三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良

文字の大きさ
上 下
49 / 89
終幕後02 伯爵夫人ブリトニーの流儀

05. リプセット商会 3

しおりを挟む
 ニコラスとの商談が成立してから更に半月後、再度ブリトニーはリプセット商会に顔を出す。

「どうしたトニー、船はまだ帰港してないぞ」

「今日は買い付けじゃないの、あなたに見せたいものがあって」

 そういって差し出したのは、一つの箱だった。皮張りのそれは手が込んでいる。一見して直ぐに高額な宝飾品を収納しているのが判る。

 中から出てきたのは、ブリトニーが言い値で買った紅玉を使った腕輪だった。

 中石に薄紅色の大き目のものを。周囲は金剛石と淡い色の紅玉で取り巻いている。鎖部分は全て小さな紅玉だった。無色から徐々に色が濃くなり、また透明に戻るグラデーションだ。何連にもなっている太目のものだが、あまり重厚さは感じられなかった。

「……これは?」

「ティナに似合うと思って。それにこの前のものとお揃いみたいじゃなくて?」

「……そう見えなくもないな」

「とても、とーおっても似合うと思うの」

 にんまりとブリトニーが笑う。

 その笑みにニコラスは苦々しい顔をしたまま大きなな溜息をつく。

「……何が欲しい?」

「翠玉を一つ、後は形と巻きの良い真珠があれば」

「……仕方ないな、持ってけよ!」

 立ち上がったニコラスは使用人に石を持ってこさせる。立ったついでに小さく壁を蹴ったのを見たブリトニーは満面の笑みを浮かべるのだった。



 * * *



「お姉さま、もう少しニコに優しくしてください」

 妹のティナは困り顔で姉に訴える。

 ニコラスとの商談の後、屋敷に向かい、久しぶりに姉妹水入らずのお茶会を楽しんでいた。

「それは出来ない相談ね。ニコと私は永遠の競争相手だもの、仲良しこよしなんて柄じゃないわ」

「もうっ、昔は婚約していた仲だというのに、どうして二人とも競い合いたがるのかしら」

「気は合うのよ、でも心の底から結婚しなくて良かったと思うわ。仕事でも家庭でも競い合うなんて、心が休まらないもの」

 ブリトニーとニコラスは幼いころからの婚約者だった。気が合う上にお互い好意を持っているが、それは恋情ではなく友情と名のつくものだった。

 悪い相手ではないが、結婚は何か違うとどちらもが思っていたが、婚約を解消するのは難しい関係でもあった。港町を治める領主の長女と、その町で一番の豪商であり男爵位を持つ家の嫡男の婚姻は、政略上欠かせないものだった。その上に幼馴染で関係も悪くないとなれば、誰もが結婚するものと決めてかかっていた。

 そんな中、ティナが密かにニコラスを想っており、ニコラスもティナのことをまんざらでもないと気付いたブリトニーは、どうにかして二人をくっつけたいと思ったが、そうなると自分があぶれてしまう。外から見ればティナは姉の婚約者を奪う形になり悪評がつきまとうだろう。どうしたものかと思っていた時に浮上した新たな婚約者がアーサーだった。

 穏やかな性格の彼はブリトニーの心を癒す優しい人だった。

 向こうも自分のことを悪くは思っていないと感じ、思い切って話をしたところ、ブリトニーとニコラスの婚約が解消され、新たに二組の婚約がまとまる。関係者全員が満足する良い結果だった。

 今でもブリトニーとニコラスは親しい友人のまま競い合う仲で、疲れを癒すのがそれぞれの配偶者という関係に納まっている。

「ニコはティナにとても優しいでしょう? でも私には今も昔も厳しいままよ」

「それはお姉さまがニコに厳しいからだわ」

「それは違うわ、ニコが厳しいから私も厳しくなるのよ」

 もうっ! と怒ったティナは、しかし全く怖くない。

 ブリトニーは大きく笑って、可愛い妹を宥めるのだった。




 それにしてもどうしたものかしらね……。

 ブリトニーは大きな溜息をつく。

 ニコラスから購入した石の代金は、全て自分の資産から出している。

 とはいえかなりの高額出費だ。しかも工房での工賃や、真珠や金剛石、地金といったその他の材料も持ち出しだった。

 特別な記念日、例えば結婚十周年などであれば、少々高めの買い物であっても、夫は快くみてくれるだろう。

 しかし日常的な買い物としては、かなり値段が張り過ぎていて、知られれば説教は必至だ。いくら自分の資産からといっても大目に見ることはない。

 どうしたらいいのかしら……。

 再び大きな溜息をつく。

 自分用にと購入した三個の石と、それを使った宝飾品を作り終えた後、まとめ買いした小さな紅玉を使った一般向けの宝飾品の製造と販売を行いたいが、作業に取り掛かったが最後、バレてしまう。

 困った、大いに困った……。

 悩むこと二週間、アーサーがメリーアの奸計にはまったのだった。

 そしておねだりに成功した。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。