16 / 74
「…俺はいつでも優しいの」
しおりを挟む
夜は……久々に、慶とベッドで寝た。
昨日は、ソファで寝てたから……布団に包まれる感じは、やっぱり良い。
「…やっぱり…侑利くんが居ると全然違う」
寝る前に、顔にかかる焦げ茶の前髪を、少し鬱陶しそうに指で払いながら慶が言った。
「何が」
それでも、ハラリと落ちて来る前髪を今度は俺が指先で掬って退けると、慶は少し擽ったそうに目を閉じた。
「…1人だとね……結構…広いんだよ、このベッド……」
寝る直前の、少し掠れた声。
慶の体を自分の方へ引き寄せる。
「…狭いぐらいが良い?」
「うん」
即答した慶が可愛い。
重い瞬きを数回……もう、だいぶ眠そうな慶の唇を塞ぐと、その感触に一瞬目を開けたけど……その後は、また目を閉じた。
俺は、キスを止めず……慶が抵抗しないのを良い事に、少し深いソレに変えて行く。
半分、眠りに入ってるであろう慶の手が、やんわりと俺の腕を掴むけど…押し返す力は無さそうだった。
「………ん、……っ、」
少し苦しそうで……でも、かなり色気を含んだ声が慶の口から漏れる。
もうきっと、意識は落ちただろう。
最後に、軽くキスをして、離れる。
今日は「おやすみ」が聞けなかったな、などと思いつつ……俺も、目を閉じた。
で、朝、目覚めてみたら…………何かちょっと……風邪っぽい。
原因は何となく分かってる。
一昨日、ソファで寝た時……朝起きて、寒いって思ったんだ。
背中がゾクッと。
昨日は、少し寒気を感じたぐらいで、特に体調の変化は無かったからあんまり気にしてなかったけど……
久々に風邪引いたかな……っていう感じの目覚め。
ちょっと喉に違和感。
体も、少しだけ怠い気がする。
さて、どうしよう…。
隣で寝てたはずの恋人は既に居ない。
リビングから聞こえて来てる音で、所在は確認出来る。
きっと、お湯を沸かしてコーヒーの準備とかしてんだろうな…。
ここで俺が、風邪引いたとか言ったら……激しく動揺しそうだな、アイツ…。
時計を見ると、10時過ぎ。
……決して早い時間ではない。
BIRTHに行き初めてからずっと…こういうサイクルだ。
夜働いてると、どうしてもそうなる。
早起きとは無縁だな……などと、思っているところで、遠慮がちに寝室のドアが開いた。
何となく、寝てるふりをして様子を伺う。
声を掛ける事なく、静かにベッドまでやって来た気配。
俺が潜ってる布団をそっとずらして、まだ寝てるか確認してる。
「おーい、朝だよ~」
まだ、あまり起こすつもりのないような小さな声で言って、昨晩俺がやったように、目にかかった俺の髪を指先で払ってる。
こんな事、すんだ。
上手く表現出来ないけど……一気に愛おしさが増す。
前触れも無く、突然飛び付いて抑え込んでやった。
「ぅ、わーーっ!!ちょっ、ちょっと、侑利くんっ!!」
あはは、焦ってる。
焦った勢いで、俺の頭やら顔やらをバシバシ叩いて来る。
「いてっ、お前っ、」
今度は飛び退いてベッドに伏せて応戦する。
「もぉーーーっ!!!すっげぇびっくりしたじゃんっ!!心臓バクバクなんですけどっ!!」
叩きに加えて、得意の蹴りも入れて来る。
意外と、肉体的ダメージ与えて来るよな…。
布団に顔を伏せたまま、焦り様を笑ってやったらもう1発殴られた。
「も~、まだ、ドキドキしてるし」
「あはは…面白ぇ」
「面白くないよ、全然」
「またやろ」
「こんな事するんだったら、一緒に寝てやんないからねっ」
すんげぇ上から目線発言。
俺が頼んで一緒に寝て貰ってるみたいじゃん。
とは言え、一緒に寝られなくなるのは困る。
「え~……じゃ、やんねぇ」
俺がそう言うと、仰向けになってバクバクを押さえようとしてた慶が、ガバッと飛び起きた。
「えっ、何?なになに?今のっ」
何だよ…
「一緒に寝て欲しいの~?も~何だよぉ~~、侑利くん、めっちゃ可愛いじゃ~ん」
……なめられてんな、俺。
いや、遊ばれてんのか…
も~、とか言いながら、俺の体をツンツンして来る。
