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「女じゃなくて……男です」
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*慶side*
「羽柴くん、だいぶ慣れた?」
リーダーの工藤さん。
バイト初日から、全くのど素人の俺を何かと気遣って声をかけて来てくれる。
26歳でこの大きな工場の製造部全体を纏めてる。
俺なんかは初心者でほんとに言われた通りにやってるだけだけど、工藤さんは違う。
教えるのはもちろんだけど、1日にここまでっていう数字があるから、それを割らないような生産量とか、その為の時間配分とか、更には機械に異常がないかとかのメンテナンスの部分まで全部考えてて……ほんとにリーダーに向いてる人なんだなって思う。
バイトに来るようになって今日で5日目。
今日まで休みなく入ってるけど……5日ぐらいじゃ正直まだ何も分からないのが本音……
「…少しですけど」
「あはは、羽柴くんは腰が低いよね」
工藤さんが可笑しそうに笑う。
「羽柴くんと一緒に採用した奴なんか、向こうの持ち場に居るけど、同じ事聞いたら『はい、もう慣れました』とか言ってたよ」
…え……
俺……遅いのかな……
チラッと工藤さんを見ると、俺の後ろに置いてある完成品のコンテナの数を数えて書き込んでる。
工藤さんは、体育会系ですんごいがっちり体型。
身長は……多分侑利くんぐらい……でも、すごく筋肉が付いてるからか侑利くんよりもだいぶ大きく見える。
高校でラグビーを始めて、卒業してから今もずっとサークルで続けてて、たまに試合なんかもしてるらしい。
「早く慣れるようにします」
「あ、いや、そんな意味じゃ無いんだよ?慣れたって勘違いして手順間違えたりしたら困るからね、ゆっくりの方がむしろ良いんだよ?」
工藤さんが俺をフォローするように言ってくれる。
「…すみません」
「いやぁ…何かごめんね、こっちこそ」
「いえっ、そんな」
ベルトの上を流れて来る途中まで出来上がってる箱の最終仕上げと、フタの組み立てをやって上下をセットにしてコンテナに入れるのが、俺の作業。
簡単そうだけど速さと丁寧さが必要だし、慣れないとほんとスムーズに手も動かなくて挙動不審な感じになる…。
俺なんかきっと、最初の3日くらいは不審でしかなかったと思う。
「それにしてもさぁ、改めて思うけど……羽柴くんってほんとにカッコいいよね」
「え?」
行き成り話が全く変わったので、ちょっとびっくりした…。
しかも、そんな内容言われても……何て返したら良いのか……
「ほんとにこの仕事で良いの?」
…どういう事?
「モデルとか…いけると思うけど…」
「えっ、無理です無理です」
即座に否定した。
確かに、よく言われる……『モデルさんですか?』とか…。
でも、それは体型とか見た目の事であって、メンタル的に自分にモデルのような華やかな仕事が向いているとは到底思えないし、やってみたいって思った事もない。
そもそも、ネガティブだし…。
「無理じゃないよ、全然。女子スタッフがみんな言ってるよ?羽柴くん、こんなとこ来るより芸能界入った方が良いのにって」
とにかくブンブンと首を振った。
有り得ないし。
「俺が羽柴くんの顔とスタイルだったら、絶対芸能界入るわぁ~」
あははっ、と豪快に笑う。
体育会系が出てる。
何て答えたら良いか分からなすぎて、とりあえず一緒に笑っといた…。
「あ、羽柴くん、この後休憩だね」
「あ、はい」
工場内の時計を見ると、午後8時になるとこだった。
俺は5時から10時って決まってるから、休憩も毎日だいたい8時から30分間貰ってる。
同じ作業を黙々とやる仕事だから、疲れて失敗やケガなどがないよう全員途中で休憩を取るようになってるらしい。
