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終幕後03 アーヴァイン大司教の活躍

09. 司教の乱 3

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「この度は救っていただき、ありがとうございました」

 アーヴァイン大司教の執務室で深々と頭を下げるのは、先日の事件で巻き込まれたフォスター伯爵だった。

「私が不甲斐ないばかりに、妻を危険な目に遭わせました」

「しかし何も無かった、それで良しとするべきでしょう。奥方に傷はつかず、それどころか最近流行の「結婚してからの純愛」に興味を持たない、貞淑な夫人として名が上がりました」

「そうかもしれません。ですが妻を守るのは夫の役目です、私は役目を果たせなかった」

 フォスターは苦渋に満ちた表情のままだ。

 妻を守るどころか傷をつけそうになったことに自責の念を抱いているのだ。

「ご自分を卑下するものではありません。阿芙蓉の匂いを知らない真面目な男だからこそ、夫人やその家族はあなたを夫に選んだのでしょう。ああいった物を知るような男なら、妻を守れたでしょうが、そもそも婿に選ばれていないでしょうね。奥方はあなたと家族になれて幸せですよ。これからも真面目に日々を暮らし、夫人を大切にすることこそが、伯爵の務めであり、奥方の幸せを守ることです」

 アンジェラ商会は不正取引の際、相手の判断力を鈍らせるために阿芙蓉を使っていた。香に混ぜて焚きしめられていたが、吸った回数が少なかったため、フォスター伯爵に深刻な中毒症状は出ていない。

 商会と繋がっていた賭場の方では、中毒のために療養を余儀なくされた客もいたのだから、不幸中の幸いである。危険な薬であり、当然のようにどの国でも禁制品である。入手先や流通経路は徹底的に調べられ、関係者には厳しい処分が待っていた。

 賭場の関係者とアンジェラ商会の関係者は根こそぎ取り締まりを受けている。商会の後ろ暗い商売は知っていたが、賭場や阿芙蓉のことを全く知らなかったホールデン侯爵は、それでも罪は免れないと降爵されて子爵になり領地の大半を取り上げられた。

 オールストン司祭はアーヴァイン大司教を追い落とすために、最近になってホールデン侯爵と手を組んだだけで後ろ暗い商売を知らなかったが、それでも罪は免れず聖職を剥奪されて教会から放逐されている。

 身内の司祭の不祥事ということで、アップルガース枢機卿の序列が下がった。同時にフィールディア教が国教となっていない国への赴任が決まった。最低でも十年はセルティア王国に帰ってくることはないだろう。

「これはお礼です、受け取っていただけると思っております」

「ご寄進でしょうか。ありがたく受け取らせていただきます」

「いえ、寄進ではなく猊下個人に対するものです。私とて貴族の端くれです。猊下のお噂は承知しております。今回のようなことには費用がかかりましょう、いくらあっても困りますまい。それにこれはホールデン家からの慰謝料のような金です。私の懐は一切痛んでおりません」

「そういうことでしたら有難く受け取ります。また問題が起きた時にはご相談ください。尤もそう何度も事件に巻き込まれるようなものではありませんが」

「でしたら子の名付け親に。妻の懐妊が判りました」

 妻の妊娠を伝える伯爵の顔はどこか晴れやかだった。
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