昨日の、ガチガチに緊張した姿しか知らない天馬に見せてやりてぇわ、今のお前を。
「とにかく、朝だよ」
思い出したように言う。
ベッドから体を起こし、俺の上にかかってた布団を退けて起床を促され、少しだけ怠い体をゆっくりと起こした。
「ちょっと、風邪っぽい」
慶が焼いてくれたトーストを食べながら、サラッと言った。
「えっ?風邪?熱は?どっか痛い?大丈夫?」
……めっちゃ聞き返された気がするけど…。
「しんどいの?」
心配そうに聞いて来る。
「や、そんなでもない」
「病院は?」
「今日、日曜」
「薬ないの?」
「ない」
もう、朝ご飯どころじゃなくなってる慶は、トーストを食べる手が完全に止まってる。
「あー、でも、多分ゆっくりしてれば大丈夫だよ。とりあえず、それ食いな」
慶は、ずっと手に乗せてるトーストを思い出し、一口噛み付いた。
ピピピ…と小さな電子音がなり、脇に挟んだ体温計を引き抜く。
37.8度。
思ったよりあるな…
「侑利くん、しんどかったら寝てなよ」
隣から体温計を覗き込んで、慶が言う。
「寝る程しんどくねぇけど」
「ほんとに?」
ちょっと困ったような表情で俺を見て来る。
「寒くない?」
寒くないか、と聞かれると……答えは…「寒い」になるだろうな。
背中はさっきからゾクゾクしてる。
この感じからして……この後、熱が上がるパターンかも…。
久しく風邪なんか引いてなかったから、自分でも対処に困る。
「寒い」
「えっ??」
俺の答えが意外だったのか、慶が凄い勢いで聞き返して来た。
「寒いの?」
「ちょっと」
慶はいそいそと寝室に入って行ったかと思うと……衣装ケースに片付けてあったタオルケットを1枚持って来て、俺を包むようにかけた。
けっこう、尽くすタイプだな、きっと。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫」
フラつく訳でもないし、気持ち悪いとかもない。
ただ、ちょっとだけ怠くて、寒気がするだけだ。
あとは普段とそんなに変わらない。
ソファに横になってしばらくゆっくりしていたら、その前に慶が腰を下ろし、いつものように三角座りをしてる。
昨日買った旅の情報誌を膝を立てた足に置いて、ペラペラとページを捲る。
「どっか良いとこあった?」
「温泉が良いかなぁ~とか思ってるんだよね~」
俺は横になったままで、慶の捲ってる情報誌を覗き込む。
温泉とか、渋いじゃん。
テーマパーク的なとこ選びそうだけどな。
「温泉行った事ないし。侑利くんは行った事ある?」
「あー、あるよ」
温泉は、割とある。
子供の頃の親との旅行はだいたい温泉がセットだったし、高校の卒業旅行や大人になってからも数回、日帰りで行ったな。
慶は……普通に生活してたら必然的に経験するだろうと思ってるような事でも、初めてだったりする。
それは生活の些細な事から始まって、今見てる旅行のように出かける類のものまで、ほんとに沢山…未経験な事がある。
慶に全く愛情をかけなかった両親の事を考えると、腹が立って来て仕方ないけど……それは今はどうにもならない事で……慶が、死にたいと思うほどの気持ちを抱いて生きて来たという事が紛れもない事実。
今もずっと、きっと、昨日の事のようにはっきりと記憶に残ってるんだと思う。
家族との思い出って、普通は楽しいもんだから…。
「温泉だったら泊まりにしようぜ」
俺が言うと、慶は途端に嬉しそうな表情。
そういうのがいちいち俺を喜ばせんだよ…。
俺も、けっこう単純だからさ……好きな相手が幸せそうな顔してたら嬉しくもなる。
「えー、ちょっと、楽しみになって来た~」
温泉特集ページに戻って、細部までめっちゃ見てる。
「場所が分かんないけど…近くに楽しいとことかあるのかな…」
ブツブツ言ってる。
楽しそうだね、お前。
まだ出会って少ししか経ってないけど……もう、一緒に住んでさ……友達期間とか無くて行き成り好きになって……久しぶりに、自分から好きになった気がする。
