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「俺なんか……とっくにお前のもんだよ」

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工藤との事があった日から、慶はずっと俺と居る。
何処へ行くにも、子犬の様に付いて来る。

それこそ……風呂やトイレまで。


変かも知れないけど……俺は、別に気にならない。


付いて来たけりゃ来れば良い。


迷惑でも無ければ、気を遣ってる訳でも無い。


俺も…同じように思ってるだけだ。

慶と……離れたくない。


巴流に言わせたら、超バカップルらしいけど……俺は正直これでもセーブしてる。


とにかく、慶は……あの日の恐怖と…思い出したくない出来事の反動なのか……俺に、べったりだ。

俺の傍に居て、浄化してるような……そんなイメージ。


BIRTHにも、一昨日と昨日、連れて行った。

店に居ると、今は全員顔見知りとなったスタッフが次々と慶の相手をしてくれる。
特に、いつものメンバーに加え、桐ケ谷さん、健吾、司くん辺りはまだ慶の事をそこまで知らないから、掘り下げたくてすんげぇ慶と喋ってる。

俺も、ここに居てくれると安心だ。
……まぁ、そう言っても、お客は来るし俺に指名も入る訳で……

俺に負けるとも劣らない慶の独占欲も相当なもんで……フワフワしてんのかと思いきや、家に帰るとやたら攻めて来る時もある。

夜はどうしても、工藤との事を思い出してしまう様で、なかなか寝付けずに居る。
自分が寝られない事で俺を起こしてしまったダメだって思ってるから、静かに寝たふりをして…少なくとも、俺よりは長く起きてるのを俺は知ってる。

だから、朝は俺は静かに起きて、慶が自然に目を覚ますまでそのまま寝かせてる。
今日も昼過ぎに起きて「もぉ~起きてるなら起こしてよぉ~」と言われたけど、別に良いじゃん、ゆっくり寝てりゃあさ。

今は仕事してないんだし、俺も今日は休みだし。



「あ、慶、これ」

言うのは少し躊躇ったけど、そこは避けられないので声をかけた。

「何?」
「会社から。昨日届いてた」
「………」

退職の書類を郵送して、とあの時、事務の女性に言った。
慶は、俺から封筒を受け取ると…さっきまでの機嫌良さげな感じから、一気に無言になった。

「サッと書いてさ、今日返送するぞ」

慶の頭を緩く撫でる。
俯いて…何か…言いたい感じ…。

「慶、こっち」

慶をソファへ呼んで、隣に座らせる。

「何考えてんの?」

またどうせ……考えなくて良い事で頭ん中一杯になってんだろうな…。

「……バイト…2回もクビになってさ……頑張るって言って、自分で決めた仕事も……こんな事になっちゃって………何か……ダメだな、って…」

……ほら見ろ。
…どうでも良いんだよ、そんなの…俺がそんな事いちいち気にすると思ってんのかな、コイツ。

「ダメじゃねぇよ」

俺がそう言っても「ううん」と首を振る。

「いつまでも…BIRTHに付いて行く訳にも行かないし、それに…生活費はちゃんとしたい…」

…出た。
もう、この、生活費に関しては、ほんとに要らねぇんだけど……

だけど、これだけは慶が絶対に引かないからな……

「また、バイト探せば良いじゃん」
「……そうだけど…」
「何」
「……こんなに、続けてダメになったら……何か自信なくなるよぉ……」

「自信あった訳じゃないけど」と付け足して、困った様に笑う。
そういう表情を見ると、何とも言えない気持ちになる……守ってやりたいって言うか……安心させてやりたいって言うか……

