laugh~笑っていて欲しいんだ、ずっと~

seaco

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「た、助けて…」

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*慶side*

バイトが終わって、帰ってるとこ。

マンションまでは、寄り道をしないで一生懸命歩くとだいたい40分。

いつも侑利くんに「働いた後に40分も歩こうって気によくなるね」って言われるけど………俺は、昔から基本的に移動は徒歩だ。

電車も仕方ない時は乗るけど、今までの生活やバイト先は電車を使わなくても行けるとこだった。

とにかく、少しくらい遠くても歩いてた俺には、40分のこの距離もそんなに苦じゃない。
運動にもなるし。




だけど…

少しだけ気になるのは、バイト先から大通りに出るまでの道が人通りがほとんど無いって事。
街灯はあるんだけど、間隔が少し開いてるから次の街灯までの道はずっと薄暗い感じになってて……ちょっと嫌な感じ…。

大通りまでは10分もかからず出れるんだけど……この道だけがちょっと苦手…。

今日も……見る限り俺以外に人は歩いてなくて、遠く視線の先の方に明るい大通りが見える。

昼間はそれなりに人通りもある。
出勤する頃は、この今の雰囲気とは比べ物にならないくらい人が居て、怖いとか感じる事は無い……

道沿いには公園もある。

侑利くんのマンション近くの公園と同じぐらいか少し小さいかな…。
夜はいつも、誰も利用しなさそうなトイレの灯りがすごく眩しく感じる。

改めて考えてると余計薄暗さが怖くなって来たから、それを拭う為に鞄から携帯を取り出し、侑利くんにメッセージを送る。

『終わったよ~。今帰ってるとこ』

送信。

侑利くんの事を考えてると、バカみたいにテンションが上がる俺は、こうやってメッセージを送信しただけでちょっと怖さが和らぐ。

そりゃ、単純だって侑利くんに言われるハズだよ……

この時間、侑利くんは休憩に入ってる事が多いから、割とすぐに既読になる。
休憩中はだいたい店の賄いを食べてる、とか言ってたから、今頃何か食べてるかも……とか考えてたら……






それは、行き成りだった。


ほんとに、行き成り、後ろから誰か来た。

振り返る間も無くて、その人に後ろからヘッドロックのような形で肩を組まれ、大きな手で口を押えられた。


ここまで、ほんの2~3秒……


突然の事で、声の1つも出なかった。
何が起こったのか分からな過ぎて……

無言だけど……この力の強さと手の大きさで男だって解かる。
多分……中年の……ガタイの良い感じ…。

簡単に羽交い絞めにされ、そのまま公園のトイレまで引きずるように連れて行かれた。





……どうしよう………怖い…。



男子トイレの個室に押し込まれる。
冷たいコンクリートの壁面に押し付けられた顔が痛い…。


「…ちょ、…誰だよっ、」


口を押えてる男の手を無理矢理剥がした隙に、少し声が出せた。


「君、可愛いね…女の子みたいだけど男でしょ?」


耳元で聞こえた男の声がダイレクトに頭に響いて、背中に寒気が走る。
顔は見えず、また直ぐに口を押えられた。

このまま何もしなかったら、どんな事をされるかはバカな俺にでも分かる。

足で男を蹴ろうとしてみるも、思いっ切り壁に押し付けられてるから体勢も変えられない。
何かで鍛えてるのかすごく力が強くて、もう片方で強く握られて押し付けられてる手首が、折れそうに痛かった。


「興味あるんだ、君みたいな可愛い男の子に。遠くからでも可愛いと思ったけど……近くで見ると最高だね」


気持ち悪いっ……
嫌だっ……

背後から聞こえる男の声に、気持ち悪さと恐怖で足が震えてるのが分かる。

「……やっ、…」

止めろ、と言おうとしても声が出せない。

握りしめていた携帯が少し振動した。
きっと侑利くんが、さっきの返事を送ってくれたんだ……

どうにか電話出来たら……

……侑利くんなら直ぐに……来てくれるのに……


不意に、男の手が俺の上着の首元から中へ入って来た。


ほんとに無理だ……もう限界………


もう、これ以上出せないってぐらいの力で壁に手と足を突っ張って、男の体を押し返す。
男も更に力をかけて押し付けて来たけど、とにかく暴れまくって男の手を振り解いた。

一瞬だけ男がヨロけた隙に、その体を突き飛ばし個室から飛び出した。


ガシャン……


その拍子に……携帯が地面に落ちた。
直ぐに拾おうとしたけど、男が凄い勢いで飛び出して来たから、怖くて思わず逃げた。



足がもつれそうだ……

膝は震えてるし……上手く走れない……


振り返ると……すぐ後ろに男が追いかけて来てて………これで捕まったら……もう侑利くんに会えないかも知れないって……本気で思えた。


絶対……捕まったらダメだ……




逃げろ……




走れ………走れっ!!














