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「侑利のそばに居てやって」
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*天馬side*
vvvvv…vvvvv…vvvvv…vvvvv…vvvvv…
「携帯鳴ってるよ?天馬のじゃない?」
奏太は自分の携帯に着信が無い事を確認し、運転席の俺に言う。
買い物に来てたショップを出ようと、エンジンをかけたところだった。
奏太が俺の鞄から携帯を取って渡してくれる。
「さんきゅー」
軽く礼を言って画面を見て……ちょっと固まってしまった。
「え、……」
思わず声に出た。
「誰?」
俺の様子に少し眉をひそめて奏太が聞いて来た。
「…慶ちゃん。侑利んとこの」
画面には「羽柴慶」と出てる。
確かに昨日、侑利とケンカしたらかけておいで、とは言ったけど……昨日の今日でほんとにかかって来るとは予想外だった。
大喧嘩でもしたのか…
とにかく、何か緊急事態なんだろう。
そうでもないと、慶ちゃんが俺に電話して来るなんて事は無いだろうし…。
「早く出てあげなよ」
奏太に急かせれ、俺も急いで通話を押す。
「もしもし、慶ちゃん?」
出るなり、確認した。
『あっ…え、と……あの、……け、慶です…』
緊張してんだろうな…
昨日あんなにガチガチだったから、俺に電話して緊張しないはずがない。
ちょっと、カタコト気味だし…。
「どした?」
『あの、…すみません…いきなり電話して……』
礼儀正しいんだ…
ちゃんとしてる、って侑利から何回も聞かされてる。
「いや、良いよ。大丈夫。それより、どしたの?侑利とケンカでもした?」
奏太は、俺の様子を食入るように見てる。
話しの内容がかなり気になってるんだろう。
『ケンカじゃ、ないんですけど……え、と…侑利くんが風邪で、』
「風邪?侑利が?」
その一言で、奏太は全てを悟った的な顔してる。
ちょっと、安心したような感じも混ざってる。
まぁ……電話番号を教えてすぐに、彼氏の友達の恋人から彼氏を頼って電話がかかって来たら……そりゃ、少なからず穏やかじゃないだろう…。
『熱があって寝てて……あ、今は家で寝てるんですけど…あの…』
緊張してて文章がうまく纏まんないんだね…
極度の緊張しいだな、こりゃ。
『声かけても起きなくて……起こすの可哀そうになって…そのままにして、買い物に来たんですけど…』
「うん」
『こういう時、どんなものがあったら良いか全然知らなくて……スーパーに来たけど……何買えば良いか分かんないし……天馬さんだったら…分かるかなって思って……』
そこか…。
…それで悩んだんだ。
……何となくだけど……侑利が惹かれたの分かるわ…。
完全に、「ほっとけない系」でしょ。
「あーなるほど、分かった。でも、俺もざっくりしか分かんねぇからさぁ、今、奏太が居るから代わって良い?」
『えっ、』
「えっ、」
隣の奏太と、電話の向こうの慶ちゃんが同じ反応をした。
「俺より詳しいと思うから」
『あのっ、天馬さんっ』
「ん?」
『…デート中だったんですか…?』
「あー、うん」
『ごめんなさいっ…邪魔しちゃって』
どんな顔してんのかが想像つくよ。
で、きっと、携帯持って頭下げてんだろうな……
「いやいや、そんなに気にしないで」
『でも…』
「とにかく、奏太に代わるね」
奏太に携帯を渡す。
「な、何?何喋れば良いの?」
こっちはこっちで動揺してるし…。
面白ぇ。
侑利は風邪だし、慶ちゃんは泣きそうに緊張してるから、笑っちゃいけないんだろうけど……状況が…何か笑える。
「侑利が熱出して寝てんだって。今1人で買い物来てるけど、風邪の時に何買ったら良いか分かんねぇんだって」
奏太は、それなら応えられると思ったのか少し安心した表情を浮かべ携帯を耳にあてた。
「もしもし、初めまして、沢渡奏太です」
ちょっと余所行きの声になってるし。
「あ……ううん、全然……こちらこそ宜しくお願いします」
だいたい、向こうで何言ってるか想像がつく。
昨日、俺に初めて会った時も、その感じだったもんな……
奏太にも、俺が昨日の慶ちゃんの様子を話してたから、今、異常に緊張してるの察知してるみたいでちょっと笑ってるし。
「風邪の時は、水分沢山摂った方が良いから……うん……スポーツドリンク系が良いよ。……そうそう……あと、食欲無かったらフルーツも良いかも……ビタミン系………えっとね、ミカンとか………バナナはご飯の代わりになると思う………それと……あ、大丈夫?」
慶ちゃん、どうしてんだろ。
メモってんのかな。
暗記してる?