「別に良いじゃん、気にする事じゃねぇよ。俺がそう言ってんだから、お前は自信持ってりゃ良いんだよ」

俺がさ、何でも良いから早く働いて生活費入れろって言ってんなら話は別だけどさ……ほんとに自慢でも何でもないけど、マジで俺、金には困ってねぇからな。

お前1人ぐらい余裕で養えるわ。

だから、お前に対しては自分の小遣い稼ぐくらいのバイトで良いじゃん、って思ってるけど、お前が生活費がどうだとか言うからさ……

「…侑利くん……」
「ん?」
「……また…バイト探す……相談するね」
「…分かったよ」

慶の体を引っ張って、俺の上に向かい合わせに座らせる。

「まぁ、でも、そうだな、ある程度で探して貰わねぇと、こんなずっと一緒に居るのが当たり前になったら俺も困るわ」
「…ん?」
「…慶が居ないと仕事行けなくなったら困る」
「あはは、それは困る」

可愛い顔して笑ってんじゃねぇよ。
引き寄せて、軽くキスをする。

何でも良いわ、俺。
お前がここに居てくれたらさ。


「じゃあさ、それ書けたら、飯でも食いに行こうぜ」
「…うん」

慶は俺からスルスルと下りて床に座ると、ソファの前のテーブルに封筒の中身を出した。

「…ぁ、」

慶の小さな声が聞こえて、体を起こしてソファに座ったままで後ろから覗く。

退職願の書類と……手紙が2通。

1枚はあの時の女性。
もう1枚は……

工藤だった。

少しの間、戸惑ってたけど……慶は黙ってその手紙を順番に読んで、俺にそっと差し出した。


「…読んで良いの?」
「…うん」


慶の手から手紙を受け取る。


『 羽柴くん

その後、体調はどうですか? みんな羽柴くんのファンだったから、辞めるって伝えたら全員仕事やる気なくしちゃって大変だよ。 辞める理由は「家の都合」って事にしてあるからね。私ももう少し羽柴くんと仲良くなりたかったのが本音。すごく残念だけど仕方ないね。
これは、私が書く事じゃないかも知れないけど……工藤くん、酷い事をしたってすごく反省しています。許す事は出来ないかも知れないけど……純粋に羽柴くんを好きだったって事だけは分かってあげて下さい。余計な事書いちゃってごめんね。 また、どこかで会ったら、声かけてね。 イケメンの彼にもよろしくね。 それじゃあ、さようなら。   

                                     岬より 』


彼女の事は知らないけど……何となく、彼女らしい文面なんだろう、って思えた。
慶の事も、きっと本気で心配してくれてんだな、って思える。

そうじゃなきゃ、退職の書類にこんな手紙を付けて来ないだろう。


もう1枚の手紙。


工藤からの。


少し……迷ったけど………読んだ。



『 羽柴くん

本当に申し訳ない事をして、羽柴くんを傷付けてしまった事を後悔しています。自分が情けなくて、何と言って謝れば良いのか分かりません。辛い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。許して貰えるとは思ってないし、こんな事言える立場じゃないけど、早くいつもの羽柴くんに戻れる事を願っています。本当に最低な事をしてしまって、ごめん。今度こそ、本当に諦めます。 さようなら。
                                      工藤 』