今までのほとんどは……相手が好きだと言って来て、特に嫌いじゃないから付き合ってた、みたいなとこあったけど、やっぱ自分が好きになった相手って何か違う。
付き合い方も、相手に対する気持ちも全部、相手優先で……喜んで欲しいし、幸せでいて欲しいし、好きだと言って欲しい。
俺って、こんな奴だったかな……
とにかく、慶は、俺が今まで出会って来た人全ての中で、一番真面目に一生懸命生きている。
まだ二十歳。
俺が慶なら……生きる希望を見失って………きっともう死んでる。
いや、死ぬような勇気無いかもな……。
「…くん、…侑利くんっ」
「え…」
慶に呼ばれてた。
考え事してたらボーッとしてたわ。
「聞いてなかったなーっ」
慶が少し拗ねた口調で俺を振り返る。
「あ、悪い、何」
「もー、俺めっちゃ喋ったのにぃ。…あ、もしかして…しんどいの?」
お前の事を考えてただけなんだけど、風邪の方向に持ってったからそれに乗っかろう。
「あー、ちょっと」
「え、大丈夫?ごめんね、うるさかった?」
心配してる。
「煩くはねぇよ」
ただ、せっかくタオルケット持って来てくれたけど、残念ながらずっと背中は寒いし、何ならちょっと頭痛もして来てんだよ。
風邪っぽさ増してるわ…。
「もう1回熱測ってみてよ」
慶に体温計を渡される。
「さっき測ったじゃん」
「上がって来てたら布団で寝た方が良いよ」
言われるままに体温計を挟む。
熱には割と強い方だけど……頭痛はちょっと無理かも…。
ピピピ…
計測完了の合図。
「どう?」
「…38ジャスト」
「上がってるじゃん」
瞬時に腕を引っ張って起こされる。
「布団で温かくして寝てなきゃダメだよ」
引っ張り起こされて立ったと同時に、頭のどこかが脈打つ感じに痛み、思わず眉間を寄せた。
「大丈夫?頭痛いの?」
よく見てる。
「頭痛い」
「頭痛薬ないの?」
「あー…切らしてると思う」
「俺、買って来ようか?」
想像以上に心配性だぞ。
「寝たら治ると思う」
寝室に入りベッドに横になる。
横になった瞬間に、また頭が脈打ってる。
鈍い痛み……これ、苦手なやつだ…。
慶が布団を丁寧にかけてくれてる。
「大丈夫?……心配なんだけど…」
心配、と言われて思わす閉じていた目を開けた。
「優しいじゃん」
「…俺はいつでも優しいの」
そう言って、フフと笑った慶が可愛くて、ベッドについた腕を引っ張る。
「わ、」
短く言ってバランスを崩した体を抱え込むようにして引き寄せた。
「ちょっと、危な、」
そこまで言ったところで唇をふさぐと、素直に大人しくなった。
「風邪、移したかもな…」
「…かもね」
「移ってたら、看病してやる」
「えー…じゃあ、早く移んないかな~」
やべぇ……
可愛い。
ハマる…。
「…寝れそう?」
ニコニコ笑ってたのに、もう心配そうな顔して聞いて来る。
「んー、多分…寝れそう」
「そっか、良かった」
「慶は…何すんの?」
「んー…分かんないけど……温泉決めとく」
最後に、あはは、と緩い笑いを付け足して慶が体を起こす。
抱き枕的に、ずっと居て欲しいと思ったけど……拘束すんのも可哀そうだし、仕方なく開放した。
一度出て行って、携帯とペットボトルの水を持って来て、サイドテーブルに置いてくれた。
「用があったら言ってね」
「おぅ」
「寝るんだよ」
「ん」
「じゃあね」
じゃあね、と言われて、少しだけ寂しい気持ちになった俺って……だいぶイカれてんな…。
熱と頭痛がそうさせんのかも…。
慶が出て行った。
寝室のドアは少し開けてある。
依然、背中は寒くて……布団を頭まで被って、目を閉じる。
頭もズキズキ痛み……きっと、険しい顔をしてんだろうな、今。
どれぐらいか……
そんなに時間をかけず……俺は、眠ってしまったようだった。
昨日は、ソファで寝てたから……布団に包まれる感じは、やっぱり良い。
「…やっぱり…侑利くんが居ると全然違う」
寝る前に、顔にかかる焦げ茶の前髪を、少し鬱陶しそうに指で払いながら慶が言った。
「何が」