この時間、休憩に入っても……侑利くんの休憩とは合わない。
侑利くんは、いつもだいたい店が少し落ち着いて来る10時~11時くらいが休憩みたいだから、俺が仕事終わって帰ってる辺りで連絡を取るのがパターン化しつつある。
「もし、嫌じゃ無かったら、休憩一緒にコーヒーでもどう?」
「え、」
「あぁ、1人で休みたかったら良いよ、全然」
「あ、いえ」
「ほんと?じゃあ、休憩室行っといて。俺、ファイル事務所に持ってってから行くから」
二ッと笑って颯爽と去って行った。
…ほんとに、スポーツマンです!って感じ。
「休憩入って来ます」
他のスタッフに声をかけて、俺も休憩室に向かった。
休憩室のドアを開けると、いつもは数人休憩してるのに今日は誰も居なかった。
っていうか、女子スタッフさん達が居るには居たんだけど、もう出て行くところだったらしくて、開けたドアのすぐ先に数人立ってた。
「わ、羽柴くんっ」
「…ぁ、お疲れ様です」
さっき工藤さんからあんな話を聞いたから、何となく恥ずかしい…。
「かわいい~~~」
その内の1人が俺の顔を見て言う。
「ちょっと、心の声出てるよっ」
「えっ、だって」
「確かに可愛いね、羽柴くん」
「私たち、羽柴くんのファンだから」
「ほんとずっと眺めてたいわぁ」
俺よりも……多分年上のお姉様達…。
気付いたら囲まれてるし…。
今までに経験した事のない状況に、俺は完全にフリーズ状態……
「ちょっと、囲まない囲まない」
背後から工藤さんの声がした。
「羽柴くんが困ってんでしょうが」
「えぇ~~、だって、可愛いから」
「可愛いのは分かるけど、こんなに囲まれたらマジで怖いよ」
良かった……
工藤さんの登場で、なんとかフリーズが解けた。
「じゃあね、羽柴くん」
と、女子スタッフの皆さんが手を振って来る。
ペコッとお辞儀をして返す。
まだ、閉まったドアの向こうから「可愛い~」って声が聞こえたけど…。
「ほらね」
「え、」
「女子スタッフが全員騒いでんだって、羽柴くんが来てから」
「………」
何も返せない…。
正直……ちょっと苦手だったり………
とにかくそういうのに慣れてないから……固まる事しか出来なくて………。
「あ、羽柴くん、こっち」
「は、はい」
自販の方に呼ばれる。
休憩室と言っても、電子レンジと自販機があるだけで、食堂とかそんな感じではないから弁当を持って来て食べてる人もいつもは居たりする。
「好きなのどうぞ」
工藤さんが小銭を入れる。
「えっ、大丈夫です、自分で、」
「入ったばっかのハタチの新人に買わせる訳には行かないよ」
「……すみません」
俺はホットのカフェオレを選んでボタンを押した。
缶が落ちる音が誰も居ない休憩室に響く。
「ありがとうございます」
缶を取り出す。
温かい温度が気持ちいい。
工藤さんは続いてブラックコーヒーを買うと適当な席に腰を降ろし、自分の隣の席の椅子を引いた。
「どうぞ」
「…あ、はい」
引かれた椅子に座る。
プシュ、と軽い音を立てて、ほぼ同時に2人とも缶を開けた。
「いただきます」
「あぁ、どうぞ」
一口飲むと、俺にはちょうど良い甘さが、少しだけこの空間での空気を和らげてくれたように感じた。
「羽柴くんてさ、すごい礼儀正しいよね」
「えっ、そうですか?」
普通だと思うけど…
「や、言わない子は言わないよ?ありがとうとかいただきますとか」
「…そうなんですか?」
……普通に言うけど…。
「見た目とのギャップがすごい」
……それ…
侑利くんにも言われた事がある。
「俺、どう見えてんですか?」
フフと笑うと、工藤さんもつられて笑った。
「いや、やっぱりさ、羽柴くんの場合、その見た目が完璧だからさぁ…………あの、気を悪くしないでね?」
「え、はい」
「イケメンすぎて、何となくクールであんまり俺達みたいな一般人とは話しないのかな、って…」
………そんなイメージなの?
