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「…優し過ぎるよ……侑利くんは…」

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* 侑利side *

さっきの……慶の顔が消えない。
ドアを閉める寸前の……不安そうな…辛そうな顔……。

慶を……傷付けてしまった…。


「侑ちゃん…ごめんね……友達…待たせちゃうね…」


エレベーターを降りて車に向かいながら……今まで無言だった真由が、小さくそう言った。


「話聞いたら、送る」


また、真由を乗せる事になるなんて、全くの想定外だ。
……聞きたい事は幾つかあったけど………とりあえず、車を出してマンションを離れた。





少し走って、コンビニの駐車場の端の方へ車を停める。
静か過ぎず…賑やか過ぎないところ…。


「…あのさぁ……」
「うん、」

真由がこちらへ視線を向ける。

「…昼に会った後は、帰ったの?」
「うん、…帰ったよ」
「……じゃあ……何でまた居んの」

何かあったんだろう事は明白だけど、理由が分からないからとりあえず聞く。

「……彼から電話があって…今日も残業で遅くなるって。…でも……10時過ぎても帰って来ないから、私から電話してみたら……まだ終わりそうにないから、今日は会社に泊まるって…………でも………聞こえちゃったんだ……後ろから女の人の声…」

真由の目がまた、涙で潤む。
こんなに泣かされるために、俺と別れた訳じゃ無いよな…。

「……電話はそれで切れたけど……女の人と一緒に居るんだって思ったら…辛くて、……でも…会社に確かめに行く勇気は無くて…………そんな時に……浮かんで来るのは侑ちゃんの顔ばっかりで………何か言って欲しくて………それで………」

真由が、泣いて喋れなくなった。
多分……いや、きっと真由は……今、誰かに縋りたくて仕方ないんだと思う。

慰めて欲しいって思ってるのかも知れない。

それが、俺で無くても。

「それなら、尚更……ちゃんと話しないとダメだって。…思ってる事言ってさぁ」
「…今日…そうしようと思ったんけど……帰って来ないんだもん…」

……話のしようが無いって事か。

「今日じゃなくてもさ……」
「……ギスギスしちゃって…話しかけようとしたらめんどくさそうな顔されるの……結構堪えるんだよ」

泣きながら、笑ってるように言う。
……傷付いてる顔だ。

「……好きじゃねぇの?」
「………好きだと、思う」
「分かんねぇの?」
「……彼の言葉次第かな……ギリギリのとこ…」

相手の言葉で好きにも嫌いにもなれる状態?
多分……精神的に、薄いガラスみたいなので繋がってるだけなんだろうな……

少しの衝撃で砕け散ってしまう、薄いガラス。

……真由の中で……その話し合いが、ラストチャンスって思ってるんだって分かる。

「…このままで良いとは旦那さんだって思ってないんじゃねぇの?」
「……そうだと良いけど…」

…不安しかない声。


「俺は……旦那さんに真由を取られた立場だからさぁ……人の彼女取って結婚しといてコレかよ、って正直思うよ」
「…侑ちゃん…」
「最後までちゃんと真由を幸せにして貰わないと、納得行かねぇ。……だけど、俺はただ話聞くしか出来ねぇからさ。……辛いかも知れないけど、ちゃんと話して…決めんのは真由だよ」
「……分かってる…」
「だけど、旦那さんには全部言って欲しい、我慢しないで思ってる事全部。夫婦なんだしさ、真由が遠慮する必要なんかねぇよ」

……俺は、そう言ってやるだけ。
他には何もない。

「……ありがと、侑ちゃん………そうだね………今まで、空気が悪くなるのがしんどくて…話する事自体、避けてたかも…………ちゃんと……逃げないで話し合ってみるよ」

……それしか無いよ、きっと。
結局は、決めるのは2人だし。

応援する事しか、俺には出来ねぇ。


「…遅くにごめんね………帰るね」
「あ、送る」
「大丈夫、うち、ここからだと結構距離あるから送ってもらうの悪いよ」
「でも、」
「タクシーで帰る」
「…大丈夫か?」
「うん……侑ちゃんさぁ……」
「ん、」
「そんなに優しかった?」
「え、」
「勝手に来て勝手に待っててさぁ……追い返されると思った」
「…俺は昔からそんな奴じゃねぇよ」