謝罪の手紙。


反省してんのは分かる。


だけど、もう会わせたくねぇ。

会わせるつもりもねぇ。


慶は優しいから……きっと、この手紙を読んできっと今動揺してるだろう。

返事を書くと言うかも知れない。


それが……慶のケジメの付け方なんだったら別に構わない。


慶に手紙を返して、俺は出かける準備をする。
1人で考えたいかな、って思ってさ。


寝室で着替えを済ませたところに、慶が来た。

「侑利くん…」

深刻な顔してるじゃん…

「ん?」
「…書類…出すの明日でも良いかなぁ…」

すげぇ…俺の反応を伺ってる感じ。

「何で?」

一応、聞いてみる。

「……手紙…書いてくれたから……返事…入れようと思って……」

予想通り。
慶は真面目でちゃんとしてるから……だいたい、分かる。

「でも、それで……終わりにする…」

もう、泣きそうになってんじゃん。
俺の言葉をすごく待ってる。

「……怒ったの…?」

すげぇ不安そうな顔。

「怒んねぇよ」

慶の体を引き寄せて、抱きしめる。

「お前がやりたいようにやれば良い」
「…ありがとう…」

俺よりもだいぶ細い体。

「慶」
「…ん、なに?」

俺の好きな、緩い声。

お前には、俺の隣でずっとフワフワしといて欲しいんだよ、俺は。



「俺、一生お前だけで良いわ」



俺の一言に、抱き付いていた慶がバッと体を離して俺を見る。
キレイな目をパチパチしながら見てる。

「…どしたの、急に」

驚いてるけど、口元が緩んでる辺り、きっと嬉しいんだな…。

「言いたくなった」

……恥ずかしそうに俯いて俺の服をイジイジしながら「えへへ」と笑う。

「侑利くんの事が好きすぎて、耐えられない」
「ははっ、耐えらんねぇの?」
「うん……ほんとに……好きでたまんない…」

可愛い事を言うから……そのままベッドに慶をゆっくりと倒し、その上に徐々に体重を乗せて行く。

「侑利くん……………俺は……侑利くんのものでしょ…?」

おい、何だよ……そういうのも反則だぞ。

「…ん、…そうだよ」

慶が俺を誘ってる。
俺はお前のこの手の誘いには……すげぇ速さで乗るって知ってんな…。

「侑利くんは…?」
「俺なんか……とっくにお前のもんだよ」

随分最初の方で落ちてんだ、俺は。

「侑利くん……愛してる…」
「俺も…愛してるよ」

俺は今日だって、まんまとお前の誘いに乗るんだよ。




~~~~~~~~

「お腹空いたよぉ…」

そりゃそうだろうな……もう、3時が来てる。
世間一般には、おやつの時間だぞ。

誘われるままに行為を始めて…………出かける準備が出来たのはさっき。

3時だ。

「そりゃ、減るわ」
「んふふ」

変な笑い方しやがって……ご機嫌か。

でも……実際、昨日までは慶はほとんど食べなかった。
工藤との事があって……食欲が落ちてた。

ただでさえすんげぇ細い慶は、少し食欲が落ちると直ぐに顔に出るから、すげぇ痩せたような感じがして心配になる。

だから、今、お腹が空いた、などと言っているのは、俺にしてみれば喜ばしい事であって……少しずつ、リセットされてんだな…って思えて、単純に嬉しくなって来る。


「夜はね、侑利くんのご飯が良い」
「分かった。じゃあ、今は何か軽いもんにするか」

うん、と機嫌良さげに言った慶は、その後に「侑利くん、大好きっ」と付け足した。
お前ぐらい俺を好きって言う奴居ねぇよ。




あの日から、奏太は毎日何回か慶にLINEして来てる。
きっと、慶の事を元気付けてくれようとしてんだろう。

慶もそれは分かってて、嬉しそうに返事してる。
敬語を無くして「前より仲良くなれた感じがする」って喜んでるし。

奏太にはマジで感謝してる。
俺とはまた違う……友達、という存在。

慶には、それが必要なんだ。
それが奏太だってなると俺も安心だしさ。

まぁ、奏太だけじゃなくて、他のみんなも何だかんだ慶の事を心配してくれてる。
やっぱ、きっと、慶の頼りない感じがそうさせるんだろうな。

保護者がめっちゃ居るじゃん。
昨日、司くんまでもがあれこれ世話焼いてた時には、ちょっと笑ったけど…。

今までの人生って何だった、って言うぐらい、今は存在が認められてて……一気に関わる人が増えた事が……きっと慶には目まぐるしくて、あの性格だからなかなかフレンドリーには出来ないのかも知れないけど、慶なりに頑張ってると思う。

ただ、実の親に自分の存在を否定され続けて来たっていう事実は重くて…ふとした事でも、自分がダメな人間だからこうなったんだ、って思ってしまう癖がある。

仕事辞めた事だってそうで、今もきっと……ほんとは落ち込んでる。
元気そうにしてるけど…やっぱ…分かる。

俺に出来る事は……傍に居てやる事だけだ。