「…そんな感じですか?俺…」
何気にちょっとショックだけど…。
「や、違う違う、だからね、気を悪くしないでって言ったじゃん。思ってないよ?思ってない、ほんとに。…でも、話すとすごいイメージが崩れる。良い意味でだよ?……何か……トゲトゲしてなくて、むしろフワフワしてる感じ、仕事も一生懸命やるし、優しくて偉そうにしないし…何て言うか……擦れてない感じ」
………褒められてるのか……分からないけど……。
「とにかく、カッコ良くてキレイで良い子、って事だよ」
………何て言ったら良いのか…
「………ありがとうございます」
「声小っちゃ!」
あははは、と豪快に笑われる。
ほんとに、何を返せば良いのか分からない…。
侑利くんとなら何も気にせず話せるのに……
「そうだ、住所聞けてなかったんだ。一応、書類的な物で提出しとかないといけないからさ」
「あ……住所…」
そうだ…
侑利くんに聞くの忘れてた…。
「今書いてもらっても良い?」
工藤さんはメモ帳を出そうとしてる。
「あの…それが…最近住むとこ変わって、住所まだ覚えてなくて…」
「あぁ、引っ越したばかり?」
「はい」
「じゃあ、次の出勤の時で良いや、明日と明後日は休みだよね」
そうだ。
バイト始めてから初めての休み。
それも連休。
…と、言っても、侑利くんは店がリニューアルオープンして初めての週末で、多分すごく忙しいって言ってたから、休みは合わないんだけど…。
「連勤してたから疲れたでしょ?気分的にも」
「…あぁ、まぁ、そうですね」
あはは、と緩い笑いを付け足した。
正直、最初の3日は緊張であんまり記憶が無い。
「連休だし、ゆっくりしてよ。羽柴くんは休みは何してんの?」
…え……
俺……何してるかなぁ……
「彼女と休み合うの?」
突然の質問に、ドキッとした。
彼女、とか……行き成り言われると思わなかったから…。
「え……、と」
焦って、言葉が出ないし。
「羽柴くんなら、当然彼女居るんでしょ?」
………彼女じゃないんですけど…
「もしかして、一緒に住んでたりするの?」
……すんごい聞かれてる。
そんなに俺に興味持ってくれなくて良いんだけどな……
「…はい、まぁ」
曖昧な返事をする。
そんな事、今までに質問された事無いし……
「あ、住所変わったってそれで?」
「……はい、」
なるほど~、と納得したみたいに呟いて、工藤さんはコーヒーを一口。
俺も、何となく落ち着けるためにカフェオレを飲んだ…。
「羽柴くんが彼氏だったら彼女も自慢だろうね。一緒に住んでるって事は、彼女の手料理とか食べたりするんだよね?良いなぁ、彼女……俺も彼女欲しくなって来たわ~」
…工藤さんがどんどん喋って来る。
……それを聞きながら、俺の頭の中は侑利くんで一杯になって来て……
『彼女』と言って話を進めて行く事に……何だかすごく違和感を感じた。
確かに、一緒に住んでて、手料理食べたりしてるけど……それは、彼女じゃなくて侑利くんだし…。
ここはただのバイト先だし……別に、彼女と住んでる、って事にしてても良いんだろうけど……
何だか、侑利くんを否定してるような気がして……すごく居心地が悪かった…。
「あの、」
そう思ったら、自然に口を開いてた。
「一緒に住んでるけど…彼女じゃないんです」
え?…と不思議そうな顔で俺を見る。
「あ、まだ付き合ってない関係?」
「いえ、そうじゃなくて…」
工藤さんは、困惑の表情してる…。
「彼女じゃなくて……恋人です」
「え?」
「女じゃなくて……男です」
「え……」
沈黙。
明らかに驚いてる感じ…。
「あの…すみません、何か……」
俺の方から沈黙を終わらせた。
