三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良

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王宮侍女の活躍

21. アイヴィー姫の結婚

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 第二王女アイヴィー姫の結婚は、当初の予定より約半年遅れて、春の花が咲き乱れる頃に執り行われた。

 隣接するノール王国との関係が徐々に悪化し、一時期は政略結婚を覚悟したアイヴィー姫だが、娘を溺愛する国王が頑張り、第一王女と同様の恋愛結婚になった。

 しかし新郎のグレアム=アトキンスは伯爵家の三男で、そのままでは独立と同時に平民になってしまう。国王は難色を示したが、無暗に爵位を与えれば、貴族たちの反発は必至である。そのため危険に身を晒すことになるが成果を上げさせ、叙爵させることになった。

 ネイサンはそんなグレアムと長年の付き合いがあり、戦場に赴く親友の護衛兼副官として付き添った。結婚式の今日は、新郎の付添人という立場で参列する。エミリアは新郎夫婦の友人枠での参加である。

 少し離れた場所にいる夫に寂しい気持ちもあるが、それ以上に友人思いの夫の姿に惚れ直していた。

「やっぱり恋愛結婚って良いわね」

 アイヴィー姫の幸せそうな姿を見ながら、同僚侍女がエミリアに声をかける。

 エミリアは新しい知り合いが何人かできた。
 
 しかし中央の高位貴族が多く集まっている場所ではなく、気安く話しかけられる同僚たちと同じ場所に立っている。すぐ前には主であるセイラ姫もいるため気が抜けない反面、知り合いの傍というのは気楽でもある。

「流石、王族の式だけあって豪華だし、花嫁衣裳がとても素晴らしいわね」

 流行の最先端の衣装と、ふんだんに取り付けられた宝石は、見事の一言に尽きる。そしてその衣装を見事に着こなすアイヴィー姫もまた、とても美しく素敵な花嫁だった。

 姫の隣に立つグレアムは、すらりと背が高く文官らしい細身の男性だ。花嫁を見る眼差しは優しく、幸せに満ちている。

「一年前には、アイヴィー姫の友人枠でこの式に出るとは思ってもみなかったわ」

「それを言うなら、私もエミリアが伯爵夫人になるとは思ってもみなかった。……でも収まるところに収まったような気がするわ」

 同僚が柔らかな微笑みを浮かべる。

「アイヴィー姫は結婚までの道のりが長かったし大変だったの。その分、幸せになってほしいわ」

「そうよね、国王陛下に反対されたり、結婚を許す条件が実力で爵位を得ることだもの。グレアム様は大変だったと思うわ」

「死ぬほど大変だったと思うわ。次の年は食糧問題でやっぱり何日も徹夜だったみたいだし、有能過ぎるのも問題ね」

「領主として領地経営に専念したかったのに、有能過ぎて王太子殿下が手放さなかったのでしょう?」

「アイヴィー姫が殿下に抗議なさったみたいよ」

 新郎の将来は明るいが、それが一概に良いと言えないのは、優秀過ぎるというなんともいえない状況である。しかし新婦との仲も、その親族とも仲が良いのは喜ばしいのだろう。



「ご結婚、おめでとうございます」

 ネイサンと合流したエミリアは、近くにいる新郎新婦に挨拶する。

 既に顔見知りとなっているアイヴィー姫は、気さくに「ありがとう」と返してくる。公務の出来る年頃の姫がただ一人だったこともあって、昨年の食糧難の時には王太子妃と一緒に大活躍だった。

 特に庶民への炊き出しのときなど、率先して食事を配り、庶民と同じ物を食べてみせたことで、未知の食べ物への不信感や忌避感を吹き飛ばしてくれた。

 エミリアは、姫がいなければ王都の民が野草食を受け入れるのに、時間がかかったのではないかと思っている。

 まだ食糧難が深刻になる前に野草食が浸透したのは、姫あってこそだった。

 そんな姫は庶民向けの食事を「割といける味」と評し、下町の味を覚えて王宮に戻るということまでやってのけたため、民の間で人気急上昇中である。結婚披露のパレードも民から熱望されたほどだ。王家に迎えられる形の婚姻や、他国の王族に嫁ぐときにはよくある話だが、王籍を離脱し臣下に降嫁する姫の場合は前代未聞である。

 しかし結局、民の熱意と経費などを勘案し、大聖堂から王宮までを最短距離でとはいえ、パレードを行うことが決まった。

「姫は人気者ですから、グレアム様は大変ですわね」

「本当ですよ。死ぬほど大変な思いをして爵位を手に入れたのに、王家に婿養子に入れなんて言われました」

 エミリアの言葉に、グレアムはため息交じりに返してくる。

 文官なのに戦場の最前線まで行ったのだから、死ぬ思いというのは誇張でも何でもない事実だ。それほどの経験をしたにも関わらず、爵位の不要な婿養子にと言われてしまえば立場が無い。

 もっともアイヴィー姫の兄王子二人が反対したため、婿養子案は即座に却下されたのであるが。

 姫が王家を離れれば、公務に携わる姫がいなくなることを懸念する声もそれなりにあったのも、婿養子案に力を与えた。

しかし降嫁しても、数年すれば王太子殿下の娘であるセイラ姫が、公務をこなせる年頃になる。セレスティア王家の姫らしい容姿と聡明さを持つ姫のことだから、民の前に一度出れば、たちまちのうちに周囲を魅了することだろう。

「そうえいば、ネイサンのところは、ようやく新居に引っ越す目途がたったって?」

「ああ、探したら丁度出物があって。娘の花嫁支度代わりにと建てた家だったんだが、もう少しで建て終わるという直前に、その娘の夫が外交官として直ぐに国外に出るのが決まった上、いつ帰国できるか判らないからと、売りに出されたのでそのまま買い取った。

 住めると言っても、内装がようやく全部終わっただけで、寝室と食堂室くらいしか調度が入ってないから、まだ人は呼べないが。まあゆっくりと買いそろえるよ」

「では人を呼べるようになったら、是非呼んでね」

 アイヴィー姫はそう言うと、人懐っこい笑みを浮かべた。
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