上 下
23 / 89
王宮侍女の活躍

20. そして伯爵夫人に

しおりを挟む
 エミリアが王太子妃に呼び出されたのは、新年を迎えて暫くの後だった。

 新年会の翌日は、家族でゆっくりと過ごすセレスティア王国の古くからの習慣に従ってエミリアは休みだった。新婚夫婦だからとネイサンも一緒に休みを取らせてもらい、新年はゆっくりと二人で過ごしたその翌日のことである。他の食糧難に取り組んだ関係者も一緒に呼び出されていた。

「実はね、慰労会のときはまだ功労者への褒賞が決まっていなかったの。遅くなったけどようやく褒賞が出せるようになりました」

 商人たちが麦の売り渋りを止めたのは冬至の直前だった。

 そのため慰労会は冬至の夜会にくっつけた形で行われた。

 冬至の夜会としては普通のものだったが、慰労会としては急なことすぎて、とってつけた感じが満載だった。報奨などの話もなく、たんに関係者を労うだけにとどまった。

 そして新年三日目の今日、改めて関係者だけを集めた場を設けられた。

 職務に尽力した役人たちは臨時俸給ボーナスを、特に大変だった者は追加で昇進を。

 エミリアに協力して野草料理の普及に尽力した、ファーナム侯爵夫人であり義兄嫁でもあるダルシーや友人たちは、勲章の授与と報奨金が与えられた。女性の地位が低いセレスティア王国では、夫人が勲章を与えられるというのは前代未聞の快挙だった。

「お友だちの手伝いを少ししただけで勲章だなんて……」

 謙遜する友人たちは、しかしとても誇らしげだ。

 義娘が勲章を授与された前ファーナム侯爵夫人は本人以上に大喜びだった。

「エミリア、あなたへの褒賞なのだけど、あなた自身よりもネイサンの出世の方が喜ぶと思うのだけどどうかしら?」

「確かに嬉しいですけれど、私の功が無くとも夫は実力で出世できると思いますの。それに夫も王太子殿下の元で成果を上げてますもの、私の功は不要だと愚考いたします」

 エミリアが昨年の食糧難対策に当たった頃、夫のネイサンもまた王太子殿下の元で同じように対策に当たっていたのだ。休み返上のそれは苦労の連続だったが、結果として予想以上の成果を上げて終息した。エミリアだけでなく、対策に追われた全員の努力の結晶である。

「ネイサンも褒賞の対象者よ。そこでね二人の褒美を合わせて、ネイサンを伯爵に陞爵しょうしゃくします。同時に領地も与えます。辞退は許しません」

 言い切ると、王太子妃は悪戯が成功した子供のような目で笑う。

 あまりのことに絶句するエミリアとネイサンに、次々と祝いの言葉が告げられる。一年も経たずに男爵から伯爵に爵位が上がるというのは前代未聞ともいえる快挙だった。

 行き過ぎた依怙贔屓ととられてもおかしくない。

 二人の功績を合わせて子爵に陞爵しょうしゃくされたとしても、驚くほどの快挙なのだ。

 爵位が一つ上がるのは大きい。特に一代貴族である騎士爵から世襲貴族である男爵に上がるのと、下位貴族である子爵から高位貴族でる伯爵になることは、簡単ではない筈だ。

 それがたった一年で騎士爵から男爵、そして伯爵になるのだ。嬉しさを通り越して恐ろしくさえある。

「学者が試算を出したのよ。今回、野草食が普及しなかった場合の餓死者の数と、国に与えた影響を。餓死者は国民の二割から三割、税収が元通りになるのに最低でも五年は必要だと。国力が落ちた結果、ノール王国と再戦する可能性が高かったの。エミリアは本来、国の英雄として女性初の男爵に列せられられるのが妥当なの。でもそれよりはネイサンの子爵位への陞爵しょうしゃくと合わせて伯爵位にした方が喜ぶと思ったのよ」

「伯爵に与える領地ともなれば、それなりのものを用意しなければな」

 確かに王太子妃が言う通り、エミリアは自身が男爵になるよりも夫であるネイサンが伯爵になる方が嬉しい。しかも妃の言葉を補足する王太子の言葉からは、領地の豊かさも子爵以上のものを用意することを示唆していた。