「え、い、いや、大丈夫、ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって」
すんごい焦ってる。
分からなくも無いけど…。
「…俺の方こそすみません、行き成りこんな事言って」
「いや、全然。ちょっと爆弾発言だったとは思うけど、でも、はっきり言ってくれて気持ちが良いよ」
あはは、と笑ってるけど、動揺してる…。
爆弾発言……やっぱそうなのかな……
俺にしてみたら……そこまででも無いんだけど…。
「…俺、人生に負けそうになって……もう、ダメだなって思ってた時があって、」
「え、」
行き成り、俺がそんな事を言うから……工藤さんは少し驚いた表情。
「そんな時、その人と出会って………その人は、俺を全く否定しないで…1人の人間として存在を認めてくれて……一緒に泣いてくれて……好きだって言ってくれました」
工藤さんは、少し前のめりで…真剣に話を聞いてくれてる。
すごく真面目な人なんだろうと思う。
「…俺も、その人の事が大好きなんです」
少しの沈黙の後………一度無言で深く頷くと、工藤さんが言った。
「……正直…俺の周りには…そういう…男同士で付き合ってる人が居なくて……あんまり考えた事無かったけど…自分とは無縁の世界だな、って……どっかで線引きしてたと思う。………だけど……羽柴くんみたいな、ほっといても女の子がいくらでも寄って来そうな子がさ………同性の恋人が居て……そうやって真面目に向き合って…そこにもちゃんとした恋愛が成立するんだなって…何か考えさせられる」
……そんなに……ちゃんと受け止めてくれるとは思ってなかった…。
俺の事も気遣ってくれてるのがよく分かる。
頭ごなしに否定したり拒絶しないところが、工藤さんの人の良さだろう。
「……羽柴くんに好きになって貰える人が羨ましいよ」
「え、」
「あ、変な意味じゃ無くて……相手が女でもさぁ、もちろん男でも、やっぱり真面目に付き合えない人ってダメだと思うし………羽柴くんの事は、まだそんなによく知らないけどさ、でも、その人の事を大事に思ってるんだって事は、今話聞いただけでも分かるよ。……だから、羨ましい。恋人にそういう風に思って貰えるその相手の人は幸せ者だよ」
……何だか……照れる。
まさか、そんな風に言って貰えるとは思って無かったから…。
「…ありがとうございます」
急に恥ずかしくなって来て、ぬるくなったカフェオレを一気に飲んで誤魔化した。
「俺、誰にも言わないからね。広まったら皆、あーだこーだ噂するからさ。特に女子スタッフは噂が早いから」
ふぅ、と大げさにため息を吐いて見せて、ハハッと笑った。
その笑顔に安心して、俺も一緒に笑う。
「あ、休憩終わりだ」
「あっ、ほんとだっ」
工藤さんに言われて時計を見ると、もう30分が経とうとしていた。
2人とも急いで立ち上がって、空き缶をゴミ箱に捨てる。
「ギリギリだね」
「…そうですね」
少し小走りに休憩室を出た。
「休憩にならなかったね」
「いえ、そんな事ないです」
「でも、羽柴くんの事知れて良かった」
「…すみません」
「ははっ、何で謝んの。また…俺で良かったら話してよ」
「…はい、ありがとうございますっ」
製造部の入り口まで来て、そこで別れる。
工藤さんは、俺にビシッと手を上げて事務所の方へ向かって歩いて行った。
俺も急いで、持ち場に戻る。
侑利くんの事、話しちゃったけど……でも、話した後の方が居心地が良かった。
侑利くんを隠すような事はしたくないって思ったから…。
そして、今は……早く侑利くんに会いたくて仕方がない…。
「羽柴くん、だいぶ慣れた?」
リーダーの工藤さん。