どんだけ非道だと思ってんだよ、俺の事。
そんなイメージねぇと思うけど…

「…じゃあ、行くね」
「あぁ、」

真由が車を降りて、運転席側へ回って来る。

「侑ちゃん……」
「ん」

小柄な真由が、一回り小さくなった感じがする……何かすげぇ、痩せた。

「もし、話し合ってダメだったら………」
「………………」

……何だか、緊張した。
この後、何を言うのかって……

少し黙った真由は、滲んで来る涙に歪みそうな顔を必死で堪えて、無理矢理笑顔を作る。


「……何でもないっ、ごめんね、遅くに」


言おうとした事を飲み込んだ真由を見て、聞かない方が良かったのかも知れない、って……何となく思った。

「…気をつけて」
「うん、侑ちゃんも」
「先、行けよ」
「え、良いよ、侑ちゃんが先に行ってよ」
「ちゃんと帰るか気になるし、」
「大丈夫、ちゃんと帰るよ。……見送られたら…帰りたくなくなっちゃったら困るから、先に帰ってくれた方が良い」

……ドキ…っとした。

真由は…俺に縋りたいんだって……やっぱり…分かる。

「…じゃあ、先行くわ」
「…うん」

泣きそうに手を振る真由を置いて行くのは、少し気が引けたけど……真由の決心が揺らがない内に…ここを去るのが、きっと正解だろう。

……ちゃんと帰る、と言った真由を信じて、俺は車を発進させた。




* 慶side *

………まだ…帰って来ない。
出て行ってから…もう1時間が来る。

色んな事を考えた。

次から次へと頭に沸いて来る良くない展開に……もう、頭は考える事を止めた。


苦しいだけ。


侑利くんが居ないところで、ああだこうだと考えたって……今、侑利くんは真由さんと一緒に居るって事が事実なんだから……


帰って来るのを待って……ちゃんと聞くまでは………勝手に色んな事を想像するの止めよう、って思った。



……真由さん……

キレイな人だったな………


大人で、小柄で、美人で……………


俺みたいな……男とは違う…。


侑利くんが……一緒に住もうと思ってたぐらいの人だもんな……



「…………痛、…」


途端に、胸の奥が締め付けられるような感覚。


情けない事に……侑利くんが出て行ったまま……動けなくて……ずっと玄関に座り込んでる。


寒いけど………でも、動けない。


大好きだった彼女と、一緒に出て行った侑利くんが……どんな気持ちで同じ時間を過ごしてるのかな…と思った瞬間、キリキリと痛み出した胸に……涙が出そうになる。



「……早く……帰って来てよぉ………」



情けなく震えた声は……静かで冷えた空気に消えて行った。







それから、20分くらいして…………侑利くんが帰って来た。

ガチャリと外から開けられる鍵の動きを、黙って見つめる。
動く事も出来ない………帰って来た事が……単純に嬉しくて……


静かに開けられたドアから侑利くんの顔が見えて………俺の我慢が一瞬で限界点を超えた。
一気に涙が滝の様に溢れて来る。

「侑利く…ん…」

玄関で座ってる俺に、侑利くんが驚いた顔を向けた。

「…何やってんだ」

……居ない間…バカみたいに泣きまくってたのは……もうバレてるんだろうな……

「ずっとここに居たのか?」
「………だって……」
「だってじゃねぇよ、バカ」

……季節は1月下旬。
暖房も点けないで、冷えた玄関に1時間以上も座り込んでるのは多分バカだろう。

侑利くんが目線を合わせる様に、俺の前にしゃがむ。


「でも……こんな事させてんのは、俺だよな…」


優しい声……

侑利くんは、三角座りの俺の足の外側に俺を挟み込む様に膝をついて座り……俺の背中に手を伸ばし、強い力で抱きしめてくれた。

肩に伏せられる侑利くんの顔……

頭を撫でてくれる手がすごく優しくて……声を上げて泣いてしまいそうになるのを必死で堪えた。


「………帰って…来なかったら……どうしよう、って……」


それだけの言葉が、苦しくて上手く出て来ない。


「何でだよ、帰って来るわ…そう言っただろ」


侑利くんの背中に手を回して、俺も思い切り抱き付いた。

暫く……そのままで…泣いてしまった。


男のクセに……メソメソしてるよな、俺……

泣いてばっかで……侑利くんを困らせてる…。




* 侑利side *

冷え切った手を取って慶を立たせ、リビングのソファへ連れて行く。

