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「…あんま大丈夫じゃねぇ」
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「あのさぁ………あの人と2人にはなんないで」
慶を送る車の中。
今日は、慶の会社は仕事納め。
夕方5時で工場はストップ、で、また年明けは4日から稼働するらしい。
5時から勤務の慶は、すでに今日から年末休みに入ってるんだけど……今日は、前から俺が頭の片隅でずっと気にしてる歓迎会兼忘年会の日だ。
もう、集合時間に合わせて送って行ってるこの道中でも、正直、今からでもキャンセルして欲しいくらいに行かせたくない。
その理由は…他でも無い、あのリーダーの工藤という男。
多分……いや、きっと、慶の事を狙ってる。
俺のセンサーがそう言ってる。
酒なんか入ってさ……何かされんじゃねぇかって気が気じゃない。
「侑利くん、心配しすぎだって」
呑気に助手席で言う。
「俺の勘だけど……アイツ、お前の事気に入ってるって」
「そんな事ないと思うけど…」
「気に入ってもねぇのに、誕生日のプレゼントなんか渡すかよ」
「あれは、ケガのお詫びって言ってたよ」
「何回お詫びすんだよ」
俺の嫉妬癖が全開で出てるわ、今。
「今日はいつもと違うんだからな、酒が入るとマジで豹変する奴普通に居るから」
あんなガタイの良い奴に抑え込まれたら、お前なんか1ミリも動けねぇだろ。
「とにかく、アイツの事は警戒しといて」
慶は俺のこの強すぎるまでの束縛と嫉妬が、さほど嫌いではないみたいで……今も現に、ちょっとニヤついてる。
「お前、真面目に聞いてねぇだろ」
「聞いてるよ~、警戒しとくんでしょ?」
「…マジでだ」
「分かってる」
「お前自分が、」
言いかけて、ちょっと止めた。
「ん?何?」
「や、何でもねぇよ」
多分、こっぱずかしいし。
「何だよ~、気になるじゃん、俺が何?」
すんげぇ覗き込んで来る。
「自分が、超絶美人だって自覚もっと持て」
……言った。
……沈黙。
「恥ずかし…」
慶が赤い顔をしてボソッと言う。
「いやいや、恥ずいの俺だから」
今の言うの、結構な勇気要るぞ。
「…うん、でも、分かった。ちゃんと気をつける」
一次会はホテルのレストランを貸し切ってるらしい。その後二次会はホテルの近くの居酒屋に移動するって言ってた。
正直、二次会まで行く必要あるんですか、って感じだけど……まぁ、二次会まで出欠取ってたらしいから、上層部を除いたメンバーで居酒屋でワイワイみたいな感じになるんだろう。
三次会以降は行きたい奴だけだけど、二次会までは他の新人も参加にしてたらしく、自分だけ行かないってのも気が引けたと推測。
だから、今日は二次会上がりで迎えに行く事にしてる。
俺的には、その二次会の方が心配だ。
一次会は上層部も居るから大人しく飲んでた奴らが、二次会で一気にテンション上がんじゃねぇか、って。
BIRTHに来る客の中でも、二次会で来たって人は高確率でハイテンションだし…。
そんな中に慶が居るって思ったら、マジで尾行してってやろうかと思うくらい心配だ。
一旦会社に集合。
結構な人数になるから、ホテルのバスを予約してるらしい。
そこそこデカい会社だからな、慶のバイト先。
集合時間10分前に着いた。
会社の手前で車を停める。
車を降りて、ドアを閉める前に慶が振り返る。
「慶、」
「気をつける」
俺を遮るように慶が言った。
まぁ、こんだけ言われたら、降り際に念押ししなくても分かってんだろうけど…。
「じゃあ、気を付けて、楽しんで来な」
笑顔で頷きドアを閉めると、恥ずかし気もなくブンブン俺に手を振って来る。
ちょっと手を上げてそれに応えてから、また車を発進させた。
振ってた手を下ろして、奥に停まってるバスの方へ向かって歩いて行こうとしてる慶をルームミラーで確認した。
…まぁ…楽しんで来てくれる分には別に良い。
たまには、こんなのもあるだろうし。
……でも……俺の勘が当たる事になるとは………この時の俺はまだ知らねぇんだ。
「だから今、相当イライラしてんだな」
今日は天馬も休みだったから、晩飯に誘った。
1人で家で居たって、どうせイライラするだけなのは分かってたし。
天馬のマンション近くのファミレス。
注文した後に、やたら溜息を吐く俺に向かって天馬が言う。
「アイツの危機感の無さがダメだわ…」
「あはは、慶ちゃんね」
基本的にフワフワしてんだよ、アイツは。
「気に入られてるって言ったら、そんな事ないと思うけど~、とか言ってたし」
「あー…言いそう」
時計を見る度に、今頃何してんのか気になって仕方ない。
「まぁ、確かにさぁ…一次会より二次会のがヤだな」
「だよな」
「酒入った状態で行く事になるからなぁ」
「…そ」
「……侑利、大丈夫か?」
「…あんま大丈夫じゃねぇ」
脱力感満載の俺を見て、天馬は少し可笑しそうに笑う。
「俺も気になんのよ」
「あ?」
「奏太」
ん?