バイト初日から、全くのど素人の俺を何かと気遣って声をかけて来てくれる。
26歳でこの大きな工場の製造部全体を纏めてる。
俺なんかは初心者でほんとに言われた通りにやってるだけだけど、工藤さんは違う。
教えるのはもちろんだけど、1日にここまでっていう数字があるから、それを割らないような生産量とか、その為の時間配分とか、更には機械に異常がないかとかのメンテナンスの部分まで全部考えてて……ほんとにリーダーに向いてる人なんだなって思う。
バイトに来るようになって今日で5日目。
今日まで休みなく入ってるけど……5日ぐらいじゃ正直まだ何も分からないのが本音……
「…少しですけど」
「あはは、羽柴くんは腰が低いよね」
工藤さんが可笑しそうに笑う。
「羽柴くんと一緒に採用した奴なんか、向こうの持ち場に居るけど、同じ事聞いたら『はい、もう慣れました』とか言ってたよ」
…え……
俺……遅いのかな……
チラッと工藤さんを見ると、俺の後ろに置いてある完成品のコンテナの数を数えて書き込んでる。
工藤さんは、体育会系ですんごいがっちり体型。
身長は……多分侑利くんぐらい……でも、すごく筋肉が付いてるからか侑利くんよりもだいぶ大きく見える。
高校でラグビーを始めて、卒業してから今もずっとサークルで続けてて、たまに試合なんかもしてるらしい。
「早く慣れるようにします」
「あ、いや、そんな意味じゃ無いんだよ?慣れたって勘違いして手順間違えたりしたら困るからね、ゆっくりの方がむしろ良いんだよ?」
工藤さんが俺をフォローするように言ってくれる。
「…すみません」
「いやぁ…何かごめんね、こっちこそ」
「いえっ、そんな」
ベルトの上を流れて来る途中まで出来上がってる箱の最終仕上げと、フタの組み立てをやって上下をセットにしてコンテナに入れるのが、俺の作業。
簡単そうだけど速さと丁寧さが必要だし、慣れないとほんとスムーズに手も動かなくて挙動不審な感じになる…。
俺なんかきっと、最初の3日くらいは不審でしかなかったと思う。
「それにしてもさぁ、改めて思うけど……羽柴くんってほんとにカッコいいよね」
「え?」
行き成り話が全く変わったので、ちょっとびっくりした…。
しかも、そんな内容言われても……何て返したら良いのか……
「ほんとにこの仕事で良いの?」
…どういう事?
「モデルとか…いけると思うけど…」
「えっ、無理です無理です」
即座に否定した。
確かに、よく言われる……『モデルさんですか?』とか…。
でも、それは体型とか見た目の事であって、メンタル的に自分にモデルのような華やかな仕事が向いているとは到底思えないし、やってみたいって思った事もない。
そもそも、ネガティブだし…。
「無理じゃないよ、全然。女子スタッフがみんな言ってるよ?羽柴くん、こんなとこ来るより芸能界入った方が良いのにって」
とにかくブンブンと首を振った。
有り得ないし。
「俺が羽柴くんの顔とスタイルだったら、絶対芸能界入るわぁ~」
あははっ、と豪快に笑う。
体育会系が出てる。
何て答えたら良いか分からなすぎて、とりあえず一緒に笑っといた…。
「あ、羽柴くん、この後休憩だね」
「あ、はい」
工場内の時計を見ると、午後8時になるとこだった。
俺は5時から10時って決まってるから、休憩も毎日だいたい8時から30分間貰ってる。
同じ作業を黙々とやる仕事だから、疲れて失敗やケガなどがないよう全員途中で休憩を取るようになってるらしい。
この時間、休憩に入っても……侑利くんの休憩とは合わない。
侑利くんは、いつもだいたい店が少し落ち着いて来る10時~11時くらいが休憩みたいだから、俺が仕事終わって帰ってる辺りで連絡を取るのがパターン化しつつある。
