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終幕後01 ネイサン=ファーナムの決闘履歴
08. 婚約者の名誉 2
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収穫が婚約者の名前だけという、成果のうちに入らないような結果のまま決闘に挑むことになった。
介添人は同期のライリーとサイラスの二人、向こうも同期の友人二人を介添人に指定したようだ。立会人は名前しか知らない先輩騎士だった。
危なげない剣はこびで勝利を掴んだネイサンだったが、それでも釈然としない気持ちはそのままだった。
観客席のどこかにダニーの婚約者であるローラ=エドワーズもいるのだろうが、顔を知らないネイサンに、探す術はない。
「畜生、負けた。ローラのことは大切にしてくれ」
「大切にと言われても、僕は彼女のことを知らない。そもそも決闘を申し込まれたとき、君に婚約者がいることも知らなければ、エドワーズ伯爵家にローラという娘がいることも知らなかった。後から君の婚約と、相手の名前を知ったんだ」
「どういうことだ? 君が好いとローラに言われたのだが?」
「それは本人に聞いた方が良いんじゃないか?」
婚約者の名誉をかけた決闘は、決着がついても疑問は残ったままだった。
二人が話し合っている間に、ライリーは当事者である女性――ローラ=エドワーズを連れて現れる。
「ローラ、どういうことだ?」
ダニーが尋ねるが、本人はおろおろするばかりで、口を開こうとしない。
「男二人が君のために闘ったのに、何も言わないのは卑怯じゃないか?」
黙り込むローラを諭したのはライリーだ。当事者ではないが、友人のことを気にかけている。今回の決闘はネイサンが女性の名誉を汚したというのが理由なのだ。
「別に、闘って欲しいなんて言ってません。ただ婚約を見直して欲しいと言っただけで……」
「それで無関係なネイサンを巻き込んだのか? 見ず知らずの女性の名誉を汚したと誹そしりを受けさせたのは、どう責任を取るつもりだった?」
「私は名誉を傷つけられたなんて言ってません!」
「ただネイサンに秋波を送られたと言っただけ? 婚約者のいる女性を口説いたと噂されるくらいは大したことがないから巻き込んだ?」
「だって、そうでもしないと婚約を見直してもらえないじゃない!」
「その結果、見ず知らずの女性の訴えでネイサンは騎士を馘になり、実家のファーナム家は賠償を支払うんだ。婚約が嫌だから他人を傷つけても良いなんて、一体、どういう教育をしているんだ、エドワーズ家は」
「家は関係ありません!」
「関係があるんだよ。既に当事者同士の問題ではなくなっている。決闘になったから騎士団の全員が知る事態だし、騎士の進退にも関わる。このまま何もしなくてもエドモン伯爵家にもエドワーズ伯爵家にも話は伝わるよ」
「――!!」
日頃、女性に優しい態度で接するライリーだが、今は一切の容赦がない。
流石に男と話すような強い口調ではないが、内容は厳しいものだった。
決闘でネイサンが令嬢の名誉を傷つけた疑惑が持ち上がったのだ。事実であれば退団まではいかずとも王太子宮の配属から外される上、将来にも暗い影を落とす。
「私……」
それだけ言ってローラが泣き崩れた。
介添人は同期のライリーとサイラスの二人、向こうも同期の友人二人を介添人に指定したようだ。立会人は名前しか知らない先輩騎士だった。
危なげない剣はこびで勝利を掴んだネイサンだったが、それでも釈然としない気持ちはそのままだった。
観客席のどこかにダニーの婚約者であるローラ=エドワーズもいるのだろうが、顔を知らないネイサンに、探す術はない。
「畜生、負けた。ローラのことは大切にしてくれ」
「大切にと言われても、僕は彼女のことを知らない。そもそも決闘を申し込まれたとき、君に婚約者がいることも知らなければ、エドワーズ伯爵家にローラという娘がいることも知らなかった。後から君の婚約と、相手の名前を知ったんだ」
「どういうことだ? 君が好いとローラに言われたのだが?」
「それは本人に聞いた方が良いんじゃないか?」
婚約者の名誉をかけた決闘は、決着がついても疑問は残ったままだった。
二人が話し合っている間に、ライリーは当事者である女性――ローラ=エドワーズを連れて現れる。
「ローラ、どういうことだ?」
ダニーが尋ねるが、本人はおろおろするばかりで、口を開こうとしない。
「男二人が君のために闘ったのに、何も言わないのは卑怯じゃないか?」
黙り込むローラを諭したのはライリーだ。当事者ではないが、友人のことを気にかけている。今回の決闘はネイサンが女性の名誉を汚したというのが理由なのだ。
「別に、闘って欲しいなんて言ってません。ただ婚約を見直して欲しいと言っただけで……」
「それで無関係なネイサンを巻き込んだのか? 見ず知らずの女性の名誉を汚したと誹そしりを受けさせたのは、どう責任を取るつもりだった?」
「私は名誉を傷つけられたなんて言ってません!」
「ただネイサンに秋波を送られたと言っただけ? 婚約者のいる女性を口説いたと噂されるくらいは大したことがないから巻き込んだ?」
「だって、そうでもしないと婚約を見直してもらえないじゃない!」
「その結果、見ず知らずの女性の訴えでネイサンは騎士を馘になり、実家のファーナム家は賠償を支払うんだ。婚約が嫌だから他人を傷つけても良いなんて、一体、どういう教育をしているんだ、エドワーズ家は」
「家は関係ありません!」
「関係があるんだよ。既に当事者同士の問題ではなくなっている。決闘になったから騎士団の全員が知る事態だし、騎士の進退にも関わる。このまま何もしなくてもエドモン伯爵家にもエドワーズ伯爵家にも話は伝わるよ」
「――!!」
日頃、女性に優しい態度で接するライリーだが、今は一切の容赦がない。
流石に男と話すような強い口調ではないが、内容は厳しいものだった。
決闘でネイサンが令嬢の名誉を傷つけた疑惑が持ち上がったのだ。事実であれば退団まではいかずとも王太子宮の配属から外される上、将来にも暗い影を落とす。
「私……」
それだけ言ってローラが泣き崩れた。
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