とファーナム伯爵家の和解まで、いくつかやることがある。

 アーヴァインは一番効果的な方法を考えた。強引に進められている嫡子の婚姻を白紙化するのもその一つだった。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

一番になれなかった身代わり王女が見つけた幸せ

矢野りと
恋愛
旧題:一番になれなかった私が見つけた幸せ〜誰かではなく、私はあなたを選びます〜 ――『後宮に相応しい華を献上せよ』 大国ローゼンの王妃が亡くなってから半年が経ったある日、周辺国へと通達が送られてきた。つまり国王の王妃または側妃となる者を求めていると。 各国の王家は新たな繋がりを得る機会だと色めきだった。 それは我が国も同じで、選ばれたのは婚約者がいない第二王女。 『……嫌です』 ポロポロと涙を流す可憐な第二王女を、愛しそうに見つめていたのは私の婚約者。 そして『なんで彼女なんだっ、あなたが行けばいいのにっ!』と彼の目は訴えていた。 ずっと前から気づいていた、彼が私を愛していないことぐらい。 でもまさか、私の妹を愛しているとは思ってもいなかった。そんな素振りは一度だって見せたことはなかったから。 ――『……第一王女である私が参ります』 この言葉に誰よりも安堵の表情を浮かべたのは、私の婚約者だった。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※内容があわない時はブラウザバックでお願いします。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。