「もし、嫌じゃ無かったら、休憩一緒にコーヒーでもどう?」
「え、」
「あぁ、1人で休みたかったら良いよ、全然」
「あ、いえ」
「ほんと?じゃあ、休憩室行っといて。俺、ファイル事務所に持ってってから行くから」
二ッと笑って颯爽と去って行った。
…ほんとに、スポーツマンです!って感じ。
「休憩入って来ます」
他のスタッフに声をかけて、俺も休憩室に向かった。
休憩室のドアを開けると、いつもは数人休憩してるのに今日は誰も居なかった。
っていうか、女子スタッフさん達が居るには居たんだけど、もう出て行くところだったらしくて、開けたドアのすぐ先に数人立ってた。
「わ、羽柴くんっ」
「…ぁ、お疲れ様です」
さっき工藤さんからあんな話を聞いたから、何となく恥ずかしい…。
「かわいい~~~」
その内の1人が俺の顔を見て言う。
「ちょっと、心の声出てるよっ」
「えっ、だって」
「確かに可愛いね、羽柴くん」
「私たち、羽柴くんのファンだから」
「ほんとずっと眺めてたいわぁ」
俺よりも……多分年上のお姉様達…。
気付いたら囲まれてるし…。
今までに経験した事のない状況に、俺は完全にフリーズ状態……
「ちょっと、囲まない囲まない」
背後から工藤さんの声がした。
「羽柴くんが困ってんでしょうが」
「えぇ~~、だって、可愛いから」
「可愛いのは分かるけど、こんなに囲まれたらマジで怖いよ」
良かった……
工藤さんの登場で、なんとかフリーズが解けた。
「じゃあね、羽柴くん」
と、女子スタッフの皆さんが手を振って来る。
ペコッとお辞儀をして返す。
まだ、閉まったドアの向こうから「可愛い~」って声が聞こえたけど…。
「ほらね」
「え、」
「女子スタッフが全員騒いでんだって、羽柴くんが来てから」
「………」
何も返せない…。
正直……ちょっと苦手だったり………
とにかくそういうのに慣れてないから……固まる事しか出来なくて………。
「あ、羽柴くん、こっち」
「は、はい」
自販の方に呼ばれる。
休憩室と言っても、電子レンジと自販機があるだけで、食堂とかそんな感じではないから弁当を持って来て食べてる人もいつもは居たりする。
「好きなのどうぞ」
工藤さんが小銭を入れる。
「えっ、大丈夫です、自分で、」
「入ったばっかのハタチの新人に買わせる訳には行かないよ」
「……すみません」
俺はホットのカフェオレを選んでボタンを押した。
缶が落ちる音が誰も居ない休憩室に響く。
「ありがとうございます」
缶を取り出す。
温かい温度が気持ちいい。
工藤さんは続いてブラックコーヒーを買うと適当な席に腰を降ろし、自分の隣の席の椅子を引いた。
「どうぞ」
「…あ、はい」
引かれた椅子に座る。
プシュ、と軽い音を立てて、ほぼ同時に2人とも缶を開けた。
「いただきます」
「あぁ、どうぞ」
一口飲むと、俺にはちょうど良い甘さが、少しだけこの空間での空気を和らげてくれたように感じた。
「羽柴くんてさ、すごい礼儀正しいよね」
「えっ、そうですか?」
普通だと思うけど…
「や、言わない子は言わないよ?ありがとうとかいただきますとか」
「…そうなんですか?」
……普通に言うけど…。
「見た目とのギャップがすごい」
……それ…
侑利くんにも言われた事がある。
「俺、どう見えてんですか?」
フフと笑うと、工藤さんもつられて笑った。
「いや、やっぱりさ、羽柴くんの場合、その見た目が完璧だからさぁ…………あの、気を悪くしないでね?」
「え、はい」
「イケメンすぎて、何となくクールであんまり俺達みたいな一般人とは話しないのかな、って…」
………そんなイメージなの?