「どした?」
「んー、お客でさぁ、いつも1人で来てカウンターで飲んでる30くらいの人知らねぇ?」
少し、考える。
「……仕事帰りみたいな人?デカい封筒とか持ってる」
「あー、そうそう、その人」
よく鞄からどっかの社名書いた封筒が幾つも出てる人だ。
勝手に、営業職なんだろうなぁとか思ってる。
「その人がどしたの?」
「多分奏太を気に入ってる」
「え、そうなんだ」
そう言えば、カウンターで奏太と話してんの見た事あるわ。
「最近だけどさ、よく来んの。指名はしねぇけど、カウンターに奏太が居たら100パー話してる」
奏太は、可愛い系男子だ。
それは自他共に認めてて、女の子の友達も多いらしい。
人当たりが良くて話すのが好きだから、仕事に疲れたサラリーマンの心はきっと掴むだろうな…。
「今日みたいに、俺が休みで奏太が仕事って日は、割と俺もソワソワしてる」
一緒の職場だと、そんなのが多々あるからしんどいだろうな。
店員が、ハンバーグセットを2つ運んで来た。
「イライラって体力使うんだな。…何かすげぇ腹減ったわ」
「あはは、俺も腹減ってんの、消耗したからか」
はは、と笑い食べ始める。
とにかく、何かやってないと気が紛れねぇし。
* 工藤side *
今回の開催場所になってるホテルは、料理が人気ってだけあって、忘年会コースだけど割と豪華なのが出て来る。
ビュッフェスタイルなので、みんな好きな物を勝手に取りに行く、って感じ。
席は決まって無くて、各6人くらい座れるテーブル席に好きに座ってる。
まぁ、俺は……勿論、羽柴くんと同じテーブルにした訳だ。
出だしから上層部の挨拶が続いて、開始時間を過ぎる事15分、やっと食事が始まった。
俺の隣には真っ赤になった顔をパタパタと手で仰ぎながら「ふぅ」と大きく息を吐く羽柴くんが居る。
理由はついさっき、新人だけ前に集められて一言挨拶をさせられた。
羽柴くんは、途端に緊張の面持ちになってしまって、ただ一言「一生懸命頑張ります、宜しくお願いします」と震える声で言った。
近くの女子スタッフ達が緊張マックスの羽柴くんを見て小さく「可愛い~~」って言ったのは聞き逃さなかった。
「まだ緊張してるの?」
「……もう…ダメです…」
パタパタしてた手で顔を覆って答える。
…女子より可愛く見えるのは何でだ。
「お疲れ様。よく頑張ったよ」
「……ですよね」
両手を頬に当てたまま、隙間から俺を見て来るのが堪らない。
「よし、気分変えて何か食べもん取りに行こう」
「あ、はいっ」
気分を変える為にもそう言うと、慌てて立ち上がる。
いちいち、反応が可愛い。
いや、可愛く見える。
それもこれも全てはあの瞬間……俺が盛大に巻き込んだケガの一件……羽柴くんを押し倒した時に聞いたあの予想外の艶めいた「声」だ。
あれを聞いたがために……俺は一気に羽柴くんにハマってしまったんだ…。
そして、あの時、羽柴くんの首筋に残されてた……多分、キスマーク…。
妙に生々しくて……色っぽかった。
羽柴くんは、まさか俺にそれを見られてるとは思ってないだろうけど…。
羽柴くんが動くと、女子達が目で追ってるのが分かる。
そりゃ、そうだろうなぁ……きっと皆、羽柴くんと話したくて仕方ないんだろう。
物腰が柔らかくて直ぐに緊張して困ってる所が母性本能をくすぐる、って事務スタッフが言ってた。
助けてあげたくなる、…とか。
まぁ、それは全て俺にも当てはまる事で。
母性本能は無いけど、とにかく助けたいし面倒みたいし構いたいし……俺を見て欲しい。
彼氏が居る事は分かってる……だけど…彼氏の居ないこんな飲み会くらいは、少しでも長く隣に居たいって思ってしまう。
彼氏は俺の事をどう思っているだろうか。
ちょっとは気付いてるかもな……
「…どれ取ったら良いか迷います」
ふと見たら、隣で料理を前に困ってる羽柴くんが居た。
「あはは、そんな困んなくても。何回でも取りに来れるんだしさ」
「そうですけど…」
思って見れば羽柴くんの事、俺は何も知らない。
どんな料理が好きか、も。
悩みながら取って行ってる皿の上は肉料理が主。
ハンバーグ、唐揚げ、酢豚…みたいな。
まぁ、彼だってハタチそこそこの男子だし……そういうの好きだよな、普通。
適当に取ってテーブルに戻ると、待ち構えていたかのように女子達が近付いて来た。
「羽柴くんがどんなの食べるか興味ある~」
「ほんと。いつも休憩室でカフェオレ飲んでるのしか知らないし」
女子達に見られて、やっぱり困った顔をする。
「そんな見られたら誰だって食べ辛いって、ねぇ、羽柴くん」
「…は…はい」
正直、羽柴くんが一番心を開いてくれてるのは俺だ。
俺の前だと笑顔で話したり、ちょっとふざけた会話もする。
それが、何か、少し優越感って言うか……俺だけの特権のような気がしてる。
「じゃあ、二次会行く人だけこっち集まってね」
上層部が居て、何となくかしこまった感じの一次会が終わった。
正直、一次会は気が抜けない。上層部が居るから何となくみんな気が抜けなくて、それに、お酌しに走り回らないといけないし、ゆっくり出来る雰囲気はあんまり無いのが事実。
二次会は男女20人くらい。ホテルから歩いて行ける距離にある居酒屋の大部屋を予約してるらしい。事務スタッフが予約してくれたから、店までそのスタッフ達を先頭に皆付いて行く。
