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「……羽柴さんなら…俺、余裕で付き合えますね」

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*三上 尚人(みかみ なおと:美容師見習い)side*


「とにかく、男から見てもカッコいいって人を連れて来いよ」

先輩達に何度も言われた。

カットモデルを探すのが、今日の俺の仕事。

見習いだから、まだ、カットとかやらせて貰えない。
シャンプーしたり、先輩の横に付いてお客さんの髪乾かしたり、そんな事をしながら先輩の技術を勉強させて貰ったりしてるとこ。

うちのお客さんは、9:1……いや、もしかしたら10:0かも知れないくらい圧倒的に男性客が多い。
きっと、スタッフがほどんど男ってとこが、男性客を多く寄せる理由だと思う。

女の人はむしろ入りにくいだろうな…。

でも、それはそれで良い。

俺もきっと自分が客なら、男性スタッフが多い方が行きやすいって思ってしまう。
女の人だってそうじゃないのかなぁ……髪型変えたりしたい時って、男より女の美容師の方が流行りを押さえてたり、細かい注文を言い易かったり……

まぁ、そんな感じで思ってくれてるのか、男のお客さんには割と人気のある店だと思う。

今日は予約に余裕があって比較的暇なので、カットモデルをしてくれる人を探す大役を言い渡されてる俺は、朝から何人もの人に声をかけて今やっと3人、店に来てもらうのに成功したところだ…。

店内に画像を貼らせて貰ったり、ネットOKな人はサイトに画像を使わせて貰ったりするから、声をかける人は誰でも良いって訳では決して無くて、所謂「イケメン」が絶対条件。

やっぱり、こちらもそれが宣伝となって集客に繋がって行く訳だから、やっぱり…見栄えも気にはなる。

先輩達の注文は、とにかく誰が見てもカッコいい人に声をかけろ、って事。
「この人みたいに、カッコよくして欲しい」ってなるもんな、男は特に。

モデルって店のイメージにもなるし…。

一応、やってくれる人は、カットだろうがパーマだろうが、カラーリングだろうが、全て無料でやらせて貰うから、お得っちゃあお得。

無料で髪型変えれるんだからさ。

でも、良い人が居ても、急なお願いだから時間の都合が合わなくて、って場合がほとんど。

2~3ヶ月に一度カットモデルを探す係を言い渡されるけど、今まで俺が声をかけて承諾して貰った人たちは…そりゃもちろん俺からしてみたらカッコいいんだけど……でも、店長たちにしてみたら、この人っ!!て人は居なかったみたいで……

って言うか、正直、店長とサブの2人がだいぶカッコ良くて……しかも2人は自分達のカッコ良さを理解してるから、中々御眼鏡にかなう人が居ない。




で、今日も朝からカットモデルを探すべく、店の前の道を少し離れたところまで歩いて、ひたすら人間ウォッチングしてるって訳。



で……今………

めっっっちゃくちゃイケメンを発見したとこ。



「あ、あの、あのっ、すみませんっ」

走って追い付き後ろから声をかけて、そのまま前に回り込む。

「えっ」

凄く驚いた顔しながら、その人は立ち止まった。


……これは、凄過ぎる。
一般人離れした美形………どうしよう……。

「あ、あの、今、急いでますか?」
「え、」
「あっ、変な奴じゃないんです、俺、えっと、あの…」

俺を見る視線に、瞬時に緊張して来た。

「あそこのリベルテって看板出てるヘアサロンの者です」

少し遠くになってしまった店を指差して言うと、その人もそちらを見て「はぁ…」とピンと来ない感じの返事をする。

「あの、実は、カットモデルしてくれる人を探してて……お兄さん…すっごいイケメンだから……お願い出来ないかなぁと思いまして…」

目の前の超超超イケメンが、少し困ってる。
イケメン、と言うよりも……何て言うか………すんごいキレイ。
男だけど……美人って表現したい感じ。

「もしかして……モデルさんか、タレントさんですか?」

足がすんげぇ長くて、スタイルがめちゃくちゃ良いから……すでにそういう仕事してる人かな、とか思ってそう聞いた。

「えっ、いえいえっ、全然っ」

と、ブンブン手と首を振って答えてくれたけど……その動きが、何かすごく可愛い…。

「そうなんですかっ、めっちゃキレイだからそういう仕事してる人かと思いました」

まだ、ブンブン首振ってるし…。

「もし良かったら、カットモデルどうですか?…モデルって言っても、普通に髪型変えるだけで、最後に写真だけ撮らせて貰うんですけど、別にポーズとか取らなくて良いですし、撮った写真も了解無しにネットで使ったりは絶対しないんで。あ、もちろん全部無料でさせてもらいますっ、どうですかっ?」
「………」

俺が食い付き気味に言うから、だいぶ困ってる。

でも……俺的には、絶対連れて帰りたいっ。
この人連れて帰ったら、店内すげぇ沸くだろうな…。


「……じ、じゃあ……お願いします」


よっっっっっしゃあぁぁぁぁーーー!!!
ナイスッ、俺!!!