俺がまとめてLINEしてやっても良いけど……それを果たしてスーパーの陳列棚から探し出せるか謎だな……とか、考えてたら、
「そっち行こうか?」
と、奏太が言って、俺をチラッと見た。
俺も、その方が良いと思うわ………
頷いて、OKを出す。
「ちょっと待ってね、…天馬、久我さんちの近くの大きなスーパー分かる?」
「分かる。ここからだったら10分くらい」
奏太は侑利んちは行った事無いけど、俺はしょっちゅう行ってるから近所もそこそこ覚えてる。
まぁ、違った意味で侑利を溺愛してるからな、俺。
これを言うといつも、巴流と大和がギャーギャー煩くなる。
みんな結局、侑利が好きなんだ。
何だか……同い年なんだけど弟みたいで、面倒見てやらねぇといけないような、お兄さん風を吹かしてしまう。
これはきっと、巴流も大和も同じ感情だと思う。
そんな末っ子感覚の侑利に「ほっとけない」と思わせる慶ちゃんは、たぶん…もう、とんでもなく頼りないんだろうな、ってマジで思う。
「あ、じゃあ行くね。…10分くらいで行けるみたい……うん、……はーい」
奏太が話を纏めた。
「入り口で待ってるって」
携帯を鞄に片付けてくれてる。
「ん、じゃ、行こっか」
俺は車を発進させた。
「すんごい緊張してた」
奏太が少し笑いながら言う。
「会ったらどうなるんだ」
「あはは、そうだね」
可笑しそうに笑う。
「はいっ、はいっ、すみませんっ、……ってそれの繰り返しなんだもん」
「はははっ、分かるわ」
俺も昨日会っただけだけど、緊張でロボット化してたもんな。
でも……
昨日の帰り際、侑利に慶ちゃんの過去をざっくりだけど聞いて……さっきロボットみたいに固まってた慶ちゃんが、そんな酷い人生を送って来たのか、って……直ぐには信じられなかった。
きっと、侑利はもっと詳しく……本人の口から最後まで聞いたから………だから、慶ちゃんを救ってやりたくて泣いたんだと思う。
人とはあまり関わって来なかったんだろう。
関わっても…嫌な事しか無かったのかも知れない。
店の金盗んだみたいに言われた事もあったって、前に聞いた。
昨日、侑利んちでコーヒーを出してくれた時、慶ちゃんの手が震えてた。
直ぐに引っ込めたけど、あんなの気付かない訳ない。
もちろん、緊張もしてるんだろうけど……それだけじゃない気がした。
今自分が居る、これまでの人生とは随分違う展開に追い付けてない…みたいな。
俺には想像もつかないけど……長い間、ずっと1人で生きて来たんだ。
俺なんかよりずっと……強いんだろうな。
「どんな人か楽しみ~」
奏太がワクワクしてる。
「あの久我さんが選んだ人だもんねっ」
「あの久我さん、って」
「えー、だってそうだよ~。久我さん今まで誰に告白されても、誰とも付き合って来なかったし」
確かにそうだ。
俺には思い当たる事がある。
きっと、あの時からだ。
俺が、侑利を怒った日。
投げやりで適当に過ごしてたアイツを怒鳴りつけた事がある。
それは、親友としてアイツに墜ちて欲しくなかったから。
一度適当になったら、どうでも良くなってくるのは何か分かる。
侑利には、ほっといても勝手に女も男も寄って来る。
でも……それじゃダメだって、俺も侑利も気付いてた。
俺の説教は侑利に響いたみたいで、その日からパタッと女遊びを止めた。
それからは、俺の知る限り誰とも付き合ってないどころか、自分を好きだと匂わせて来る人と出かける事もしていない。
だからこそ……慶ちゃんには…真面目に向き合ってんだなって分かる。
だから、涙が出るんだろう。
「僕の1個下でしょ?」
「あぁ、そうだな、ハタチって言ってたから。…でも…」
「ん?」
怒られそうだと思ったけど、言いかけてしまったから言ってみようか…。
「奏太の方が幼く見える」
チラッと見ると、複雑な表情で俺を見てる。
「僕が子供っぽいって事?」
わざとらしく拗ねる。
「そうとも言うけどさ……可愛いって事だよ」
大げさに腕をツンツン突いてフォローを入れる。
「男前の顔してそんな事言ったら、何でも治まると思ってるでしょっ」
鋭く突っ込まれた。
奏太は随分…俺に慣れたようだ。
付き合い始めの頃は、それこそ俺の事も「天馬さん」なんて呼んでて、慶ちゃんほどじゃないけど敬語で緊張しながら喋ってた。
まぁ、職場の先輩と後輩でやって来たから仕方ないけど。
付き合ってんのにかたっ苦しいのが嫌で、俺が敬語禁止にした。
それから少しずつ慣れて、今ではもう普通に話してる。
今まで敬語の奏太しか知らなかったから、急に「天馬」とか呼ばれるとギャップにやられそうになる。
「あっ、あそこ?」
スーパーの看板が見えて来て、一瞬にして機嫌を直した奏太が言った。
「あぁ、そうそう。食料品しか無いんだけど、けっこうデカいんだよ」
ウィンカーを出して駐車場に入る。
広めの駐車場をぐるっと回る感じで入り口辺りに近付いて行く。
「あっ、あの人?」
奏太が指さした先に、まさに慶ちゃんが居た。
遠くても、すんげぇ目立つ足の長さと、立ってるだけで美人な感じ。
「そう」
車を停めて、入り口に向かって歩いて行く。
「すんごいスタイル良いね、モデルさんみたい」
と、まだこちらに気付いてない慶ちゃんを見て奏太が言った。
奏太は、男にしては背が低い方で、180超えてる俺とはかなり身長差があるから、それが更に女の子っぽさを強調してる。
ちっこいとこも俺は好きなんだけど。
「超キレイ」
近付いて来て顔が見えた辺りで、奏太が俺の服を引っ張って小声で言う。
まぁ、奏太とはタイプが全然違う。
奏太は可愛い路線まっしぐらな感じだもんな。
そこら辺の女の子より女子力高いしさ。
違う方を向いてた慶ちゃんが、キョロキョロとこっちを向いて、歩いて行ってる俺らに気付いた。
ハッとした顔をして、申し訳無さそうにお辞儀をする。
「ごめん、遅くなって」
「いえっ、全然大丈夫ですっ、俺の方こそ…すみませんっ」
また頭を下げる。
「謝んないで良いって、俺らもキリの良いとこだったし」
デートを邪魔した罪悪感で一杯なんだろうな、今…。
そんな顔してるよ。
「あ、これが奏太」
奏太の肩にポンと手を置く。
「これって……あ、奏太です」
ちょっと不満そうにしながらも、直ぐに気を取り直して自己紹介してる。
「あ、羽柴慶です、宜しくお願いしますっ」
また深々と礼。
「あははっ」
奏太が笑う。
「さっき電話で、お願いしますってもう言ったよ?」
言われて、困ったように慶ちゃんが顔を上げる。
「そ、そうですよね…すみません」
「そんなに緊張しなくて良いよ」
はい、と小さな声で言って、何とか笑って見せたけど……うまく笑えてないな、こりゃ。
「侑利、酷いの?」
緊張を何とか解いてやろうと、侑利の話題を振ってみる。
「あ、えっと、昼前に測ったら38度あって」
「38?そんなあんの?」
「はい…家で寝てます」
「昨日は普通だと思ったけどなぁ」
まぁ、季節の変わり目だし、沖縄帰りで体温調節間違ったか?