「今日、彼は仕事?」
最後尾で羽柴くんと歩いてた俺は、そう聞いてみた。
「いえ、休みなんで来る時会社まで送ってもらいました」
え、そうなんだ。
会社前まで来てたんだ…。
「じゃあ帰りは?」
「二次会終わって連絡したら迎えに来てくれます」
……なるほどね。
「優しいね、彼氏」
「え?…あ、はい…ふふ」
ふふ、とか笑っちゃってさ。
自分で話振っといて、何か惚気られて撃沈だよ…。
ちなみに……さっきからすれ違う人達がほぼ全員羽柴くんを見てる。
本人は多分気付いて無いけど……男も女もオッサンもマダムも。
顔は整い過ぎてるし、スタイルはモデル並だし…普通にしてるけどとにかく目立つんだ。
そんな羽柴くんを今俺が連れて歩いてる。
………彼はいつもこんな感じなんだな……いや、あの彼だってほんとに超イケメンだから、こんな風には思わないのかな…。
俺は……こんな事普段ないから、正直今は舞い上がるくらい嬉しいって思ってる。
「…ゎ、」
不意に羽柴くんが小さく言った。
後ろから来た別の団体が、追い抜く時に肩に当たったみたいで羽柴くんの体が少しグラついた。
俺は思わず……本当に思わず、羽柴くんの腕を掴み自分の方へ寄せて道を空けさせた。
「あ、すみません」
少し焦ったように羽柴くんが言う。
団体が追い抜いて行くのを少し歩く速さを抑えてやり過ごした。
「大丈夫?」
「はい、すみません」
「はは、すみません2回目だよ」
「あ…すみません…」
最後は尻すぼみみたいになった声が可笑しくて笑ってしまった。
「あ、」
まだ腕を掴んでた事に気付いて手を離す。
このまま…2人でどこかに飲みに行けたらな…などと考えてる自分にちょっとハッとした。
会社モードじゃない羽柴くんはやっぱりすごくキレイで、俺に一番懐いてるから俺の傍に付かず離れずでずっと居るのも、何か飼い主の周りに居る子犬みたいで可愛いって思ってしまう。
「あ、あそこだね、皆入ってる」
先頭の人らはもう店に入って行ってる。
俺らは最後尾で団体に抜かされたりしてたから、少し間が空いてた。
ふと見ると、羽柴くんは携帯を取り出して何かしてる。
きっと、彼に終わり時間の連絡などをしてるんだろう。
そうしろと言われてるのか、自発的にやってるのかは分からないけど、とにかく……それを見て、少し……ほんの少しだけ、俺の中の嫉妬心がざわついた。
彼が居る事は分かってる。
……けど…………俺は、羽柴くんが可愛くて仕方がない。
* 慶side *
『今、二次会の店に着いたとこ~。今から2時間くらいだよ』
侑利くんにメッセージ送信。
そのまま画面を見てたら、直ぐに既読になって返事が来た。
『大丈夫か?』
あはは、俺が送った内容と全く答え違うじゃん。
『何が?』
『襲われてねぇな?』
襲われてるのに終わり時間のやり取りしてたら呑気じゃんっ。
『大丈夫』
『なら良いけど…。気になって仕方ねぇ』
心配性な侑利くんに、今日は朝からずっと心配されてる…。
侑利くんが工藤さんの事、そう言う風に言うから……何かちょっと俺も、そんな感じに捉えちゃって……
『大丈夫だよ。侑利くん、心配しすぎだよ~』
一次会で隣に座ったのも、もしかしてほんとに俺の事気に入ってるから?とか思っちゃって……何か困るよ…。
でも、他の人とはほとんど喋った事ないし……だから、結局工藤さんの近くに居る訳だけど……
『早く顔見てぇ』
わ……
急に何かすごいの来た。
ちょっと……ニヤけちゃったじゃんっ!
『も~!終わったらすぐ連絡するからねっ』
前の人に続いて、工藤さんと俺も店に入る。
『おー。じゃ、後でな』
侑利くんからの返事を確認して、携帯を仕舞った。
この店の名前を言ったら侑利くんは知ってた。
駐車場が無いから、少し離れた所に停車するようになる、とは言ってたけど。
さっきのやり取りで……俺も早く会いたいな、とか思っちゃって……やっぱり侑利くんの事が大好きすぎんだなぁ、と再確認。
そもそも、こんなに心配されると思って無かったし…。
予約の大部屋は、居酒屋だけどすごくオシャレな部屋で、大きな長テーブルが真ん中にあって、その両側に座る感じ。
「じゃあ、ここからは上司抜きなんで、皆さん気楽に~」
事務スタッフさんが言った。
「いやいや、俺、居るし」
リーダーの工藤さんに、
「いや、俺だって居るけど」
工場長が続けて言うと笑いが起きて、何となく場がリラックスしてる感じの空気になった。
改めて乾杯をするから、って全員飲み物はお酒。
俺は…どうしようかと思ったけど…他の新人もみんな頼んでるし…アルコールの弱そうなピーチサワーを注文した。
これなら前に似たようなのを侑利くんと一緒に飲んだ事があるから、何となく味も想像出来るし。
「じゃあ、今年もお疲れ様でした、かんぱ~~~い」
「「「かんぱ~~~い」」」
乾杯の勢いで、一口飲んでみる。
……うん、いけなくは無いと思う。
「羽柴くん、お酒大丈夫?」
「ん~、あんまり大丈夫じゃないです」
普通に答えるけど……ここでもやっぱり工藤さんは俺の隣で……侑利くんの『工藤さんが俺を気に入ってる説』が頭から消えないよ…。
でもさ……気に入ってるって言ったって、普通に仕事教えて貰っただけだし、あのケガだって巻き添え的な感じになっちゃったから、それに対してお詫びするのは別に普通だよね……