最高レベルの人、捕まえちゃったよ……。

大声で叫びたいのを堪えて、その人を店まで誘導する。
ほんとに……キレイで一般人とは思えない。



ちょうど、先の予約のお客さんが帰ったところで、店内は空いてる。
まず、俺が先に入口ドアを開けて先輩に報告する。

「…国宝級にキレイな人見つけて来ましたっ、マジでヤバいですよっ」

今までに何度となく聞いた俺の言葉に「ほんとかよー」と、先輩達もちょっと呆れてる……でも、この人見たら納得せざるを得ないだろうな…。

「どうぞ、こちらです」

声をかけると、少し不安そうに俺に付いて後ろから店内に入って来る。



シーーーーーーーン



数秒、沈黙。
ほら、全員、ビビってる。

沈黙が長すぎて、美人さんまでも困り顔になって来てる。

「あっ、えっと、店長の瀬戸(せと)です。突然声かけさせて貰ってすみません」

店長に続いて全員前のめりな感じで寄って来たし…。
サブの橘(たちばな)さんなんか、店長に並ぶぐらい出て来てて…唯一の女子スタッフのかおりちゃんまでイケメン登場にめっちゃキラキラしてて……女子はあからさまだなぁ、とか思ってみたり。

「あ、…えっと…羽柴です…」

皆の圧が凄くて、小さな声で名前を言った。
羽柴さん、って言うんだ…。

「時間大丈夫ですか?」
「あ、はい」

完璧な見た目に反して、ちょっと緊張してる感じが……ギャップだ………ヤバいな、この人…。

「最初に、えっと、うちのスタッフから説明があったと思うんですけど、今日は全て無料でさせて貰うんで希望とかあったら遠慮なく言って下さいね。それから、仕上がったら写真撮らせて貰うんですけど、それは大丈夫ですか?」
「…は、はい」

すごく不安そう……。

「画像は、勝手には絶対使わないんで安心して下さいね」

店長の言葉に安心したのか、少し微笑んだ。
………けど……俺は、気付いた。
今の2秒ほどの微笑みで、ここに居る全員がこの人に撃ち抜かれてしまった事に。


「じゃあ早速、」

と、店長がデレた顔で言って、全員我に返る。

「あ、羽柴さん、荷物こちらへどうぞ」
「あ…はい」

俺が声をかけると、羽柴さんがレジカウンターの方へやって来たので、そこで鞄と上着を預かる。

上着を脱ぐと、思ってたよりもっと細い線の体が現れる。
上着で隠れてた全身が見えると、更にスタイルの良さが露出されてて、とにかく足が長くて細くて顔が小さくて、ほんとに一般人にしとくの勿体無い…。

「あ、遅れました、俺、三上 尚人(みかみ なおと)って言います」
「あ、えっと、羽柴慶です」

もう一度、言ってしまうとこも可愛い…。
でも、今度はフルネーム。

こちらへどうぞ、と店長に促されて羽柴さんがそっちへ向かう。

「モデルさんじゃないんですか?」

同じ事聞いてるし。
すると、羽柴さんもさっきと同じ様に、首が取れるかと思うくらいのリアクションで否定してる。

男なんだけど……
何だろう………この…ほんわかする感じは……。


羽柴さんの希望はカットで、あまり短すぎない方が良いって以外は店長にお任せって事になった。

カットを進めながら、店長が話かけてる。

次の予約のお客さんまでけっこう時間があるし、飛び込みのお客さんも居ないから、羽柴さんに全員が注目してて、多分照れ屋の彼はどこを見て良いものか分からないって感じで困ってる…。

