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終幕後03 アーヴァイン大司教の活躍

04. 嫡子の認知 1

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 アーヴィン大司教の元に、一件の離婚申請を却下したと報告があったのは、その日の午前のことである。

 対応した司祭は「嘆かわしい」と渋い顔で吐き捨てるように呟いた。

 妻への嫌がらせのためだけに、夫婦の間に生まれた子を認知しないロクデナシの父親に、厳しい目を向けるのは、面会した司祭以外に何人もいる。

 その筆頭がギーラン大聖堂の責任者であるアーヴァイン大司教その人だ。

 ロクデナシな夫はヴィンス=アボット、男爵家の当主である。妻であるカタリナ夫人と出会ったのは、彼女の出身国でありセルティア王国を含む大陸で信仰されているフィールディア教の大本山があるレザンディン王国だった。巡礼と言う名の物見遊山の最中に二人は出会い、激しい恋愛の末、結婚して夫であるアボット男爵の母国、セルティア王国に暮らしている。

 しかし旅の間という非日常の中で出会った妻への興味は、帰国とともに急速に冷めて行ったらしい。結婚して二年、身重な妻との離縁を持ち出した夫と妻の関係は険悪で、修復不可能なまでに壊れていた。

 カタリナ夫人は離婚に応じる気はある。

 つい先日、子のいない親戚が、カタリナに土地財産を遺産として贈りたいと申し出があったのだ。代々、娘に継がれる土地なのだという。

 問題はアボット男爵が妻への嫌がらせとして、夫婦の子の認知をせず、夫人と夫以外の子として扱うと言い張っていることだ。セルティア王国よりもずっと教義に厳しいレザンディン王国では、庶子を産んだというのはこの国以上の醜聞だからだ。

 カタリナは自分が腹を痛めて産んだ子であり正式な夫婦の子である息子を、私生児扱いにすることを良しとはせず、子を認めない限り離婚はしないと言っている。

 離縁を言い渡された後からアーヴァイン大司教を頼ったカタリナは、聖アマーリエ女子修道院で子を産み育てている。国王さえ出入りできない厳格な規律を持つ女子修道院は、たかが男爵でしかないアボットに手が出せる場所ではなかった。

 産後、弱った身体は十分に体力がつき、母国への旅に耐えられるほどになった。生まれた子も育ってきている。

 しかし嫡子として認められていない子が、レザンディン王国で受ける扱いを考えると、旅立つことが躊躇されるのだった。

「結局のところ、顔を見たくないほど嫌いな妻を苦しめる行為が、より自分を苦しめるとは気づいていないことが哀れだねえ」

「問題は哀れかどうかではありません」

 目の前の司祭が苦言を呈する。

「そもそも不仲だと言っても、生まれてきたばかりの我が子を苦しめる父親が、どこの世界にいるというのです」

 今回、離婚の話と合わせて子供の洗礼式の話を切り出したが、アボット男爵の「自分の子ではないので、こちらに話を振らないでいただきたい」という一言で終わった。

「親が認知しないと言っても、教会が認知することも可能なのは判っていない阿呆には、何を言っても無駄だろうね」

 アーヴァインは呆れたように呟く。

 アボットの阿呆加減を嘲笑ってやりたいところだが、目の前の生真面目な司祭に咎められるのは面倒臭いのだ。

 出産時、父親が病気や怪我で没していたり、今回のように両親の不仲でといった事態は存在する。そんなときに教会が嫡子として子を扱うことは、少数ながらある話だった。

 不信心な父親は知らないことかもしれないが、稀というほど珍しいことでもないというのに。

「次に来るとしたら離婚の件の督促かな。絶対に離婚は認めないと言って追い出して構わない。それと奥方は国に帰すこと。万が一、別の女性との間に子が生まれても、この国では洗礼を受け付けないと言ってやれ。不義の子の洗礼をする気は無いと。他国で洗礼をすることは構わないが、非嫡子として扱われるとも。勿論、新たな婚姻も認めない、重婚だからね。カタリナ夫人との間に生まれた子の認知をすれば、離婚問題も対応するが、期限は今日から一月以内、夫人の帰国の仕度が整うまでの期間だ。その後にアボットが来たら、夫人が亡くなるまで一生離婚も再婚もできず、正式な跡取りがいないまま死ねと伝えたまえ。彼には弟がいるし、後継になる男子もいるから男爵家の存続に関しては問題ない」

 アボット男爵は弟と不仲だ。弟やその息子が跡取りになることは、絶対に避けたい事態だろう。

 しかし教会が心中を察してやる必要は、一切ないのだ。人を呪わば穴二つという言葉を身をもって体験すれば良い。

 もしアボットがカタリナとの間にもうけた子を嫡子として認めれば、離縁の後、他の女性との間に愛を育み、再婚する道は残されている。

 男爵にとって幸いなことに、夫人は子にアボット家の相続権を放棄させると言っていた。国元に帰り、レザンディン王国の貴族として教育すると言っているから、セルティア王国の男爵位は再婚後に生まれた男子が継ぐことになる。

 誰にとっても良い結果しか生まないのだ。
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