気に入ってるって言うか……頼りない新人だから、気にかけてるだけじゃないのかなぁ……侑利くんは、俺の事好きすぎるからそういう風に見えるのかも知れないけど……
*工藤side*
俺ばっかり羽柴くんと話しててずるい、と言って間に割って入って来た女子社員達が両サイドを固めてて、羽柴くんが思いっきり困ってる。
質問して、羽柴くんが何か言う度「かわいい~」などと聞こえて来る。
羽柴くんは、困惑した表情で仕方なくお酒を飲んでやり過ごそうとしてて……でも、ピーチサワー飲んでる事をまた「かわいい」と言われてる。
時々俺の方をチラ見して来るのは、きっと助けを求めてんだろうな…。
その表情も可愛くて、もう少しそのままにしておこうかな、等と思ってたら……
「工藤さん、助けて下さい…」
そっちから言って来るとか、可愛すぎるよっ。
ほんとに、いちいち俺のテンションを上げてくれるよね…。
そんな羽柴くんに頼まれたら断れるはずもなく、
「はいはい、もう、質問攻め終わり終わりっ、羽柴くんが困ってるでしょっ」
業とらしくシッシ、と手を振って女子社員を退かせる。
女子達は「え~」とか「早い~」とか文句言ってるけど、そこはもう放置。
「…ちょっと工藤さんっ、遅いですっ」
ちょっと小声で怒られた。
「え、そう?」
とぼけてみる。
「めっちゃ質問されました…」
「あはは、そうだね」
「……疲れました」
「はは、お疲れ」
はぁ、と小さく息を吐く羽柴くんが可笑しくて笑ってしまう。
なんでこんなイケメンなのに、女子と…って言うか、人と話すの苦手なの。その顔だったら、話しかけられて嫌な人居ないよ、きっと。
「けっこう飲んだんじゃないの?それ」
ピーチサワーがもうほぼ無くなってる。
「…だって…もう、これ飲んでるしかなくて…」
「……ぷっ、」
何か、羽柴くんのちょっと面白い面が見れて、嬉しくて笑ってしまう。
「…笑わないで下さい」
今度は拗ねた……もう……ほんとに、俺を惹き付けるの上手いよね…。
俺は、単純な男だから……羽柴くんの表情1つでこんなに舞い上がってしまうんだよ。
「何か注文する?」
「あ、じゃあ、ウーロン茶で」
「…ははっ、了解」
また笑ってる、とか言ってるし……ほんと………恋人にしたいよ、俺だって。
ウーロン茶と自分のビールを追加する。
俺は……けっこう、飲んでる。
羽柴くんが隣にいると……何か、楽しくなってついつい飲んでしまう。
「羽柴くんって、工藤くんと仲良いよね~。何で?」
席移動で前に座った事務スタッフが聞いた。
「何で、って何だよ。仲良くちゃダメなの?」
「あはは、ダメじゃないけどさ~、工藤くんって結構厳しいので有名だしさ~」
「え…そうなんですか?」
羽柴くんが驚いたように言う。
「そうだよ~。今までは結構、鬼の工藤だったんだから。今回は優しいよね?」
「俺はいつも優しいよ」
「いやいや、明らかに違うでしょ。それってやっぱり羽柴くんが可愛いから?」
「ぶっ、…ゴホッ…!」
行き成りそんな展開になって思わず咽た。
「だ、…大丈夫ですか?」
羽柴くんが遠慮がちに背中を叩いてくれてる。
「ゴホッ、…ごめん、ありがと、大丈夫…って、ちょっと、何でそうなるんだよっ」
「え~、だって羽柴くんってさぁ、何か中性的だし、ぶっちゃけ同性から見ても可愛いって思うでしょ?」
…実に際どい質問だよ、それは。
俺には……どストライクですから。
羽柴くんは困ったような表情をして、俺をチラッと見る。
俺が何て言うかって…思ってんのかな…。
けっこう飲んだし、今なら酔っ払いの戯言だって思って貰えるかも知れないな…。
「確かに、可愛いと思ってるよ。だって、誰が見てもキレイ過ぎるでしょ、羽柴くんは」
酒の勢いもあって、そう言ってみた。
単純に…反応が見たかった。
羽柴くんは、何も言わずただ少し驚いた顔で数回パチパチと瞬きをして固まってる。
「えぇ~、じゃあさぁ、羽柴くんとなら付き合える?」
おいおい……好きだよね、女の人ってこういう話…。
なら、盛り上がるの覚悟で言ってやっても良いよ……酔っ払ってるって事で。
「断然、付き合える!」
俺の声がデカかったからか周りに居た女子達も、え~?とかキャーとか言って話に加わる。
「工藤くんがそう思ってても、羽柴くんがどう思ってるかだよ~。ねぇ、羽柴くん」
「えっ…」
案の定、フリーズしてる。
「羽柴くん、工藤くんラグビーバカだけど優しいよ~」
「え、でも、羽柴くん、こんだけイケメンなんだから彼女いるでしょっ」
「え、それはそれ、これはこれだよ~」
「何それ、工藤くん、キープ?」
女子トークが勝手に進んで行く。
羽柴くんは完全に困惑顔。
「羽柴くんは、工藤くんの事好き?」
……何聞いてんだよっ。
どういう意味だよっ。
「……………す、好きって言うか……優しいし…」
答えてるしっ。
真面目だからな、羽柴くんは……質問されたから答えないとって思ったんだろうな…。
「確かに、優しいのは認める」
「いやいや、さっき鬼って言ってたぞっ」
「仕事は鬼だけどさ~、普段は優しいじゃん、ギャップが良いんじゃない?ねぇ、羽柴くん」
まだ羽柴くんに聞いてるし…。
「……俺は……鬼って思った事は無いです…」