「羽柴さんは、何歳ですか?」
「あ、ハタチです」
「「「えっ」」」

同時に何人かが言った。

「ハタチなんですかっ?大人っぽいからもう少し上かなって思いました」
「……老けてますか」
「いやいや、そうじゃなくて、決してそうじゃなくて、」

店長が焦ってる。

俺も焦った……。
俺より2個も年下とは………

「ちょっと誰かフォローを」
「あははっ、店長、地雷踏みましたね」

橘さんが近寄る。

「老けてるとか全くないですよ、大人っぽくてめっちゃキレイ。うちのハタチ、これですから」

と、かおりちゃんを前へ突き出す。

「ちょっとぉ~、止めて下さいよぉ~」
「マジでお前と同い年とは思えないわ~」
「妹みたいだね、かおりちゃん」
「…私、妹キャラなんで」

店内の空気が和んで、羽柴さんもちょっと表情が柔らかくなったかな……
って…羽柴さんっつっても俺より年下だしっ。

……いやぁ………見えない。

「でも、ほんとにキレイ。女から見てもすっごいキレイ。スタイルも良くて細くて羨ましいです」

同感。
まぁ、俺、女じゃないけど……こんなキレイな男の人見た事無いわ。

「ハタチって言ったら、学生さんですか?」
「あ…いえ……今、バイトの面接の帰りで……」
「えっ、バイトの面接?仕事探してるんですか?」
「…はい」

羽柴さんが、鏡越しに店長を見て頷く。

「うちだったら即採用するのに」
「俺も思ってました」

橘さんが横から付け足す。

「お前、採用の権限ないだろ」
「あはは、ですけどぉ」

うちらは、まだ見習いの俺が言うのも何だけどチームワークは良い方で、店は円滑に回ってる。
でも、ここに、羽柴さんが入ったらきっと色んな意味で争いが起きるな……

まぁ、でも、羽柴さんなら客寄せのために立っててくれるだけでも良いや………ってか、同性にここまで思わせる羽柴さんの破壊力がすげぇよ…。

この人となら、間違いが起こっても良いや……とさえ思う。





サクサクとカットは進んで、最終のチェックして少しだけワックスをつけてセット。
あんまり、ガチガチにしない方がイメージに合うって事で、柔らかいクリーム状のワックスを少し。

「……完璧すぎる」

店長が鏡の中の羽柴さんを見て呟いた。
周りも納得。

右から左へアシンメトリーにカットした前髪と、頭の形が良く見えるようなシルエットに仕上げたバックで、ほんとに、このまま雑誌に載って下さいって言いたくなるような完成度。

終わって、イスから立ち上がった羽柴さんのルックスが、やっぱり一般を超越しててずっと見ていたくなる。

「キレイすぎる」

隣でかおりちゃんがため息交じりに呟いた。

すぐに、橘さんがカメラを持って来て撮影に移る。

「あんまり……写真とか撮った事無いから…緊張します……」

あからさまに緊張してるよ…。
誰も敵わないぐらいキレイなのに、すんごい恥ずかしそうで……何か、萌える…。

何枚撮ってもキレイなもんはキレイ。
橘さん、めっちゃ連写しまくってるじゃん。

「はい、オッケーです、お疲れ様でした~」
「「「お疲れ様でした~」」」

全員で声をかけると、羽柴さんは困ったような表情でペコリと頭を下げた。
いちいち可愛いな、この人…。

「羽柴さん、画像、ネットでは絶対使わないんで、店内に貼らせて貰って良いですか?」
「あ、はい…それは…大丈夫です」

小さな声でOKを出す。
ネットに出したら、ザワつくだろうな…。



全て終わってカウンターの所に来たので、鞄と上着を渡す。

「あの、カード作らせて貰って良いですか?ポイント貯まったら割引になるんで」
「でも、羽柴さんだったらずっとモデルやって欲しいぐらいだな…」

店長がしみじみ言った。

「そしたら、ずっと無料ですね」

俺がそう言うと、羽柴さんは困ったように笑う。

「……じゃあ、カードお願いします」
「あ、はいっ、ありがとうございます」

店のカードを渡す。

「会計の時に出して貰ったら、ポイントが貯まるんで」
「はい」

にっこりと、俺に笑ってくれる。
……………可愛いぞ、このやろーーーっ。

何か……性別関係無いわぁ…。

カードを俺から受け取った時に見たけど、指も細くて女の人みたいなキレイな手…。

どんな人なんだろう、ってすんげぇ興味ある…。
どんな生活してんだろう……


「ほんとに……また、カットモデルお願いしても良いですか?」

店長が言った。

「え…」
「伸びただろうなぁ、って思った頃に連絡させて下さい」

店長……めっちゃ気に入ってんじゃんかっ。

「気軽に、カットしに来てくれたら良いんで」

……どうしても来て欲しいんだな、多分…。
まぁ、でも……俺も、また来て欲しいって思ってるしな……

「その頃に、ハガキ送らせて貰って大丈夫ですか?」
「………あ………えっと、………住所が…ちょっとまだ覚えてなくて、」
「引っ越しされたんですか?」
「……そんな感じです…」