「…そんな感じですか?俺…」
何気にちょっとショックだけど…。
「や、違う違う、だからね、気を悪くしないでって言ったじゃん。思ってないよ?思ってない、ほんとに。…でも、話すとすごいイメージが崩れる。良い意味でだよ?……何か……トゲトゲしてなくて、むしろフワフワしてる感じ、仕事も一生懸命やるし、優しくて偉そうにしないし…何て言うか……擦れてない感じ」
………褒められてるのか……分からないけど……。
「とにかく、カッコ良くてキレイで良い子、って事だよ」
………何て言ったら良いのか…
「………ありがとうございます」
「声小っちゃ!」
あははは、と豪快に笑われる。
ほんとに、何を返せば良いのか分からない…。
侑利くんとなら何も気にせず話せるのに……
「そうだ、住所聞けてなかったんだ。一応、書類的な物で提出しとかないといけないからさ」
「あ……住所…」
そうだ…
侑利くんに聞くの忘れてた…。
「今書いてもらっても良い?」
工藤さんはメモ帳を出そうとしてる。
「あの…それが…最近住むとこ変わって、住所まだ覚えてなくて…」
「あぁ、引っ越したばかり?」
「はい」
「じゃあ、次の出勤の時で良いや、明日と明後日は休みだよね」
そうだ。
バイト始めてから初めての休み。
それも連休。
…と、言っても、侑利くんは店がリニューアルオープンして初めての週末で、多分すごく忙しいって言ってたから、休みは合わないんだけど…。
「連勤してたから疲れたでしょ?気分的にも」
「…あぁ、まぁ、そうですね」
あはは、と緩い笑いを付け足した。
正直、最初の3日は緊張であんまり記憶が無い。
「連休だし、ゆっくりしてよ。羽柴くんは休みは何してんの?」
…え……
俺……何してるかなぁ……
「彼女と休み合うの?」
突然の質問に、ドキッとした。
彼女、とか……行き成り言われると思わなかったから…。
「え……、と」
焦って、言葉が出ないし。
「羽柴くんなら、当然彼女居るんでしょ?」
………彼女じゃないんですけど…
「もしかして、一緒に住んでたりするの?」
……すんごい聞かれてる。
そんなに俺に興味持ってくれなくて良いんだけどな……
「…はい、まぁ」
曖昧な返事をする。
そんな事、今までに質問された事無いし……
「あ、住所変わったってそれで?」
「……はい、」
なるほど~、と納得したみたいに呟いて、工藤さんはコーヒーを一口。
俺も、何となく落ち着けるためにカフェオレを飲んだ…。
「羽柴くんが彼氏だったら彼女も自慢だろうね。一緒に住んでるって事は、彼女の手料理とか食べたりするんだよね?良いなぁ、彼女……俺も彼女欲しくなって来たわ~」
…工藤さんがどんどん喋って来る。
……それを聞きながら、俺の頭の中は侑利くんで一杯になって来て……
『彼女』と言って話を進めて行く事に……何だかすごく違和感を感じた。
確かに、一緒に住んでて、手料理食べたりしてるけど……それは、彼女じゃなくて侑利くんだし…。
ここはただのバイト先だし……別に、彼女と住んでる、って事にしてても良いんだろうけど……
何だか、侑利くんを否定してるような気がして……すごく居心地が悪かった…。
「あの、」
そう思ったら、自然に口を開いてた。
「一緒に住んでるけど…彼女じゃないんです」
え?…と不思議そうな顔で俺を見る。
「あ、まだ付き合ってない関係?」
「いえ、そうじゃなくて…」
工藤さんは、困惑の表情してる…。
「彼女じゃなくて……恋人です」
「え?」
「女じゃなくて……男です」
「え……」
沈黙。
明らかに驚いてる感じ…。
「あの…すみません、何か……」
俺の方から沈黙を終わらせた。
「え、い、いや、大丈夫、ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって」