「それ、羽柴くんだからだよ」
「え、」
「羽柴くんだと、デレデレしてんだもん、工藤くん。もう、ほんとに付き合っちゃえば?」
………おいおいおいおい……
羽柴くんは、ずっと困り顔だし…。
「よく見てんね、俺の事」
「よく見てなくても分かるわよっ」
「まぁ、でも、羽柴くん前にしたら誰でもデレデレしちゃうよ~」
「そうだよね~、可愛いもんね~~」
女子トーク再び。
ふと見ると、羽柴くんの前のウーロン茶がまたすごい勢いで無くなって行ってて……それが可愛くてまた笑ってしまう。
慶を送る車の中。
今日は、慶の会社は仕事納め。
夕方5時で工場はストップ、で、また年明けは4日から稼働するらしい。
5時から勤務の慶は、すでに今日から年末休みに入ってるんだけど……今日は、前から俺が頭の片隅でずっと気にしてる歓迎会兼忘年会の日だ。
もう、集合時間に合わせて送って行ってるこの道中でも、正直、今からでもキャンセルして欲しいくらいに行かせたくない。
その理由は…他でも無い、あのリーダーの工藤という男。
多分……いや、きっと、慶の事を狙ってる。
俺のセンサーがそう言ってる。
酒なんか入ってさ……何かされんじゃねぇかって気が気じゃない。
「侑利くん、心配しすぎだって」
呑気に助手席で言う。
「俺の勘だけど……アイツ、お前の事気に入ってるって」
「そんな事ないと思うけど…」
「気に入ってもねぇのに、誕生日のプレゼントなんか渡すかよ」
「あれは、ケガのお詫びって言ってたよ」
「何回お詫びすんだよ」
俺の嫉妬癖が全開で出てるわ、今。
「今日はいつもと違うんだからな、酒が入るとマジで豹変する奴普通に居るから」
あんなガタイの良い奴に抑え込まれたら、お前なんか1ミリも動けねぇだろ。
「とにかく、アイツの事は警戒しといて」
慶は俺のこの強すぎるまでの束縛と嫉妬が、さほど嫌いではないみたいで……今も現に、ちょっとニヤついてる。
「お前、真面目に聞いてねぇだろ」
「聞いてるよ~、警戒しとくんでしょ?」
「…マジでだ」
「分かってる」
「お前自分が、」
言いかけて、ちょっと止めた。
「ん?何?」
「や、何でもねぇよ」
多分、こっぱずかしいし。
「何だよ~、気になるじゃん、俺が何?」
すんげぇ覗き込んで来る。
「自分が、超絶美人だって自覚もっと持て」
……言った。
……沈黙。
「恥ずかし…」
慶が赤い顔をしてボソッと言う。
「いやいや、恥ずいの俺だから」
今の言うの、結構な勇気要るぞ。
「…うん、でも、分かった。ちゃんと気をつける」
一次会はホテルのレストランを貸し切ってるらしい。その後二次会はホテルの近くの居酒屋に移動するって言ってた。
正直、二次会まで行く必要あるんですか、って感じだけど……まぁ、二次会まで出欠取ってたらしいから、上層部を除いたメンバーで居酒屋でワイワイみたいな感じになるんだろう。
三次会以降は行きたい奴だけだけど、二次会までは他の新人も参加にしてたらしく、自分だけ行かないってのも気が引けたと推測。
だから、今日は二次会上がりで迎えに行く事にしてる。
俺的には、その二次会の方が心配だ。
一次会は上層部も居るから大人しく飲んでた奴らが、二次会で一気にテンション上がんじゃねぇか、って。
BIRTHに来る客の中でも、二次会で来たって人は高確率でハイテンションだし…。
そんな中に慶が居るって思ったら、マジで尾行してってやろうかと思うくらい心配だ。
一旦会社に集合。
結構な人数になるから、ホテルのバスを予約してるらしい。
そこそこデカい会社だからな、慶のバイト先。
集合時間10分前に着いた。
会社の手前で車を停める。
車を降りて、ドアを閉める前に慶が振り返る。
「慶、」
「気をつける」
俺を遮るように慶が言った。
まぁ、こんだけ言われたら、降り際に念押ししなくても分かってんだろうけど…。
「じゃあ、気を付けて、楽しんで来な」
笑顔で頷きドアを閉めると、恥ずかし気もなくブンブン俺に手を振って来る。
ちょっと手を上げてそれに応えてから、また車を発進させた。
振ってた手を下ろして、奥に停まってるバスの方へ向かって歩いて行こうとしてる慶をルームミラーで確認した。
…まぁ…楽しんで来てくれる分には別に良い。
たまには、こんなのもあるだろうし。
……でも……俺の勘が当たる事になるとは………この時の俺はまだ知らねぇんだ。
「だから今、相当イライラしてんだな」
今日は天馬も休みだったから、晩飯に誘った。
1人で家で居たって、どうせイライラするだけなのは分かってたし。
天馬のマンション近くのファミレス。
注文した後に、やたら溜息を吐く俺に向かって天馬が言う。
「アイツの危機感の無さがダメだわ…」
「あはは、慶ちゃんね」
基本的にフワフワしてんだよ、アイツは。
「気に入られてるって言ったら、そんな事ないと思うけど~、とか言ってたし」
「あー…言いそう」
時計を見る度に、今頃何してんのか気になって仕方ない。
「まぁ、確かにさぁ…一次会より二次会のがヤだな」
「だよな」
「酒入った状態で行く事になるからなぁ」
「…そ」
「……侑利、大丈夫か?」
「…あんま大丈夫じゃねぇ」
脱力感満載の俺を見て、天馬は少し可笑しそうに笑う。
「俺も気になんのよ」
「あ?」
「奏太」
ん?