どんな感じだよ…。
気になるってば、その返し…。

「じゃあ…電話番号、聞いても良いですか?」

電話番号?
……羽柴さんの、電話番号…………無性に知りたい俺って、危ない奴かも…。

「あ、…はい」

マジかーっ!
俺も……電話帳登録してぇ…。

お客様カルテを出すと、名前と電話番号の欄を羽柴さんが書いた。
後で、チェックだな…。

「ほんとに、ありがとうございました。お時間いただいて」
「いえっ、こちらこそ…すみません……無料でやって貰って…」

ほんとに…腰が低い…。

「また是非お越し下さい」

全員で頭を下げると、案の定、困ったような顔をして同じ様に深々とお辞儀する。


……可愛いんですけどっ?


「あ、俺、そこまで送ります」

連れて来たの俺だし。

ペコペコと何度もお辞儀しながら、羽柴さんが店を出る。
俺は、その隣を少し一緒に歩いた。

「ほんとに、ありがとうございました。助かりましたっ」
「え?」

俺の言葉に羽柴さんがこちらを向く。

「や、イケメンじゃなきゃ連れて来んな、ぐらいの勢いで言われてましたから」

あはは、と笑って言うと…羽柴さんも、ニコッと笑ってくれる。

「羽柴さんみたいな人、見つけ出せると思ってませんでした」
「そんなにレアじゃないです」
「いやいや、レアですっ。羽柴さんがレアじゃ無ければ何なんですか、ってくらいレアですよっ」

俺が必死で言ったからか、羽柴さんは「あはは」と声に出して笑った。
その顔が、ほんとに……男とは思えないくらい柔らかくてキレイで可愛くて……ドキドキした。

「あの…」

今、ふと思った事…。

「バイトの面接帰りって言ってましたよね?」
「はい…」
「じゃあ、もし受かったら、この道通ってバイト行くようになるんですか?」
「……そうなると思います…受かったらですけど」

また、会えるかも知れない。
羽柴さんの面接の結果次第では…。

「受かると良いですね」

俺のテンションも上がるってもんだよ…。
ついでに店のみんなのテンションも上がるだろう…。

「歩きですけど…家、近くですか?」

俺も、どんだけ聞くんだよ、って自分でも思う…。

「あ、いえ、けっこう遠いです」

今度は、えへへ、と笑う。
えへへ、はダメだって……可愛すぎでしょ…。

「自転車買おうか迷ってるとこです」
「あー、自転車良いですよ。俺も、自転車通勤です。渋滞知らずだし駐車場代もガソリンも要らないですしね」

東京じゃ自転車はめっちゃ重宝する。
俺は地方出身だから、上京した時からずっと移動手段は自転車だ。

自転車でどこまででも行くタイプ。

「次見かけたら声かけて良いですか?」

俺の言葉に少し驚いたような顔をしてたけど、少しして「はい」と言った。

「羽柴さんも、前通ったら寄って下さいね」
「…ありがとうございます」

丁寧にお辞儀してくれる。
やっぱ、見た目とのギャップがすげぇよ、この人…

「じゃあ…ここで」
「はい…ありがとうございました」
「気を付けて」
「はい」

もう一度、お辞儀をして歩き出す。
少し歩いて、もう一度振り返ってペコッと礼をしてくれた。

まだ、色々喋って居たかったけど……。




店に戻ると、羽柴さんの話題で盛り上がってた。

「尚人っ、お前、すげぇわ」

入るなり店長に肩をバシッと叩かれる。

「よく見付けたな、あんな人」
「すっっっげぇ目立ってましたから」
「……そうだろうね」

まさか、立ち止まって話聞いて貰えるなんて思わなかったけど…。

「やべぇ、俺、ファンだわ…」

店長が言った。

「俺も、ファンクラブ入ります」

橘さんもだ。

「……羽柴さんなら…俺、余裕で付き合えますね」

俺がサラッと言ったら……静まり返った…。


え……俺……全然普通に付き合えますけど?


……とにかく……俺は、あの人の存在が気になって仕方なくて……とにかく、バイトに受かってて欲しいって……心底思ってるんだ。
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