「とりあえず、中入ろっか」
「そうだね~」
俺と奏太の少し後を慶ちゃんが付いて来る。
奏太は後ろを振り返り、少し止まって慶ちゃんを待つ。
俺らに挟まれてどうしたら良いのか完全に見失ってる感じだね、これは。
「緊張しないでね」
「は、はいっ」
頑張って、にっこりと笑う。
「やっぱりすっごいキレイ。こっちが緊張するよ~」
「えっ……いえ…そんな……全然……」
最後は聞こえなくなった…。
こんな、超ネガティブ美人初めて見たわ…。
「えっとねぇ、まずじゃあ、フルーツからいく?」
「あ、はいっ」
「いくらぐらい買う予定?」
「え…?」
「あ、金額。フルーツって案外するからね」
「え、と……3千円くらいまでなら…」
「おっけー」
奏太は、こういうのは割と得意だ。
今だって、慶ちゃんの買い物に付き合うついでに自分もカート押しちゃって、買い物する気満々だし。
俺んちに来る時は、料理的なのは奏太に任せてるから、勝手に買い物して来て勝手に作ってる。
俺は奏太の作る物に何の文句も無いし、買った物のチェックも特にしない。
きっと、家事も苦痛じゃ無いタイプだと思う。
俺は、苦痛でしか無いけど…。
「これぐらいかな、あんまりフルーツばっか買ってもねぇ」
「あ、はいっ」
「やっぱね、晩ご飯はうどんぐらいが良いと思うよ。風邪の時って何かご飯ってうどんのイメージ」
何だかんだ言ってる。
「天馬、今日、うちも夜うどんにしよっか。煮込みうどんみたいな」
「あぁ、良いよ」
うちも、って…
別々に住んでんのに。
奏太と一緒に住む事を考えて無い訳じゃない。
でも、住むとなったら引っ越しとかあるから、時間がある時じゃないと無理だ…。
どっちかの家に連泊する事は出来るけどさ。
奏太は、友達が家に来たりする事も多いから、自分ちは自分ちであった方が良い、って前に言ってた。
奏太の友達が来て女子会ならぬ男子会始められても、俺、どうしてたら良いんだって事になるし…。
とか考えてた間、慶ちゃんはひたすら困り顔。
「慶ちゃん、大丈夫?」
心配になって聞いてやる。
「うどん、って……どうやって…」
「あー、大丈夫大丈夫、あのね、スープの素があるから」
「も、素…」
「うん、だから絶対失敗しないよ」
奏太が安心させるように説明する。
作った事無いんだな、きっと。
……料理は全然ダメだって侑利から聞いた事がある。
まぁ、侑利がプロ級だから問題無いだろうけど。
奏太は、いつの間にか俺にカートを押させて、自分は慶ちゃんをカートごと引っ張りながら色々物色してる。
奏太はけっこう、世話好きなとこがある。
友達との話を聞くと、けっこう友達思いだな、って思わされたりする。
奏太の好きなところの1つでもあんだけど。
「慶ちゃん、これ買っときなよ」
「えっ、あ、はい」
すっかり「慶ちゃん」って呼んでるし。
「あ、ちょっと待ってて、僕取って来るものあるから」
奏太がそう言って、別の陳列棚の方へ行った。
何か買う物を思い出したんだろう。
「すごく……可愛いですね、奏太さん」
奏太が去るなり、慶ちゃんが言った。
言いたかった感出てるよ。
「そう?本人に言ってやってよ」
それは無理、とばかりにブンブン首を振る。
「あはは、首取れるわ」
俺の言葉に慶ちゃんも少し笑う。
やっぱ笑った方が良い。
「侑利、良い奴でしょ?」
「はいっ、すごくっ」
即答した。
その様子に、何だか嬉しい気分になってしまった。
「昨日、侑利んちから帰る時、俺の車までの間ちょっと話したけどさ……侑利が慶ちゃんの事、すげぇ大事に考えてんだなって分かった」
「…え…?」
急にそんな事を言われて、驚いてる。
「俺、高校時代から親友やってるから、アイツが真面目に付き合ってるかどうか分かんだ」
あまり言わないでおこう。
これ以上言うと、泣かせてしまうかも知んねぇし…
でも、最後にこれだけ。
「侑利のそばに居てやって」
慶ちゃんの、涼し気な目に涙が溜まって行くのが分かる。
やばい……結局泣かせたかな…
だけど……今だってやっぱり、手が震えてるから。
カートにカゴをセットした時とか、商品をカゴに入れる時も……震える手をバレないようにしてる。
それに気付いてしまったら……もう、何とかして幸せになって欲しいって思うしさ。
とにかく、侑利のそばに居て、笑っていて欲しいって思ってしまうんだ。
「あーーっ、ちょっと!天馬っ!何泣かせてんのっ」
奏太が帰って来た。
「え、いや、別に」