「どした?」
「んー、お客でさぁ、いつも1人で来てカウンターで飲んでる30くらいの人知らねぇ?」
少し、考える。
「……仕事帰りみたいな人?デカい封筒とか持ってる」
「あー、そうそう、その人」
よく鞄からどっかの社名書いた封筒が幾つも出てる人だ。
勝手に、営業職なんだろうなぁとか思ってる。
「その人がどしたの?」
「多分奏太を気に入ってる」
「え、そうなんだ」
そう言えば、カウンターで奏太と話してんの見た事あるわ。
「最近だけどさ、よく来んの。指名はしねぇけど、カウンターに奏太が居たら100パー話してる」
奏太は、可愛い系男子だ。
それは自他共に認めてて、女の子の友達も多いらしい。
人当たりが良くて話すのが好きだから、仕事に疲れたサラリーマンの心はきっと掴むだろうな…。
「今日みたいに、俺が休みで奏太が仕事って日は、割と俺もソワソワしてる」
一緒の職場だと、そんなのが多々あるからしんどいだろうな。
店員が、ハンバーグセットを2つ運んで来た。
「イライラって体力使うんだな。…何かすげぇ腹減ったわ」
「あはは、俺も腹減ってんの、消耗したからか」
はは、と笑い食べ始める。
とにかく、何かやってないと気が紛れねぇし。
* 工藤side *
今回の開催場所になってるホテルは、料理が人気ってだけあって、忘年会コースだけど割と豪華なのが出て来る。
ビュッフェスタイルなので、みんな好きな物を勝手に取りに行く、って感じ。
席は決まって無くて、各6人くらい座れるテーブル席に好きに座ってる。
まぁ、俺は……勿論、羽柴くんと同じテーブルにした訳だ。
出だしから上層部の挨拶が続いて、開始時間を過ぎる事15分、やっと食事が始まった。
俺の隣には真っ赤になった顔をパタパタと手で仰ぎながら「ふぅ」と大きく息を吐く羽柴くんが居る。
理由はついさっき、新人だけ前に集められて一言挨拶をさせられた。
羽柴くんは、途端に緊張の面持ちになってしまって、ただ一言「一生懸命頑張ります、宜しくお願いします」と震える声で言った。
近くの女子スタッフ達が緊張マックスの羽柴くんを見て小さく「可愛い~~」って言ったのは聞き逃さなかった。
「まだ緊張してるの?」
「……もう…ダメです…」
パタパタしてた手で顔を覆って答える。
…女子より可愛く見えるのは何でだ。
「お疲れ様。よく頑張ったよ」
「……ですよね」
両手を頬に当てたまま、隙間から俺を見て来るのが堪らない。
「よし、気分変えて何か食べもん取りに行こう」
「あ、はいっ」
気分を変える為にもそう言うと、慌てて立ち上がる。
いちいち、反応が可愛い。
いや、可愛く見える。
それもこれも全てはあの瞬間……俺が盛大に巻き込んだケガの一件……羽柴くんを押し倒した時に聞いたあの予想外の艶めいた「声」だ。
あれを聞いたがために……俺は一気に羽柴くんにハマってしまったんだ…。
そして、あの時、羽柴くんの首筋に残されてた……多分、キスマーク…。
妙に生々しくて……色っぽかった。
羽柴くんは、まさか俺にそれを見られてるとは思ってないだろうけど…。
羽柴くんが動くと、女子達が目で追ってるのが分かる。
そりゃ、そうだろうなぁ……きっと皆、羽柴くんと話したくて仕方ないんだろう。
物腰が柔らかくて直ぐに緊張して困ってる所が母性本能をくすぐる、って事務スタッフが言ってた。
助けてあげたくなる、…とか。
まぁ、それは全て俺にも当てはまる事で。
母性本能は無いけど、とにかく助けたいし面倒みたいし構いたいし……俺を見て欲しい。
彼氏が居る事は分かってる……だけど…彼氏の居ないこんな飲み会くらいは、少しでも長く隣に居たいって思ってしまう。
彼氏は俺の事をどう思っているだろうか。
ちょっとは気付いてるかもな……
「…どれ取ったら良いか迷います」
ふと見たら、隣で料理を前に困ってる羽柴くんが居た。
「あはは、そんな困んなくても。何回でも取りに来れるんだしさ」
「そうですけど…」
思って見れば羽柴くんの事、俺は何も知らない。
どんな料理が好きか、も。
悩みながら取って行ってる皿の上は肉料理が主。
ハンバーグ、唐揚げ、酢豚…みたいな。
まぁ、彼だってハタチそこそこの男子だし……そういうの好きだよな、普通。
適当に取ってテーブルに戻ると、待ち構えていたかのように女子達が近付いて来た。
「羽柴くんがどんなの食べるか興味ある~」
「ほんと。いつも休憩室でカフェオレ飲んでるのしか知らないし」
女子達に見られて、やっぱり困った顔をする。
「そんな見られたら誰だって食べ辛いって、ねぇ、羽柴くん」
「…は…はい」
正直、羽柴くんが一番心を開いてくれてるのは俺だ。
俺の前だと笑顔で話したり、ちょっとふざけた会話もする。
それが、何か、少し優越感って言うか……俺だけの特権のような気がしてる。
「じゃあ、二次会行く人だけこっち集まってね」
上層部が居て、何となくかしこまった感じの一次会が終わった。
正直、一次会は気が抜けない。上層部が居るから何となくみんな気が抜けなくて、それに、お酌しに走り回らないといけないし、ゆっくり出来る雰囲気はあんまり無いのが事実。
二次会は男女20人くらい。ホテルから歩いて行ける距離にある居酒屋の大部屋を予約してるらしい。事務スタッフが予約してくれたから、店までそのスタッフ達を先頭に皆付いて行く。
「今日、彼は仕事?」
最後尾で羽柴くんと歩いてた俺は、そう聞いてみた。
「いえ、休みなんで来る時会社まで送ってもらいました」
え、そうなんだ。
会社前まで来てたんだ…。