「おめでとうエミリア。妻の力で夫を伯爵にするだなんて、誰にでもできることではないわ」

「おめでとう、ネイサン、エミリア。盛大にお祝いしましょうね」

 他の夫人たちよりも遥かに大きな褒賞になったが、夫人たちは自分のことのようにエミリア夫婦の褒賞を喜び称賛した。

「皆もあなたがたへの褒賞を喜んでいるようだし、受けてもらえるわね」

 二人への祝いの言葉がひと段落したのを見計らって言葉を重ねた。

 笑みを浮かべた王太子夫妻は、関係者の間を歩いて回り、労いの言葉をかける。年若い為政者の気さくさが前面に出ている行動だった。直前には国王から「いつ退位しても安心だ」との言葉を受け取っている。

 親莫迦なところのある国王だが、国政に関わることは別だ。もし王太子が無能であれば、別の後継者と首を挿げ替えただろう。

 そんな王の言葉は、次代も国は安泰だと思わせるに充分だった。

 今は友好国のウィストリア王国だが、国王が即位した頃は、ノール王国の属国だった。そしてその立場でセレスティア王国と開戦したのである。

 セレスティア王国は戦争に勝つのと同時にウィストリア王国の独立と復興の手助けして、友好国としての地位に引き上げると同時に、親セレスティアの国民を増やすことに尽力した。

 また同時並行してノール王国との国境付近の小競り合いを激減させ、昔から良い関係を築いている南や東の隣国とはより親密に。そうやって国外の問題を解決した後は、内政に尽力して休む間なく働き続けた。

 王太子だった兄の不審過ぎる病死とそれ以前の行状が、王族に対する権威の衰退につながったのを、見事に回復させるに至った。

 賢王との評価が高い国王が、王太子を評価して王位を譲っても問題無いとするならば、王太子に王としての資質があるということだろう。




「お祝いは何時頃が良いかしらね」

「ごく親しい人や身内だけを集めた小さな夜会を今月中に、大掛かりなものを本格的な社交の季節が始まってすぐくらいにやるのはどうかしら?」

 ダルシーや前侯爵夫人である義母が、早速といった風にエミリアやネイサンに声をかける。

 それに対して小ぢんまりとした会で終わらせようと思っていた、ネイサンとエミリアの考えを牽制するようにダルシーが提案する。

「それが良いかもしれないわね。場所は取り合えず侯爵家にしておきましょう。これから王都に屋敷を建てるのなら、春には新居が間に合わないものね」

 新居とは、などと色々とエミリアとネイサンが思っている間に、どんどん話は進んでいく。

「ネイサン、伯爵になったのだから、今のまま別宅でとはいかないわよ。ちゃんと独立して伯爵家として屋敷を構えなくてはね」

「しかし領地がどれほどのものかも判らないし、ただの新興貴族なのに、そこまでしなくても」

「いいえ、しなくてはいけません」

 ネイサンの言葉に、母と兄嫁はきっぱりと否定する。

「新興とはいえ、出身は侯爵家です。しかもファーナム侯爵家は建国まで遡れる由緒正しい家ですよ。その親族筋の伯爵家がただの新興貴族の筈はないでしょう。ちゃんと格に合わせた屋敷というものが必要ですよ」

 何歳になっても母は子に対して厳しいものらしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

婚約解消された私はお飾り王妃になりました。でも推しに癒されているので大丈夫です!

初瀬 叶
恋愛
王宮に呼ばれ、案内された部屋に入ると錚々たる顔ぶれに怯みそうになる。 そこには、国王陛下、側妃であるライラ妃、王太子殿下、私の父であるオーヴェル侯爵、そして、私の婚約者…いや、元婚約者であるジュネ公爵令息のセドリック・ジュネ様が私を待ち構えていた。 私の名前はクロエ。オーヴェル侯爵の長女としてこの世に生を受けた。現在20歳。 ちなみに私には前世の記憶がある。所謂、異世界転生というやつだ。 そんな私が婚約解消されました。で、なんでお飾りの王妃に? でも、側で推しが私を癒してくれるそうです。なら大丈夫?! ※ 私の頭の中の異世界のお話です。史実に基づいたものではありません。 ※設定もふんわり、ゆるゆるです。 ※R15にしています。詳しい性描写はありませんが、匂わせる描写や直接的な単語を使用する予定です。 ※2022.10.25 14話と16話と24話のクロエの名前、オーヴェルがオーウェンとなっておりましたので、訂正させて頂きました。読者の皆様に混乱を招いてしまったかと思います。申し訳ありません。 ※2022.10.26 HOTランキング1位を獲得する事が出来ました。たくさんの方に読んでいただける事が、とても励みになっています。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。 ※2022.11.13 ジーク・ロイドの婚約者の名前をマイラからアリシエに変更させて頂きました。同じ名前が重複していた為です。申し訳ありません。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。