「別にじゃないよっ、何言ったのっ」
「侑利を宜しく、って言っただけだよ」
「ほんとに?」
「ごめんなさいっ、俺が勝手に、」
慶ちゃんがオロオロしてる。
「もう、泣かさないでよね」
わざとらしく怒って見せて、慶ちゃんを連れてまた買い物を始めた。
俺は「はいはい」と返事して、後は黙ってカートを押して付いて行く。
奏太は、瓶詰のバジルペーストを取って来たらしい。
旅行中、意図的に沖縄料理ばっかりを食べてたけど、ふと違うのも食べたくなって、何となく立ち寄った店で食べたバジルのパスタが美味くて、東京帰ったら作って、と俺が言ってたのを近い内実行するつもりなんだろう。
奏太はいつも、俺を一番に考えてくれてる。
だから、俺も、それに応えないとって思う。
奏太と付き合って、俺は自分の知らなかった一面にけっこう気付かされてる。
俺って、こんな事すんだ、みたいなとこ。
「こんなもんかなぁ」
慶ちゃんのカゴの中をもう一度チェックして、奏太は「うん」と頷いた。
「2千円ちょいくらいかな」
満足そうに奏太が言うのを、感心したように慶ちゃんが見てる画が、何かほのぼのしてて笑えるわ。
「あ、ありがとうございましたっ」
出口を出たところで慶ちゃんが立ち止まったので、俺と奏太は同時に振り返る。
「…ありがとうございました、って慶ちゃん、ここからどうやって帰るつもり?」
「え、っと、歩いて来たから」
「いやいや、こんな買い物袋持って侑利んちまで帰るの辛いでしょ」
ドリンク類がすんげぇ重いし。
「送ってくよ」
「えっ、いえ、大丈夫ですっ」
「いやいや、そのつもりだったし」
「や、でも、ほんとに大丈夫ですっ」
デートを邪魔してるって思ってるから、全力で遠慮して来る。
「送らないで帰したら侑利に怒られるわ」
「っ、………」
侑利の名前出したら…大人しくなった…。
「ほら、行くよ」
すみません、とか何とか言いながら、付いて来てる。
変な意味は無いけど、素直に、可愛いって思う。
慶ちゃんは、後ろの席で申し訳なさそうな顔して座ってる。
「そう言えば……慶ちゃん、石鹸使った?」
和ませようとしたのか、奏太が助手席から振り返って言う。
沖縄で、まだ知らない慶ちゃんを想像して買ったやつ。
「あ、そうだ、お礼まだ言えてなかったですっ、ありがとうございましたっ……」
「香りがね、何種類もあって迷ったんだけど……大丈夫かな、って思って」
「すごく良い香りですっ」
昨日、慶ちゃんが箱開けた時に匂って来たけど、奏太の好きそうな甘いフルーティーな香りだった。
「あれね、友達の女の子に教えて貰ったんだけど、女子の間ではずっと人気らしくてね、」
「お前、男子じゃん」
とりあえず突っ込んでおいた。
「男だってお肌には気を使わないとっ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだよー」
「俺、なんもやってねぇけど」
「……天馬はいいよ、イメージじゃないよ」
「何だよ、それ」
「慶ちゃんみたいな人に使って欲しいの」
俺らの会話を聞いて、ちょっと笑ってるし。
少しは、俺らにも慣れたかな。
vvvvv……vvvvv……vvv
慶ちゃんの携帯が鳴った。
確か…侑利と俺しか登録してないはず。
って事は、
「侑利くんっ?」
だろうな。
起きたんだ。
「起きたの?大丈夫?頭まだ痛い?熱は?」
めっちゃ聞くじゃん。
しかも、スラスラ。
「え?何?………えっと、今はねぇ…」
慶ちゃんが窓の外の景色を見て確認してる。
所在を聞かれたんだろう。
「後3分で着く」
運転席から言った。
「あ、うん、そう。奏太さんも居るよ」
この状況は、先ず読めないだろうな。
寝てる間の事だし。
侑利んちのマンションが見えて来た。
「あ、侑利くん、もう着きそうだから、とりあえず帰るね」
慶ちゃんが強引に電話を終わらせる。
普通に喋ってるの初めて見たわ。
「侑利、何だって?」
マンションの敷地に入った。
いつもだいたい空いてる来客用スペースに向かう。
「今どこ、って…」
また、緊張モードになってる慶ちゃんが、さっきの電話とは違う声色で答える。
「あはは、もう着いたしな」
今日も予想通り空いてたスペースに車を停めて、荷物を持って下りる。
慶ちゃんが重そうに持ってたドリンク類が多く入った袋を持ってやる。
「あ、」と慶ちゃんが言ったけど、ここは俺が。
とにかく、「緊張だらけの買い物」がやっと終わった。
