三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良

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終幕後03 アーヴァイン大司教の活躍

02. 前公爵の破門 2

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 王都に戻ったアーヴァイン大司教は側仕えのセリムにニヤリと笑う。

 エギル前公爵の失脚は計画されたものだった。

 彼は閨で女性に酷い扱いをすることで有名だった。その結果、死んだ女性は何人もいる。隠居してからは悪名をとんと聞かなくなっていたが、先日、アーヴァインの元に愛人にしてくれと未婚女性が教会に駆け込んだころから、領地での行いを知ることになったのだった。





 彼女――リリー=ロートン男爵令嬢が駆け込んだときのことを、ゆっくりと思い出す。

「猊下、お願いがあります。私を愛人にしてください」

 声をかけるのと同時に、聖職者に対してのあり得ないお願いが飛び出してくる。

 アーヴァイン大司教は女性にモテる。社交の場に出れば秋波を送ってくる貴族の夫人にことかかない。たまに協会関係者を買収し、夜這いをかけてくる大胆な夫人までいた。主な理由は金と権力を持っているからだが、美丈夫なこともモテ要素の一つだった。

「お嬢さん、私は聖職者ですよ。俗世の欲とは無縁です」

 静かに諭すような口調で話す。

 直接的な愛人契約を提案されたことも何度かあったが、今、前にしている女性の言葉は、そういったお誘いとは違う、切羽詰まった雰囲気を醸し出していた。

「でも大司教猊下は女性好きだと。でしたら私にも情けをください」

 泣きそうな声に、大司教は建前を取り下げる。

「聖職者の妾になるということは、二度と陽の当たる所を歩けない身になるということですよ。聖職者だけでなく有力貴族でも同じことですが。まだ若い身空で人生を諦めるのはよくありません」

 相手の顔が見えないため、素性は知れないが、声の感じや話し方から、まだ若い貴族の令嬢に思われた。

「どうしても結婚が嫌だと言うのなら、修道院に身を寄せるという手もありますよ。有力貴族の後ろ盾がある所なら、無体なこともされないでしょう」

「それは無理です、猊下」

「私が囲うのも、貴族の庇護の元、修道院に入るのと変わりませんよ。むしろ修道院なら清い身体のままですから、今後の人生に障りもありません」

 人は思い詰めると、時にとんでもない選択をする。人生これからという年若い女性に、つらい道を歩ませるのは忍びなかった。

「猊下よりも力のある貴族であれば、後ろ盾になるかもしれませんが、そういった方は思いつきません。私の結婚相手はエギル前公爵なんです」

 それはとても評判の悪い貴族の名前だった。

 最近は代替わりして領地に籠っておとなしくしていると聞くが、現役時代の彼はありていに言って屑という言葉に相応しい男だった。

 特に女性関係は華々しく、次々と若い女を娶っては捨てることで有名だった。国王の色好みはエギル前公爵の影響だとも、現国王の兄の不祥事に関わっているのだとか、自分だけでなく周囲への悪影響までが醜聞だ。

「確かにあの男なら、生中な後ろ盾では勝ち目がないですね。三代前の王弟が開いた家ですから、金も権力も多い。しかし自分の経歴に傷をつけるのはいけません。あの男から守るくらい問題ありません」

「でも公爵との結婚が無くなっても、またお金で売られるように酷い男に売られます。父は一番多くお金を出す男の元に嫁がせることに躊躇がありません。むしろ大喜びで売ります」

 身を汚したいという理由が、親の持ってくる縁談の全てを壊したいからだという悲痛な声に、アーヴァインは同情を禁じ得ない。

「そういうことだったら……身支度ができたら告解室を出てきてください。私の側仕えを置いていきます。私は先に受け入れる準備をしておきますから、ゆっくりで良いですよ」

 すすり泣く相手にそう言い置くと先に部屋を出た。
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