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終幕後02 伯爵夫人ブリトニーの流儀

09. 友人の結婚指輪 2

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「ファーナム様、石を交換しませんか?」

 アーサーが出ていくのと同時にブリトニーは提案する。

「エミリアと同じ大きさと形の方が、対になって良いと思うのです」

 そう言いながらブリトニーは箱から一つの石を取りだし、エミリアの指に乗る予定の石の横に置く。

「確かにこちらの方が良いが、恥ずかしい話、予算がありません」

「ええ、判っています。ですから私からの贈り物とさせてください。本当は友人でも、いえ友人だからこそ、商売人が絶対にやってはいけないことだと判っているのです。でもエミリアは私のとても大切な友人です。夜会で倒れそうになっても、私は何もできませんでした。彼女が辛いときに助けられなかった。その罪悪感を軽くするためだと思ってくだされば……」

「エレンディア夫人のことはエミリアから聞いています。それに聞く前から知っていました。エミリアのことを調べましたから。誰を近付けて、誰を遠ざけるべきか知るために……。だから結婚指輪を作るためにこの店を選んだと言えばわかってもらえるでしょうか」

「――!!」

 目の前の男性は腕の立つ騎士であり、同期の中でも出世が早い方だと聞いている。

 しかし自分のことを調べているとは思いもよらなかった。理由が婚約者のためと聞いて二度びっくりだ。

「エミリアはあなたを含めた友人に感謝していますよ。つらいときにずっと心の支えになってくれたと。離縁した後も王宮に出仕した後も、変わらず友人を続けてくれる大切な人たちだと言ってました」

 白い結婚であり傷はなかったとはいえ噂になるほどだったから、上辺だけの付き合いだったら切れている縁だ。でもブリトニーを含めた友人たちは誰もエミリアと疎遠にならなかった。

 そしてまだ仕事をする女性が少ないこの国で、伯爵家出身という身分の高さにも関わらず、王宮に出仕したことも、交流を辞める理由にはならなかった。

 そもそも店に立ち接客をすることもあるブリトニーに、仕事をする女性を卑しいと貶める考えは一切ない。

「エミリアに大切と言われるのは、友人冥利に尽きます。とても嬉しいですわ」

「だからこそ好意に付け込むことはできません。お気持ちだけ受け取っては駄目でしょうか」

「でも……だったら出世払いではどうでしょうか? ファーナム様は有望株だと聞いています。それにきっと男爵以上になるだろうとも。男爵になればこちらの石に手が届きますし、陞爵しょうしゃく後も恥ずかしくありませんわ。検討してくださいませ」

 断る相手に押し売りをするのはブリトニーの流儀に反する。でも心優しい友人は、きっと出来上がった指輪を見て心から喜べないと思ったのだ。

「ファーナム様のためではありません、エミリアのためです。きっと石の大きさが違う結婚指輪を見る度に、彼女は罪悪感を感じますわ。夫に恥をかかせているのではないかと。後々のためにもこの大きさは必要です」

 絶対に折れるまいとブリトニーは強く出た。

 さいわいにもネイサン=ファーナムは優秀だ。男爵以上の爵位を得たときという言葉は現実的で、悪くない提案だと思いながら提案を続ける。

 もし凡庸な才能しか持ち合わせていなければ、相手に合わせて提案の言葉を変えていただろう。侯爵家と伯爵家の婚姻に相応しく、後々まで後ろ指をさされない物を身に着けて欲しいのだ。

 きっとエミリアは人からどうこう言われようが、愛する人から贈られたものを嬉しく思うだろう。ネイサンもきっと他人の評価など気にしない。

 だからこれはブリトニーの自己満足だ。

 判っていても誰よりも幸せになって欲しい友人が、いらぬことを言われる未来をなんとか阻止したい。

 二人は無言になり、部屋の中を静寂が支配する。

「……わかりました。お気持ちをありがたく受け取らせていただきます。しかし出世した暁には、石の代金を必ず受け取ることを約束してください」

 先に口を開いたのも折れたのもネイサンだった。

 頭を下げ謝意を伝えられる。

「約束しますわ。石の代金をしっかりと記録しておきます」

 話が終わった後、少ししてアーサーがお茶を手に戻ってきた。

「つもる話は終わったかな?」

 優しい声に少しほっとした。
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