「じゃあ帰りは?」
「二次会終わって連絡したら迎えに来てくれます」
……なるほどね。
「優しいね、彼氏」
「え?…あ、はい…ふふ」
ふふ、とか笑っちゃってさ。
自分で話振っといて、何か惚気られて撃沈だよ…。
ちなみに……さっきからすれ違う人達がほぼ全員羽柴くんを見てる。
本人は多分気付いて無いけど……男も女もオッサンもマダムも。
顔は整い過ぎてるし、スタイルはモデル並だし…普通にしてるけどとにかく目立つんだ。
そんな羽柴くんを今俺が連れて歩いてる。
………彼はいつもこんな感じなんだな……いや、あの彼だってほんとに超イケメンだから、こんな風には思わないのかな…。
俺は……こんな事普段ないから、正直今は舞い上がるくらい嬉しいって思ってる。
「…ゎ、」
不意に羽柴くんが小さく言った。
後ろから来た別の団体が、追い抜く時に肩に当たったみたいで羽柴くんの体が少しグラついた。
俺は思わず……本当に思わず、羽柴くんの腕を掴み自分の方へ寄せて道を空けさせた。
「あ、すみません」
少し焦ったように羽柴くんが言う。
団体が追い抜いて行くのを少し歩く速さを抑えてやり過ごした。
「大丈夫?」
「はい、すみません」
「はは、すみません2回目だよ」
「あ…すみません…」
最後は尻すぼみみたいになった声が可笑しくて笑ってしまった。
「あ、」
まだ腕を掴んでた事に気付いて手を離す。
このまま…2人でどこかに飲みに行けたらな…などと考えてる自分にちょっとハッとした。
会社モードじゃない羽柴くんはやっぱりすごくキレイで、俺に一番懐いてるから俺の傍に付かず離れずでずっと居るのも、何か飼い主の周りに居る子犬みたいで可愛いって思ってしまう。
「あ、あそこだね、皆入ってる」
先頭の人らはもう店に入って行ってる。
俺らは最後尾で団体に抜かされたりしてたから、少し間が空いてた。
ふと見ると、羽柴くんは携帯を取り出して何かしてる。
きっと、彼に終わり時間の連絡などをしてるんだろう。
そうしろと言われてるのか、自発的にやってるのかは分からないけど、とにかく……それを見て、少し……ほんの少しだけ、俺の中の嫉妬心がざわついた。
彼が居る事は分かってる。
……けど…………俺は、羽柴くんが可愛くて仕方がない。
* 慶side *
『今、二次会の店に着いたとこ~。今から2時間くらいだよ』
侑利くんにメッセージ送信。
そのまま画面を見てたら、直ぐに既読になって返事が来た。
『大丈夫か?』
あはは、俺が送った内容と全く答え違うじゃん。
『何が?』
『襲われてねぇな?』
襲われてるのに終わり時間のやり取りしてたら呑気じゃんっ。
『大丈夫』
『なら良いけど…。気になって仕方ねぇ』
心配性な侑利くんに、今日は朝からずっと心配されてる…。
侑利くんが工藤さんの事、そう言う風に言うから……何かちょっと俺も、そんな感じに捉えちゃって……
『大丈夫だよ。侑利くん、心配しすぎだよ~』
一次会で隣に座ったのも、もしかしてほんとに俺の事気に入ってるから?とか思っちゃって……何か困るよ…。
でも、他の人とはほとんど喋った事ないし……だから、結局工藤さんの近くに居る訳だけど……
『早く顔見てぇ』
わ……
急に何かすごいの来た。
ちょっと……ニヤけちゃったじゃんっ!
『も~!終わったらすぐ連絡するからねっ』
前の人に続いて、工藤さんと俺も店に入る。
『おー。じゃ、後でな』
侑利くんからの返事を確認して、携帯を仕舞った。
この店の名前を言ったら侑利くんは知ってた。
駐車場が無いから、少し離れた所に停車するようになる、とは言ってたけど。
さっきのやり取りで……俺も早く会いたいな、とか思っちゃって……やっぱり侑利くんの事が大好きすぎんだなぁ、と再確認。
そもそも、こんなに心配されると思って無かったし…。
予約の大部屋は、居酒屋だけどすごくオシャレな部屋で、大きな長テーブルが真ん中にあって、その両側に座る感じ。
「じゃあ、ここからは上司抜きなんで、皆さん気楽に~」
事務スタッフさんが言った。
「いやいや、俺、居るし」
リーダーの工藤さんに、
「いや、俺だって居るけど」
工場長が続けて言うと笑いが起きて、何となく場がリラックスしてる感じの空気になった。
改めて乾杯をするから、って全員飲み物はお酒。
俺は…どうしようかと思ったけど…他の新人もみんな頼んでるし…アルコールの弱そうなピーチサワーを注文した。
これなら前に似たようなのを侑利くんと一緒に飲んだ事があるから、何となく味も想像出来るし。
「じゃあ、今年もお疲れ様でした、かんぱ~~~い」
「「「かんぱ~~~い」」」
乾杯の勢いで、一口飲んでみる。
……うん、いけなくは無いと思う。
「羽柴くん、お酒大丈夫?」
「ん~、あんまり大丈夫じゃないです」
普通に答えるけど……ここでもやっぱり工藤さんは俺の隣で……侑利くんの『工藤さんが俺を気に入ってる説』が頭から消えないよ…。
でもさ……気に入ってるって言ったって、普通に仕事教えて貰っただけだし、あのケガだって巻き添え的な感じになっちゃったから、それに対してお詫びするのは別に普通だよね……
気に入ってるって言うか……頼りない新人だから、気にかけてるだけじゃないのかなぁ……侑利くんは、俺の事好きすぎるからそういう風に見えるのかも知れないけど……
*工藤side*
俺ばっかり羽柴くんと話しててずるい、と言って間に割って入って来た女子社員達が両サイドを固めてて、羽柴くんが思いっきり困ってる。