慶ちゃんもよく頑張ったよ。
奏太とともに前を歩く慶ちゃんを、労ってやりたい気持ちで一杯だよ。
vvvvv…vvvvv…vvvvv…vvvvv…vvvvv…
「携帯鳴ってるよ?天馬のじゃない?」
奏太は自分の携帯に着信が無い事を確認し、運転席の俺に言う。
買い物に来てたショップを出ようと、エンジンをかけたところだった。
奏太が俺の鞄から携帯を取って渡してくれる。
「さんきゅー」
軽く礼を言って画面を見て……ちょっと固まってしまった。
「え、……」
思わず声に出た。
「誰?」
俺の様子に少し眉をひそめて奏太が聞いて来た。
「…慶ちゃん。侑利んとこの」
画面には「羽柴慶」と出てる。
確かに昨日、侑利とケンカしたらかけておいで、とは言ったけど……昨日の今日でほんとにかかって来るとは予想外だった。
大喧嘩でもしたのか…
とにかく、何か緊急事態なんだろう。
そうでもないと、慶ちゃんが俺に電話して来るなんて事は無いだろうし…。
「早く出てあげなよ」
奏太に急かせれ、俺も急いで通話を押す。
「もしもし、慶ちゃん?」
出るなり、確認した。
『あっ…え、と……あの、……け、慶です…』
緊張してんだろうな…
昨日あんなにガチガチだったから、俺に電話して緊張しないはずがない。
ちょっと、カタコト気味だし…。
「どした?」
『あの、…すみません…いきなり電話して……』
礼儀正しいんだ…
ちゃんとしてる、って侑利から何回も聞かされてる。
「いや、良いよ。大丈夫。それより、どしたの?侑利とケンカでもした?」
奏太は、俺の様子を食入るように見てる。
話しの内容がかなり気になってるんだろう。
『ケンカじゃ、ないんですけど……え、と…侑利くんが風邪で、』
「風邪?侑利が?」
その一言で、奏太は全てを悟った的な顔してる。
ちょっと、安心したような感じも混ざってる。
まぁ……電話番号を教えてすぐに、彼氏の友達の恋人から彼氏を頼って電話がかかって来たら……そりゃ、少なからず穏やかじゃないだろう…。
『熱があって寝てて……あ、今は家で寝てるんですけど…あの…』
緊張してて文章がうまく纏まんないんだね…
極度の緊張しいだな、こりゃ。
『声かけても起きなくて……起こすの可哀そうになって…そのままにして、買い物に来たんですけど…』
「うん」
『こういう時、どんなものがあったら良いか全然知らなくて……スーパーに来たけど……何買えば良いか分かんないし……天馬さんだったら…分かるかなって思って……』
そこか…。
…それで悩んだんだ。
……何となくだけど……侑利が惹かれたの分かるわ…。
完全に、「ほっとけない系」でしょ。
「あーなるほど、分かった。でも、俺もざっくりしか分かんねぇからさぁ、今、奏太が居るから代わって良い?」
『えっ、』
「えっ、」
隣の奏太と、電話の向こうの慶ちゃんが同じ反応をした。
「俺より詳しいと思うから」
『あのっ、天馬さんっ』
「ん?」
『…デート中だったんですか…?』
「あー、うん」
『ごめんなさいっ…邪魔しちゃって』
どんな顔してんのかが想像つくよ。
で、きっと、携帯持って頭下げてんだろうな……
「いやいや、そんなに気にしないで」
『でも…』
「とにかく、奏太に代わるね」
奏太に携帯を渡す。
「な、何?何喋れば良いの?」
こっちはこっちで動揺してるし…。
面白ぇ。
侑利は風邪だし、慶ちゃんは泣きそうに緊張してるから、笑っちゃいけないんだろうけど……状況が…何か笑える。
「侑利が熱出して寝てんだって。今1人で買い物来てるけど、風邪の時に何買ったら良いか分かんねぇんだって」
奏太は、それなら応えられると思ったのか少し安心した表情を浮かべ携帯を耳にあてた。
「もしもし、初めまして、沢渡奏太です」
ちょっと余所行きの声になってるし。
「あ……ううん、全然……こちらこそ宜しくお願いします」
だいたい、向こうで何言ってるか想像がつく。
昨日、俺に初めて会った時も、その感じだったもんな……
奏太にも、俺が昨日の慶ちゃんの様子を話してたから、今、異常に緊張してるの察知してるみたいでちょっと笑ってるし。
「風邪の時は、水分沢山摂った方が良いから……うん……スポーツドリンク系が良いよ。……そうそう……あと、食欲無かったらフルーツも良いかも……ビタミン系………えっとね、ミカンとか………バナナはご飯の代わりになると思う………それと……あ、大丈夫?」
慶ちゃん、どうしてんだろ。
メモってんのかな。
暗記してる?