それでも、ハラリと落ちて来る前髪を今度は俺が指先で掬って退けると、慶は少し擽ったそうに目を閉じた。
「…1人だとね……結構…広いんだよ、このベッド……」
寝る直前の、少し掠れた声。
慶の体を自分の方へ引き寄せる。
「…狭いぐらいが良い?」
「うん」
即答した慶が可愛い。
重い瞬きを数回……もう、だいぶ眠そうな慶の唇を塞ぐと、その感触に一瞬目を開けたけど……その後は、また目を閉じた。
俺は、キスを止めず……慶が抵抗しないのを良い事に、少し深いソレに変えて行く。
半分、眠りに入ってるであろう慶の手が、やんわりと俺の腕を掴むけど…押し返す力は無さそうだった。
「………ん、……っ、」
少し苦しそうで……でも、かなり色気を含んだ声が慶の口から漏れる。
もうきっと、意識は落ちただろう。
最後に、軽くキスをして、離れる。
今日は「おやすみ」が聞けなかったな、などと思いつつ……俺も、目を閉じた。
で、朝、目覚めてみたら…………何かちょっと……風邪っぽい。
原因は何となく分かってる。
一昨日、ソファで寝た時……朝起きて、寒いって思ったんだ。
背中がゾクッと。
昨日は、少し寒気を感じたぐらいで、特に体調の変化は無かったからあんまり気にしてなかったけど……
久々に風邪引いたかな……っていう感じの目覚め。
ちょっと喉に違和感。
体も、少しだけ怠い気がする。
さて、どうしよう…。
隣で寝てたはずの恋人は既に居ない。
リビングから聞こえて来てる音で、所在は確認出来る。
きっと、お湯を沸かしてコーヒーの準備とかしてんだろうな…。
ここで俺が、風邪引いたとか言ったら……激しく動揺しそうだな、アイツ…。
時計を見ると、10時過ぎ。
……決して早い時間ではない。
BIRTHに行き初めてからずっと…こういうサイクルだ。
夜働いてると、どうしてもそうなる。
早起きとは無縁だな……などと、思っているところで、遠慮がちに寝室のドアが開いた。
何となく、寝てるふりをして様子を伺う。
声を掛ける事なく、静かにベッドまでやって来た気配。
俺が潜ってる布団をそっとずらして、まだ寝てるか確認してる。
「おーい、朝だよ~」
まだ、あまり起こすつもりのないような小さな声で言って、昨晩俺がやったように、目にかかった俺の髪を指先で払ってる。
こんな事、すんだ。
上手く表現出来ないけど……一気に愛おしさが増す。
前触れも無く、突然飛び付いて抑え込んでやった。
「ぅ、わーーっ!!ちょっ、ちょっと、侑利くんっ!!」
あはは、焦ってる。
焦った勢いで、俺の頭やら顔やらをバシバシ叩いて来る。
「いてっ、お前っ、」
今度は飛び退いてベッドに伏せて応戦する。
「もぉーーーっ!!!すっげぇびっくりしたじゃんっ!!心臓バクバクなんですけどっ!!」
叩きに加えて、得意の蹴りも入れて来る。
意外と、肉体的ダメージ与えて来るよな…。
布団に顔を伏せたまま、焦り様を笑ってやったらもう1発殴られた。
「も~、まだ、ドキドキしてるし」
「あはは…面白ぇ」
「面白くないよ、全然」
「またやろ」
「こんな事するんだったら、一緒に寝てやんないからねっ」
すんげぇ上から目線発言。
俺が頼んで一緒に寝て貰ってるみたいじゃん。
とは言え、一緒に寝られなくなるのは困る。
「え~……じゃ、やんねぇ」
俺がそう言うと、仰向けになってバクバクを押さえようとしてた慶が、ガバッと飛び起きた。
「えっ、何?なになに?今のっ」
何だよ…
「一緒に寝て欲しいの~?も~何だよぉ~~、侑利くん、めっちゃ可愛いじゃ~ん」
……なめられてんな、俺。
いや、遊ばれてんのか…
も~、とか言いながら、俺の体をツンツンして来る。
昨日の、ガチガチに緊張した姿しか知らない天馬に見せてやりてぇわ、今のお前を。
「とにかく、朝だよ」
思い出したように言う。
ベッドから体を起こし、俺の上にかかってた布団を退けて起床を促され、少しだけ怠い体をゆっくりと起こした。
「ちょっと、風邪っぽい」
慶が焼いてくれたトーストを食べながら、サラッと言った。