~~~~~~~~

「何か久しぶりだな~、侑利くんのご飯~」

楽しそうにカートを押してる。

昨日まではBIRTHで何か食ってたから、家でちゃんと作るのは確かにちょっと久しぶりかも。

「何食いたい?」
「え~~決めてなかった~~、どうしよう…何にしよう…」

う~~ん、と暫く考えて「…やっぱり、ハンバーグかな」と若い男子丸出しのメニューをリクエストされた。

「チーズ乗ってんのが良い」
「ん」

慶が押してるカートに、必要な物を入れて行く。
慶は全くの料理音痴だから、買い物に来たらカート押し担当に自らなる。

「俺ね、スーパーで食材選んでる時の侑利くん、好きなんだ~」
「何だよ、それ」
「え~、だってカッコいいんだもん」

だもん、じゃねぇよ。

「じゃあ、必要以上に選ぶわ」
「あははっ、何で」
「だって、カッコいいんだろ?」
「そう思って欲しいの?」
「……うん」

素直に本心を言ったまでだが、慶に思いっきり笑われてるし。
「侑利くん~可愛い~~」とかって、からかわれるし。

別に良いじゃん、好きな奴にカッコいいって思われたいなんて、男なら当然だろ。




~~~~~~~~

慶のリクエスト通り、チーズを乗せたハンバーグは想像通りの口調で絶賛された。
「天才」って20回くらい言われたんじゃねぇか?

まぁ、作った料理をこんなに絶賛しながら食べて貰えたら、また作ってやろうって気になるよ、マジで。

慶が洗い物をやってくれて、今は食後のカフェオレタイム。

慶は……今日、出かけた時に買った便箋に向かって、さっきから一生懸命手紙を書いて居る。
俺はそれを、ダイニングから眺める。

時々、考える様に手を止めて、読み返してはまた書いたり……普段あんまり見る事無い姿だから新鮮で何となく見る。



「書けた…」

小さくそう言って立ち上がると、俺の方に歩いて来る。

「…これで良いかなぁ」

手紙を俺に差し出す。

「…見て良いの?」
「良いよ」


手紙は2枚。

岬、というあの女性へ宛てた手紙は、急に辞める事への謝罪とあの時助けてくれた事への感謝が綴られてた。

気になるのは、2枚目。
工藤への手紙…。

これで終わりにする、って言った慶が……工藤に何て書いたんだろう…。
手紙を読もうとしてる俺を、不安そうに見てる。

「ほんとに、読んで良いの?」
「…うん」

きっと、俺にも読んでおいて欲しいって思ってんだろう。



『 工藤さん

手紙、ありがとうございました。
前みたいに戻りたかったですが、出来なくてすみません。でも、工藤さんにはもう充分謝ってもらってるから、もし落ち込んでるなら、もう、前を向いて下さい。許せないなんて思っていません。今、彼といる毎日が幸せで、ずっと大切にして行きたいって思っています。工藤さんもどうか、幸せになって下さい。今まで、ありがとうございました。

                                    羽柴 慶 』


何だか……胸の奥がツンとした。

工藤を一言も否定しない、優しい慶らしい手紙だと思う。

「良いんじゃねぇ?」

俺がそう言うと、少しホッとしたような表情。

「慶、ここ」

座ってる自分の太腿を叩くと、慶は素直にそこへ上がり向かい合って俺の上に座る。

「ありがとな」

慶の髪に指を通す。
また、少し伸びて来た前髪を払うように何度か梳く。

「俺の事も書いてくれてた」
「…ん、」

引き寄せて軽くキスをする。

「明日、出そうな」
「…うん……侑利くん…」
「ん?」
「…苦しい」
「…どした?」
「…侑利くんのこと……好き過ぎ…」

そう言って、今度は慶からキスが来る。

「全部好き……侑利くんのこと……全部…」

何だよ、これ……
煽ってんの?

それとも、誘ってんの?


どっちでも良いか……どうせ、俺はすぐそれに乗るんだからな。
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