俺がまとめてLINEしてやっても良いけど……それを果たしてスーパーの陳列棚から探し出せるか謎だな……とか、考えてたら、
「そっち行こうか?」
と、奏太が言って、俺をチラッと見た。
俺も、その方が良いと思うわ………
頷いて、OKを出す。
「ちょっと待ってね、…天馬、久我さんちの近くの大きなスーパー分かる?」
「分かる。ここからだったら10分くらい」
奏太は侑利んちは行った事無いけど、俺はしょっちゅう行ってるから近所もそこそこ覚えてる。
まぁ、違った意味で侑利を溺愛してるからな、俺。
これを言うといつも、巴流と大和がギャーギャー煩くなる。
みんな結局、侑利が好きなんだ。
何だか……同い年なんだけど弟みたいで、面倒見てやらねぇといけないような、お兄さん風を吹かしてしまう。
これはきっと、巴流も大和も同じ感情だと思う。
そんな末っ子感覚の侑利に「ほっとけない」と思わせる慶ちゃんは、たぶん…もう、とんでもなく頼りないんだろうな、ってマジで思う。
「あ、じゃあ行くね。…10分くらいで行けるみたい……うん、……はーい」
奏太が話を纏めた。
「入り口で待ってるって」
携帯を鞄に片付けてくれてる。
「ん、じゃ、行こっか」
俺は車を発進させた。
「すんごい緊張してた」
奏太が少し笑いながら言う。
「会ったらどうなるんだ」
「あはは、そうだね」
可笑しそうに笑う。
「はいっ、はいっ、すみませんっ、……ってそれの繰り返しなんだもん」
「はははっ、分かるわ」
俺も昨日会っただけだけど、緊張でロボット化してたもんな。
でも……
昨日の帰り際、侑利に慶ちゃんの過去をざっくりだけど聞いて……さっきロボットみたいに固まってた慶ちゃんが、そんな酷い人生を送って来たのか、って……直ぐには信じられなかった。
きっと、侑利はもっと詳しく……本人の口から最後まで聞いたから………だから、慶ちゃんを救ってやりたくて泣いたんだと思う。
人とはあまり関わって来なかったんだろう。
関わっても…嫌な事しか無かったのかも知れない。
店の金盗んだみたいに言われた事もあったって、前に聞いた。
昨日、侑利んちでコーヒーを出してくれた時、慶ちゃんの手が震えてた。
直ぐに引っ込めたけど、あんなの気付かない訳ない。
もちろん、緊張もしてるんだろうけど……それだけじゃない気がした。
今自分が居る、これまでの人生とは随分違う展開に追い付けてない…みたいな。
俺には想像もつかないけど……長い間、ずっと1人で生きて来たんだ。
俺なんかよりずっと……強いんだろうな。
「どんな人か楽しみ~」
奏太がワクワクしてる。
「あの久我さんが選んだ人だもんねっ」
「あの久我さん、って」
「えー、だってそうだよ~。久我さん今まで誰に告白されても、誰とも付き合って来なかったし」
確かにそうだ。
俺には思い当たる事がある。
きっと、あの時からだ。
俺が、侑利を怒った日。
投げやりで適当に過ごしてたアイツを怒鳴りつけた事がある。
それは、親友としてアイツに墜ちて欲しくなかったから。
一度適当になったら、どうでも良くなってくるのは何か分かる。
侑利には、ほっといても勝手に女も男も寄って来る。
でも……それじゃダメだって、俺も侑利も気付いてた。
俺の説教は侑利に響いたみたいで、その日からパタッと女遊びを止めた。
それからは、俺の知る限り誰とも付き合ってないどころか、自分を好きだと匂わせて来る人と出かける事もしていない。
だからこそ……慶ちゃんには…真面目に向き合ってんだなって分かる。
だから、涙が出るんだろう。
「僕の1個下でしょ?」
「あぁ、そうだな、ハタチって言ってたから。…でも…」
「ん?」
怒られそうだと思ったけど、言いかけてしまったから言ってみようか…。
「奏太の方が幼く見える」
チラッと見ると、複雑な表情で俺を見てる。
「僕が子供っぽいって事?」
わざとらしく拗ねる。
「そうとも言うけどさ……可愛いって事だよ」
大げさに腕をツンツン突いてフォローを入れる。
「男前の顔してそんな事言ったら、何でも治まると思ってるでしょっ」
鋭く突っ込まれた。
奏太は随分…俺に慣れたようだ。
付き合い始めの頃は、それこそ俺の事も「天馬さん」なんて呼んでて、慶ちゃんほどじゃないけど敬語で緊張しながら喋ってた。
まぁ、職場の先輩と後輩でやって来たから仕方ないけど。
付き合ってんのにかたっ苦しいのが嫌で、俺が敬語禁止にした。
それから少しずつ慣れて、今ではもう普通に話してる。
今まで敬語の奏太しか知らなかったから、急に「天馬」とか呼ばれるとギャップにやられそうになる。
「あっ、あそこ?」
スーパーの看板が見えて来て、一瞬にして機嫌を直した奏太が言った。
「あぁ、そうそう。食料品しか無いんだけど、けっこうデカいんだよ」
ウィンカーを出して駐車場に入る。
広めの駐車場をぐるっと回る感じで入り口辺りに近付いて行く。
「あっ、あの人?」
奏太が指さした先に、まさに慶ちゃんが居た。
遠くても、すんげぇ目立つ足の長さと、立ってるだけで美人な感じ。
「そう」
車を停めて、入り口に向かって歩いて行く。
「すんごいスタイル良いね、モデルさんみたい」
と、まだこちらに気付いてない慶ちゃんを見て奏太が言った。
奏太は、男にしては背が低い方で、180超えてる俺とはかなり身長差があるから、それが更に女の子っぽさを強調してる。
ちっこいとこも俺は好きなんだけど。
「超キレイ」
近付いて来て顔が見えた辺りで、奏太が俺の服を引っ張って小声で言う。
まぁ、奏太とはタイプが全然違う。
奏太は可愛い路線まっしぐらな感じだもんな。
そこら辺の女の子より女子力高いしさ。
違う方を向いてた慶ちゃんが、キョロキョロとこっちを向いて、歩いて行ってる俺らに気付いた。
ハッとした顔をして、申し訳無さそうにお辞儀をする。
「ごめん、遅くなって」
「いえっ、全然大丈夫ですっ、俺の方こそ…すみませんっ」
また頭を下げる。
「謝んないで良いって、俺らもキリの良いとこだったし」
デートを邪魔した罪悪感で一杯なんだろうな、今…。
そんな顔してるよ。
「あ、これが奏太」
奏太の肩にポンと手を置く。
「これって……あ、奏太です」
ちょっと不満そうにしながらも、直ぐに気を取り直して自己紹介してる。
「あ、羽柴慶です、宜しくお願いしますっ」
また深々と礼。
「あははっ」
奏太が笑う。
「さっき電話で、お願いしますってもう言ったよ?」
言われて、困ったように慶ちゃんが顔を上げる。
「そ、そうですよね…すみません」
「そんなに緊張しなくて良いよ」
はい、と小さな声で言って、何とか笑って見せたけど……うまく笑えてないな、こりゃ。
「侑利、酷いの?」
緊張を何とか解いてやろうと、侑利の話題を振ってみる。
「あ、えっと、昼前に測ったら38度あって」
「38?そんなあんの?」
「はい…家で寝てます」
「昨日は普通だと思ったけどなぁ」
まぁ、季節の変わり目だし、沖縄帰りで体温調節間違ったか?