とりあえず……温かいカフェオレでも……と、キッチンへ向かう俺に慶が口を開く。


「………何で…泣いてたの…?」

聞きたくて仕方なかったんだろうな…。
慶を残して元カノと出て行くなんて……

「…昼間も来たんだ」
「え…」

慶がまた不安そうな顔をする。

「前に、お前迎えに行ってから天馬達と居酒屋で合流した時あったじゃん」

うん、と慶が頷く。

「あの日、お前が来る前、偶然、真由も友達と飲みに来ててさ、店で声かけられて少し話した」
「…………」

慶が緩く唇を噛む。

「今日、昼に来たのは……最近、会ったから…俺の事を思い出したんだと思う」

慶は黙って俺の話を聞いてる。
俺は、コーヒーを淹れてミルクを注ぎながら話を続ける。

「マンションの前に立っててさ……さっきみたいに、泣いてた」

慶の方にだけ砂糖を入れて甘くしてやる。

「俺と別れた後、新しい彼氏と結婚したんだって。3年目になるって。でも、なかなか子供が出来ないみたいで、その事で旦那と最近上手く行ってないらしくてさ」

慶の隣に座り、カップを渡してやる。
渡す瞬間に少し触れた指先は、まだすげぇ冷たいまま。

「でも、俺は…話聞く事しか出来ねぇからさ。ちゃんと話し合うように言って別れた」

慶は、ふぅふぅと湯気を吹きながらカフェオレを一口飲んで、それでも少し熱そうに顔を顰める。

「そしたら、また居たから……正直俺も焦ったけどな」

慶は…何を思ってるんだろう。
何も言わず…ただ聞いてる。

「今日は旦那が残業らしいけど、その連絡の電話の後ろで女の声がした、って……浮気してて、自分は捨てられるかも知れないって思って落ち込んでた」
「……………」
「…でも、結局、夫婦の事だしさ……俺がどうこう言う事じゃねぇし……話し合いしねぇと何も進まないって思うから、」
「……………」
「慶……」
「……………」
「…何か言えよ」

何も言わねぇから……気になるわ。

慶は、手に持ってたカップをソファ前のテーブルに静かに置いた。


「………浮気してるかも知れないって……それで……何で、侑利くんなの?」
「え…」
「子供が出来なくて、旦那さんと上手く行かなくて、辛くて落ち込んで……何で侑利くんに会いに来るの?」

今まで黙ってた慶が、突然喋り出した。

「辛い時に侑利くんに会いたいって……思ってるって事だよね」
「……………」

今度は、俺が黙る。

「侑利くんが何時に帰るか分かんないのにずっと待ってるなんて……ほんとは…部屋に入れて欲しかったんじゃないかって思う」
「…慶」

慶の不安が一気に溢れ出て来てる感じ…。
1人で居る間…ずっと考えてたんだろう。

「……すごく…キレイな人で……小さくて可愛くて………侑ちゃん…とか呼んでてさ………この人と付き合ってたんだって……一緒に住みたいくらい好きだった人なのに……泣いて待ってるなんてズルいよ……そんなの…侑利くんがほっとける訳ない………」

幾らでも込み上げて来る涙は、慶の目からどんどん溢れ出す。
こんなに……泣かせるなんて…。

「出て行って…苦しかった……1人にされて辛かった、行かないで欲しかった、……俺と……付き合ってんだから、元カノなんて気にしないで欲しかった」

慶がこんな風に感情的になるなんて……思って無かった。
そうだよな……元カノと出て行って…慶を1人残して…。


「…優し過ぎるよ……侑利くんは…」


………慶の事しか見えてねぇのは変わりないけど、あの状況で真由を1人で帰すなんていう考えが無かった。


「呆れられても良いし…我儘で……可愛くないって思われても良いっ……」
「慶…?」



「もう……真由さんと会わないで…」



不安に揺らぐ声で、慶が言う。

俺のした事が、慶を深く傷付けたんだって分かる。


「…分かった、もう会わねぇよ」

「…っ、ぅ……」


途端に慶が苦しそうに泣き出した。


「…違うのに…」
「え?」
「…侑利くんの事……困らせたくないのに……」
「…慶、」
「嫌な事言ってごめんね……」
「そんな事ねぇよ」

慶を抱きしめる。
俺をすごく好きで居てくれてんのは充分伝わってる。

その後は何となく……2人ともあまり話さず、少し距離を置いて寝た。
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