すんごい焦ってる。
分からなくも無いけど…。
「…俺の方こそすみません、行き成りこんな事言って」
「いや、全然。ちょっと爆弾発言だったとは思うけど、でも、はっきり言ってくれて気持ちが良いよ」
あはは、と笑ってるけど、動揺してる…。
爆弾発言……やっぱそうなのかな……
俺にしてみたら……そこまででも無いんだけど…。
「…俺、人生に負けそうになって……もう、ダメだなって思ってた時があって、」
「え、」
行き成り、俺がそんな事を言うから……工藤さんは少し驚いた表情。
「そんな時、その人と出会って………その人は、俺を全く否定しないで…1人の人間として存在を認めてくれて……一緒に泣いてくれて……好きだって言ってくれました」
工藤さんは、少し前のめりで…真剣に話を聞いてくれてる。
すごく真面目な人なんだろうと思う。
「…俺も、その人の事が大好きなんです」
少しの沈黙の後………一度無言で深く頷くと、工藤さんが言った。
「……正直…俺の周りには…そういう…男同士で付き合ってる人が居なくて……あんまり考えた事無かったけど…自分とは無縁の世界だな、って……どっかで線引きしてたと思う。………だけど……羽柴くんみたいな、ほっといても女の子がいくらでも寄って来そうな子がさ………同性の恋人が居て……そうやって真面目に向き合って…そこにもちゃんとした恋愛が成立するんだなって…何か考えさせられる」
……そんなに……ちゃんと受け止めてくれるとは思ってなかった…。
俺の事も気遣ってくれてるのがよく分かる。
頭ごなしに否定したり拒絶しないところが、工藤さんの人の良さだろう。
「……羽柴くんに好きになって貰える人が羨ましいよ」
「え、」
「あ、変な意味じゃ無くて……相手が女でもさぁ、もちろん男でも、やっぱり真面目に付き合えない人ってダメだと思うし………羽柴くんの事は、まだそんなによく知らないけどさ、でも、その人の事を大事に思ってるんだって事は、今話聞いただけでも分かるよ。……だから、羨ましい。恋人にそういう風に思って貰えるその相手の人は幸せ者だよ」
……何だか……照れる。
まさか、そんな風に言って貰えるとは思って無かったから…。
「…ありがとうございます」
急に恥ずかしくなって来て、ぬるくなったカフェオレを一気に飲んで誤魔化した。
「俺、誰にも言わないからね。広まったら皆、あーだこーだ噂するからさ。特に女子スタッフは噂が早いから」
ふぅ、と大げさにため息を吐いて見せて、ハハッと笑った。
その笑顔に安心して、俺も一緒に笑う。
「あ、休憩終わりだ」
「あっ、ほんとだっ」
工藤さんに言われて時計を見ると、もう30分が経とうとしていた。
2人とも急いで立ち上がって、空き缶をゴミ箱に捨てる。
「ギリギリだね」
「…そうですね」
少し小走りに休憩室を出た。
「休憩にならなかったね」
「いえ、そんな事ないです」
「でも、羽柴くんの事知れて良かった」
「…すみません」
「ははっ、何で謝んの。また…俺で良かったら話してよ」
「…はい、ありがとうございますっ」
製造部の入り口まで来て、そこで別れる。
工藤さんは、俺にビシッと手を上げて事務所の方へ向かって歩いて行った。
俺も急いで、持ち場に戻る。
侑利くんの事、話しちゃったけど……でも、話した後の方が居心地が良かった。
侑利くんを隠すような事はしたくないって思ったから…。
そして、今は……早く侑利くんに会いたくて仕方がない…。
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トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

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