「とりあえず、中入ろっか」
「そうだね~」
俺と奏太の少し後を慶ちゃんが付いて来る。
奏太は後ろを振り返り、少し止まって慶ちゃんを待つ。
俺らに挟まれてどうしたら良いのか完全に見失ってる感じだね、これは。
「緊張しないでね」
「は、はいっ」
頑張って、にっこりと笑う。
「やっぱりすっごいキレイ。こっちが緊張するよ~」
「えっ……いえ…そんな……全然……」
最後は聞こえなくなった…。
こんな、超ネガティブ美人初めて見たわ…。
「えっとねぇ、まずじゃあ、フルーツからいく?」
「あ、はいっ」
「いくらぐらい買う予定?」
「え…?」
「あ、金額。フルーツって案外するからね」
「え、と……3千円くらいまでなら…」
「おっけー」
奏太は、こういうのは割と得意だ。
今だって、慶ちゃんの買い物に付き合うついでに自分もカート押しちゃって、買い物する気満々だし。
俺んちに来る時は、料理的なのは奏太に任せてるから、勝手に買い物して来て勝手に作ってる。
俺は奏太の作る物に何の文句も無いし、買った物のチェックも特にしない。
きっと、家事も苦痛じゃ無いタイプだと思う。
俺は、苦痛でしか無いけど…。
「これぐらいかな、あんまりフルーツばっか買ってもねぇ」
「あ、はいっ」
「やっぱね、晩ご飯はうどんぐらいが良いと思うよ。風邪の時って何かご飯ってうどんのイメージ」
何だかんだ言ってる。
「天馬、今日、うちも夜うどんにしよっか。煮込みうどんみたいな」
「あぁ、良いよ」
うちも、って…
別々に住んでんのに。
奏太と一緒に住む事を考えて無い訳じゃない。
でも、住むとなったら引っ越しとかあるから、時間がある時じゃないと無理だ…。
どっちかの家に連泊する事は出来るけどさ。
奏太は、友達が家に来たりする事も多いから、自分ちは自分ちであった方が良い、って前に言ってた。
奏太の友達が来て女子会ならぬ男子会始められても、俺、どうしてたら良いんだって事になるし…。
とか考えてた間、慶ちゃんはひたすら困り顔。
「慶ちゃん、大丈夫?」
心配になって聞いてやる。
「うどん、って……どうやって…」
「あー、大丈夫大丈夫、あのね、スープの素があるから」
「も、素…」
「うん、だから絶対失敗しないよ」
奏太が安心させるように説明する。
作った事無いんだな、きっと。
……料理は全然ダメだって侑利から聞いた事がある。
まぁ、侑利がプロ級だから問題無いだろうけど。
奏太は、いつの間にか俺にカートを押させて、自分は慶ちゃんをカートごと引っ張りながら色々物色してる。
奏太はけっこう、世話好きなとこがある。
友達との話を聞くと、けっこう友達思いだな、って思わされたりする。
奏太の好きなところの1つでもあんだけど。
「慶ちゃん、これ買っときなよ」
「えっ、あ、はい」
すっかり「慶ちゃん」って呼んでるし。
「あ、ちょっと待ってて、僕取って来るものあるから」
奏太がそう言って、別の陳列棚の方へ行った。
何か買う物を思い出したんだろう。
「すごく……可愛いですね、奏太さん」
奏太が去るなり、慶ちゃんが言った。
言いたかった感出てるよ。
「そう?本人に言ってやってよ」
それは無理、とばかりにブンブン首を振る。
「あはは、首取れるわ」
俺の言葉に慶ちゃんも少し笑う。
やっぱ笑った方が良い。
「侑利、良い奴でしょ?」
「はいっ、すごくっ」
即答した。
その様子に、何だか嬉しい気分になってしまった。
「昨日、侑利んちから帰る時、俺の車までの間ちょっと話したけどさ……侑利が慶ちゃんの事、すげぇ大事に考えてんだなって分かった」
「…え…?」
急にそんな事を言われて、驚いてる。
「俺、高校時代から親友やってるから、アイツが真面目に付き合ってるかどうか分かんだ」
あまり言わないでおこう。
これ以上言うと、泣かせてしまうかも知んねぇし…
でも、最後にこれだけ。
「侑利のそばに居てやって」
慶ちゃんの、涼し気な目に涙が溜まって行くのが分かる。
やばい……結局泣かせたかな…
だけど……今だってやっぱり、手が震えてるから。
カートにカゴをセットした時とか、商品をカゴに入れる時も……震える手をバレないようにしてる。
それに気付いてしまったら……もう、何とかして幸せになって欲しいって思うしさ。
とにかく、侑利のそばに居て、笑っていて欲しいって思ってしまうんだ。
「あーーっ、ちょっと!天馬っ!何泣かせてんのっ」
奏太が帰って来た。
「え、いや、別に」
「別にじゃないよっ、何言ったのっ」
「侑利を宜しく、って言っただけだよ」
「ほんとに?」