大通りまで…必死で走った。

明るい大通りに入った時に、もう一度振り返ると……男はもう居なかった。


だけど、俺はそのまま走った。
怖くて……体が言う事を聞かない。

直ぐには止まれない……


怖い……怖い………






* 三上尚人 side *

「遅くまで付き合ってもらってありがとうございます」

店は8時で閉まってたんだけど、それからカットの練習に店長が付き合ってくれた。
店長は、俺を可愛がってくれてるから、細かい所まで親身になって教えてくれる。

今日だって、2時間みっちり指導してくれた。

初めて働かせてもらってる店だから、俺にとっては未経験の事だらけで、一応そういう勉強はして来たものの、やっぱり店長してるような人の技術は見てるだけじゃ全く学べなくて、店が閉まった後にこうやって直に教えて貰う事がほんと大事だなって思う。

俺は、幸い、すごく良い人達の所で働けてるから、これを活かして立派な美容師にならないと……先輩達の恩を仇で返す事になる…。

「全然。明日休みだしな。飯でも行くか?奢るわ」
「えっ、良いんですかっ?」

店に鍵をかけて、シャッターを下ろそうとした所で、何となく見た先に………


「え…羽柴さん?」
「え?」

呟いた俺につられるように、店長もそっちを見る。

すんごい勢いで走って来てる人が居て………それが紛れもなく羽柴さんだと確信出来たと同時。

「ぉわっ!!」

勢いを落とす事なく、そのまま俺に突っ込む形で飛び付いて来た。
とにかくその体を受け止める。

確かに、羽柴さんだけど………

俺も店長も突然の事で訳が分からない…。

「えっ?は、羽柴さん?」
「た、助けて…」

え………何だ……?

そう言った羽柴さんの目から、一気に涙が零れ落ちた。

俺も店長も……正直びっくりし過ぎてちょっとパニクってるけど……とにかく、何か助けを求めるような事があったんだ。

「と、とにかく中入ろうか」

店長が今閉めた鍵をもう一度開ける。
俺は、羽柴さんを連れて店内へ入った。

羽柴さんは頻りに外を気にしてる。

とにかく……待合のソファに羽柴さんを座らせた。
どさくさに紛れてずっと羽柴さんを抱きしめてたけど………細い体はずっと震えてた。


俺も店長も近くに座る。

「……どしたの?何があったの?」

店長が羽柴さんの顔を覗き込んで聞いた。




羽柴さんが話した内容は、衝撃的だった。

後ろから行き成り男に羽交い絞めにされて、公衆トイレに押し込まれ体を触られそうになって、逃げたら追いかけられた……って……

羽柴さんだから、そんな事されたんだ。
男なのに、こんなにキレイだから……

俺は一生経験する事ないんだろな……とか、思ってみたり……

「……何だそのおっさん。…捕まえて警察突き出してやりてぇな…」

店長は純粋に羽柴さんのファンだから……声も顔も笑って無い。

「…ほんとですね……羽柴さん…ケガとかしてないですか?」
「…はい」

小さい声で返事したけど……俺は気になってる。
ずっと右の手首を触ってるから…

「…手首……」
「え…」
「ごめんなさい、ちょっと失礼します」

そう言って、羽柴さんの右手を取り少し袖口を上げる。

袖口から現れた細い手首には、強い力で掴まれてたと分かるような手の痕が付いていた。
羽柴さんは、ハッとしたように直ぐに手を引っ込めると袖を引っ張って手首を隠した。

「そいつ、知らない奴ですか?」
「…あんまり……顔が見れなくて…」
「声は?」
「……多分……知らない人です」

通りすがりの変質者の犯行か……
とにかく、俺達の羽柴さんを、こんな風に傷付けた男が許せない。

「……携帯……落としちゃって……」
「え…どこに?」
「……その…トイレのところ……」

それは、困ったな…。

「取りに行かないとな」

店長の言う通り。
その男に拾われてたら大変だし、その男じゃなくても他の誰かが拾って悪用する可能性だって多いにある。

「羽柴さん、一緒に行きましょう。俺ら付いてくんで、大丈夫」
「………すみません」

申し訳無さそうに小さな声で言う。
ほんとに、こんな時まで腰が低いって言うか……







店長の車に乗り込んで、現場へ向かう。

店からは、けっこう近かった。
ただ、大通りとは全く違って、ほんとに薄暗い。

こんな中でそんな事されたら、俺だって腰抜かすぐらいビビるわ…。

「ここかな?」

店長が公園の前に車を停車させた。

「…はい」

羽柴さんが少し身構えたのが分かった。
ついさっきここで……知らないおっさんに酷い事されたんだもんな……。

「皆で行こっか」

俺と店長で羽柴さんを挟む形でトイレの方へ歩く。
不謹慎かも知れないけど……恐怖からか、車降りてから俺の服の肘の辺りを少し掴んでるのが、悶絶レベルで可愛いんだけど……。