質問して、羽柴くんが何か言う度「かわいい~」などと聞こえて来る。
羽柴くんは、困惑した表情で仕方なくお酒を飲んでやり過ごそうとしてて……でも、ピーチサワー飲んでる事をまた「かわいい」と言われてる。
時々俺の方をチラ見して来るのは、きっと助けを求めてんだろうな…。
その表情も可愛くて、もう少しそのままにしておこうかな、等と思ってたら……
「工藤さん、助けて下さい…」
そっちから言って来るとか、可愛すぎるよっ。
ほんとに、いちいち俺のテンションを上げてくれるよね…。
そんな羽柴くんに頼まれたら断れるはずもなく、
「はいはい、もう、質問攻め終わり終わりっ、羽柴くんが困ってるでしょっ」
業とらしくシッシ、と手を振って女子社員を退かせる。
女子達は「え~」とか「早い~」とか文句言ってるけど、そこはもう放置。
「…ちょっと工藤さんっ、遅いですっ」
ちょっと小声で怒られた。
「え、そう?」
とぼけてみる。
「めっちゃ質問されました…」
「あはは、そうだね」
「……疲れました」
「はは、お疲れ」
はぁ、と小さく息を吐く羽柴くんが可笑しくて笑ってしまう。
なんでこんなイケメンなのに、女子と…って言うか、人と話すの苦手なの。その顔だったら、話しかけられて嫌な人居ないよ、きっと。
「けっこう飲んだんじゃないの?それ」
ピーチサワーがもうほぼ無くなってる。
「…だって…もう、これ飲んでるしかなくて…」
「……ぷっ、」
何か、羽柴くんのちょっと面白い面が見れて、嬉しくて笑ってしまう。
「…笑わないで下さい」
今度は拗ねた……もう……ほんとに、俺を惹き付けるの上手いよね…。
俺は、単純な男だから……羽柴くんの表情1つでこんなに舞い上がってしまうんだよ。
「何か注文する?」
「あ、じゃあ、ウーロン茶で」
「…ははっ、了解」
また笑ってる、とか言ってるし……ほんと………恋人にしたいよ、俺だって。
ウーロン茶と自分のビールを追加する。
俺は……けっこう、飲んでる。
羽柴くんが隣にいると……何か、楽しくなってついつい飲んでしまう。
「羽柴くんって、工藤くんと仲良いよね~。何で?」
席移動で前に座った事務スタッフが聞いた。
「何で、って何だよ。仲良くちゃダメなの?」
「あはは、ダメじゃないけどさ~、工藤くんって結構厳しいので有名だしさ~」
「え…そうなんですか?」
羽柴くんが驚いたように言う。
「そうだよ~。今までは結構、鬼の工藤だったんだから。今回は優しいよね?」
「俺はいつも優しいよ」
「いやいや、明らかに違うでしょ。それってやっぱり羽柴くんが可愛いから?」
「ぶっ、…ゴホッ…!」
行き成りそんな展開になって思わず咽た。
「だ、…大丈夫ですか?」
羽柴くんが遠慮がちに背中を叩いてくれてる。
「ゴホッ、…ごめん、ありがと、大丈夫…って、ちょっと、何でそうなるんだよっ」
「え~、だって羽柴くんってさぁ、何か中性的だし、ぶっちゃけ同性から見ても可愛いって思うでしょ?」
…実に際どい質問だよ、それは。
俺には……どストライクですから。
羽柴くんは困ったような表情をして、俺をチラッと見る。
俺が何て言うかって…思ってんのかな…。
けっこう飲んだし、今なら酔っ払いの戯言だって思って貰えるかも知れないな…。
「確かに、可愛いと思ってるよ。だって、誰が見てもキレイ過ぎるでしょ、羽柴くんは」
酒の勢いもあって、そう言ってみた。
単純に…反応が見たかった。
羽柴くんは、何も言わずただ少し驚いた顔で数回パチパチと瞬きをして固まってる。
「えぇ~、じゃあさぁ、羽柴くんとなら付き合える?」
おいおい……好きだよね、女の人ってこういう話…。
なら、盛り上がるの覚悟で言ってやっても良いよ……酔っ払ってるって事で。
「断然、付き合える!」
俺の声がデカかったからか周りに居た女子達も、え~?とかキャーとか言って話に加わる。
「工藤くんがそう思ってても、羽柴くんがどう思ってるかだよ~。ねぇ、羽柴くん」
「えっ…」
案の定、フリーズしてる。
「羽柴くん、工藤くんラグビーバカだけど優しいよ~」
「え、でも、羽柴くん、こんだけイケメンなんだから彼女いるでしょっ」
「え、それはそれ、これはこれだよ~」
「何それ、工藤くん、キープ?」
女子トークが勝手に進んで行く。
羽柴くんは完全に困惑顔。
「羽柴くんは、工藤くんの事好き?」
……何聞いてんだよっ。
どういう意味だよっ。
「……………す、好きって言うか……優しいし…」
答えてるしっ。
真面目だからな、羽柴くんは……質問されたから答えないとって思ったんだろうな…。
「確かに、優しいのは認める」
「いやいや、さっき鬼って言ってたぞっ」
「仕事は鬼だけどさ~、普段は優しいじゃん、ギャップが良いんじゃない?ねぇ、羽柴くん」
まだ羽柴くんに聞いてるし…。
「……俺は……鬼って思った事は無いです…」
「それ、羽柴くんだからだよ」
「え、」
「羽柴くんだと、デレデレしてんだもん、工藤くん。もう、ほんとに付き合っちゃえば?」
………おいおいおいおい……
羽柴くんは、ずっと困り顔だし…。
「よく見てんね、俺の事」
「よく見てなくても分かるわよっ」
「まぁ、でも、羽柴くん前にしたら誰でもデレデレしちゃうよ~」
「そうだよね~、可愛いもんね~~」
女子トーク再び。
ふと見ると、羽柴くんの前のウーロン茶がまたすごい勢いで無くなって行ってて……それが可愛くてまた笑ってしまう。
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