「ごめんなさいっ、俺が勝手に、」
慶ちゃんがオロオロしてる。
「もう、泣かさないでよね」
わざとらしく怒って見せて、慶ちゃんを連れてまた買い物を始めた。
俺は「はいはい」と返事して、後は黙ってカートを押して付いて行く。
奏太は、瓶詰のバジルペーストを取って来たらしい。
旅行中、意図的に沖縄料理ばっかりを食べてたけど、ふと違うのも食べたくなって、何となく立ち寄った店で食べたバジルのパスタが美味くて、東京帰ったら作って、と俺が言ってたのを近い内実行するつもりなんだろう。
奏太はいつも、俺を一番に考えてくれてる。
だから、俺も、それに応えないとって思う。
奏太と付き合って、俺は自分の知らなかった一面にけっこう気付かされてる。
俺って、こんな事すんだ、みたいなとこ。
「こんなもんかなぁ」
慶ちゃんのカゴの中をもう一度チェックして、奏太は「うん」と頷いた。
「2千円ちょいくらいかな」
満足そうに奏太が言うのを、感心したように慶ちゃんが見てる画が、何かほのぼのしてて笑えるわ。
「あ、ありがとうございましたっ」
出口を出たところで慶ちゃんが立ち止まったので、俺と奏太は同時に振り返る。
「…ありがとうございました、って慶ちゃん、ここからどうやって帰るつもり?」
「え、っと、歩いて来たから」
「いやいや、こんな買い物袋持って侑利んちまで帰るの辛いでしょ」
ドリンク類がすんげぇ重いし。
「送ってくよ」
「えっ、いえ、大丈夫ですっ」
「いやいや、そのつもりだったし」
「や、でも、ほんとに大丈夫ですっ」
デートを邪魔してるって思ってるから、全力で遠慮して来る。
「送らないで帰したら侑利に怒られるわ」
「っ、………」
侑利の名前出したら…大人しくなった…。
「ほら、行くよ」
すみません、とか何とか言いながら、付いて来てる。
変な意味は無いけど、素直に、可愛いって思う。
慶ちゃんは、後ろの席で申し訳なさそうな顔して座ってる。
「そう言えば……慶ちゃん、石鹸使った?」
和ませようとしたのか、奏太が助手席から振り返って言う。
沖縄で、まだ知らない慶ちゃんを想像して買ったやつ。
「あ、そうだ、お礼まだ言えてなかったですっ、ありがとうございましたっ……」
「香りがね、何種類もあって迷ったんだけど……大丈夫かな、って思って」
「すごく良い香りですっ」
昨日、慶ちゃんが箱開けた時に匂って来たけど、奏太の好きそうな甘いフルーティーな香りだった。
「あれね、友達の女の子に教えて貰ったんだけど、女子の間ではずっと人気らしくてね、」
「お前、男子じゃん」
とりあえず突っ込んでおいた。
「男だってお肌には気を使わないとっ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだよー」
「俺、なんもやってねぇけど」
「……天馬はいいよ、イメージじゃないよ」
「何だよ、それ」
「慶ちゃんみたいな人に使って欲しいの」
俺らの会話を聞いて、ちょっと笑ってるし。
少しは、俺らにも慣れたかな。
vvvvv……vvvvv……vvv
慶ちゃんの携帯が鳴った。
確か…侑利と俺しか登録してないはず。
って事は、
「侑利くんっ?」
だろうな。
起きたんだ。
「起きたの?大丈夫?頭まだ痛い?熱は?」
めっちゃ聞くじゃん。
しかも、スラスラ。
「え?何?………えっと、今はねぇ…」
慶ちゃんが窓の外の景色を見て確認してる。
所在を聞かれたんだろう。
「後3分で着く」
運転席から言った。
「あ、うん、そう。奏太さんも居るよ」
この状況は、先ず読めないだろうな。
寝てる間の事だし。
侑利んちのマンションが見えて来た。
「あ、侑利くん、もう着きそうだから、とりあえず帰るね」
慶ちゃんが強引に電話を終わらせる。
普通に喋ってるの初めて見たわ。
「侑利、何だって?」
マンションの敷地に入った。
いつもだいたい空いてる来客用スペースに向かう。
「今どこ、って…」
また、緊張モードになってる慶ちゃんが、さっきの電話とは違う声色で答える。
「あはは、もう着いたしな」
今日も予想通り空いてたスペースに車を停めて、荷物を持って下りる。
慶ちゃんが重そうに持ってたドリンク類が多く入った袋を持ってやる。
「あ、」と慶ちゃんが言ったけど、ここは俺が。
とにかく、「緊張だらけの買い物」がやっと終わった。
慶ちゃんもよく頑張ったよ。
奏太とともに前を歩く慶ちゃんを、労ってやりたい気持ちで一杯だよ。
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