チラッと見ると、店長の服も掴んでて……きっと、店長も同じ事考えてんだろうなって分かる。

羽柴さんは、周囲を見回してるけど……大丈夫。
今ここでおっさんが出て来たら、俺らが捕まえてやるからねっ。

「ぁ、」

羽柴さんが、トイレ前に落ちてる自分の携帯を見付けた。

良かった……
拾われて無かった…。

下向きに落ちてる携帯が、着信を告げている。

拾い上げると画面にはヒビが入ってて……薄暗い中では明るすぎる着信画面には『侑利くん』と言う相手の名前が表示されてた。






*侑利side*

………何なんだよ……おい。

『終わったよ~。今帰ってるとこ』…の、後が無ぇじゃねぇかっ。

メッセージ何回送信しても既読にもならねぇ……
電話かけたって出ねぇし……

何やってんだ、バカ。

……俺に『心配性』って性格が1つプラスされたわ。

そろそろ休憩終わろうかと思ってるとこだけど……最後にもう1回だけ電話してみる。


RRRRR…RRRRR…RRRRR…RRRRR…RRRRR…RRR、

出たっ。

『…侑利くん』
「お前っ、侑利くんじゃねぇんだよっ、何してんだよ、電話しても出ねぇし、」
『……っ、…ぅ、…』

え…?

「慶?」
『……ぅう…、っ…』

えぇ?
何だよ…

「何だよ、どした?何泣いてんの?」
『……っ、……う…』
『…俺、代わりに話しましょうか?』

ん?
誰だ。

……知らない奴の声が聞こえて……俺も「?」だわ…。

『あの、もしもし』
「えっ、」

知らねぇ奴出て来たしっ。

『あの、えっと、すみません、勝手に』
「え、あの…」

俺も戸惑うしかねぇわ。

『俺、リベルテというヘアサロンの者です。えっと、羽柴さんはお客さんで…』

……あ~……前に信号待ちしてた時、慶に声かけて来たアイツだな…。

「あ…この前の…美容師…見習いの」

断片的に覚えてる所だけを言った。

『あっ!この前、運転されてた方ですか?』
「あぁ、はい」
『すみません、俺、三上って言います』
「あ、久我です」

………いやいや、それよりも、今の状況を早く説明してくれ。







一瞬、真っ白になった。

慶が変質者に襲われたって言うから……
変な汗出てるし…。

とにかく、慶を迎えに行かないと……

店で待たせてくれるみたいだから、そこまで行くと言った。
桐ケ谷さんに無理を言う事になるけど、少し抜けさせて貰おう…。

慶は、俺の電話に出てからずっと泣いてて、話そうと思っても泣いてしまって全く会話にならない。
とにかく、一方的に「行くから待っとけ」と告げて電話を切った。




休憩室を出て、カウンターの桐ケ谷さんを裏へ呼ぶ。
そんな事した事ないから、桐ケ谷さんも何かあったって察してる。

「どした?」

少し心配そうに桐ケ谷さんが言う。

「あの…すみません」
「うん、」
「あの、俺……付き合ってる奴が居るんですけど、」
「え?」

桐ケ谷さんが、驚いた顔で言う。
そんな奴居たの?ってのと、それ今言うの?っていう感情が半々だろうな、きっと…。

「真面目に付き合ってんの?」

桐ケ谷さんから聞かれた。

「真面目です」
「…あぁ、そっか、なら良いじゃん」
「…あの…先に言っておきますけど…男です」
「え……」

桐ケ谷さんが固まってる。

「男?」
「はい」
「お前が?」
「…はい」
「女遊びめっちゃしてたお前が?」
「……言い方」
「あはは、いやいや、ちょっとびっくりだわ」
「…すみません」
「何で謝んだよ。真面目に付き合ってんでしょ?」
「はい、真面目です」
「じゃあ、良いじゃん。俺、周りにけっこう同性カップル居んだわ。だから俺的にはそんなに驚かねぇ。天馬たちも居るしな」
「すみません、報告が遅れて…タイミング見てたんですけど……急に言う事になっちゃって…」

今言いたいのは……恋人が出来ましたって話じゃ無くて…。

「今、電話があって」
「うん」
「変質者に襲われたって、」
「はあっ!!?」

俺の言葉を遮って桐ケ谷さんが言う。

「お前何やってんだよ、早く行けって」

俺は、桐ケ谷さんのこういう所が好きなんだ。

とにかく、さっき聞いた話を桐ケ谷さんに話した。
未遂だって聞いて、まだ見た事もない慶の無事を家族の様に安心してくれたとことか……やっぱ人として好きだなって思うとこ。

「とにかく、早く行ってやれ」
「すみません、ありがとうございます。そんなに遠くじゃないんで1時間もかからないと思います」

桐ケ谷さんは、行け行け、と手で指示を出してフロアに出て行った。

……よし……急ごう…。



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