「えっ?風邪?熱は?どっか痛い?大丈夫?」
……めっちゃ聞き返された気がするけど…。
「しんどいの?」
心配そうに聞いて来る。
「や、そんなでもない」
「病院は?」
「今日、日曜」
「薬ないの?」
「ない」
もう、朝ご飯どころじゃなくなってる慶は、トーストを食べる手が完全に止まってる。
「あー、でも、多分ゆっくりしてれば大丈夫だよ。とりあえず、それ食いな」
慶は、ずっと手に乗せてるトーストを思い出し、一口噛み付いた。
ピピピ…と小さな電子音がなり、脇に挟んだ体温計を引き抜く。
37.8度。
思ったよりあるな…
「侑利くん、しんどかったら寝てなよ」
隣から体温計を覗き込んで、慶が言う。
「寝る程しんどくねぇけど」
「ほんとに?」
ちょっと困ったような表情で俺を見て来る。
「寒くない?」
寒くないか、と聞かれると……答えは…「寒い」になるだろうな。
背中はさっきからゾクゾクしてる。
この感じからして……この後、熱が上がるパターンかも…。
久しく風邪なんか引いてなかったから、自分でも対処に困る。
「寒い」
「えっ??」
俺の答えが意外だったのか、慶が凄い勢いで聞き返して来た。
「寒いの?」
「ちょっと」
慶はいそいそと寝室に入って行ったかと思うと……衣装ケースに片付けてあったタオルケットを1枚持って来て、俺を包むようにかけた。
けっこう、尽くすタイプだな、きっと。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫」
フラつく訳でもないし、気持ち悪いとかもない。
ただ、ちょっとだけ怠くて、寒気がするだけだ。
あとは普段とそんなに変わらない。
ソファに横になってしばらくゆっくりしていたら、その前に慶が腰を下ろし、いつものように三角座りをしてる。
昨日買った旅の情報誌を膝を立てた足に置いて、ペラペラとページを捲る。
「どっか良いとこあった?」
「温泉が良いかなぁ~とか思ってるんだよね~」
俺は横になったままで、慶の捲ってる情報誌を覗き込む。
温泉とか、渋いじゃん。
テーマパーク的なとこ選びそうだけどな。
「温泉行った事ないし。侑利くんは行った事ある?」
「あー、あるよ」
温泉は、割とある。
子供の頃の親との旅行はだいたい温泉がセットだったし、高校の卒業旅行や大人になってからも数回、日帰りで行ったな。
慶は……普通に生活してたら必然的に経験するだろうと思ってるような事でも、初めてだったりする。
それは生活の些細な事から始まって、今見てる旅行のように出かける類のものまで、ほんとに沢山…未経験な事がある。
慶に全く愛情をかけなかった両親の事を考えると、腹が立って来て仕方ないけど……それは今はどうにもならない事で……慶が、死にたいと思うほどの気持ちを抱いて生きて来たという事が紛れもない事実。
今もずっと、きっと、昨日の事のようにはっきりと記憶に残ってるんだと思う。
家族との思い出って、普通は楽しいもんだから…。
「温泉だったら泊まりにしようぜ」
俺が言うと、慶は途端に嬉しそうな表情。
そういうのがいちいち俺を喜ばせんだよ…。
俺も、けっこう単純だからさ……好きな相手が幸せそうな顔してたら嬉しくもなる。
「えー、ちょっと、楽しみになって来た~」
温泉特集ページに戻って、細部までめっちゃ見てる。
「場所が分かんないけど…近くに楽しいとことかあるのかな…」
ブツブツ言ってる。
楽しそうだね、お前。
まだ出会って少ししか経ってないけど……もう、一緒に住んでさ……友達期間とか無くて行き成り好きになって……久しぶりに、自分から好きになった気がする。
今までのほとんどは……相手が好きだと言って来て、特に嫌いじゃないから付き合ってた、みたいなとこあったけど、やっぱ自分が好きになった相手って何か違う。
付き合い方も、相手に対する気持ちも全部、相手優先で……喜んで欲しいし、幸せでいて欲しいし、好きだと言って欲しい。
俺って、こんな奴だったかな……
とにかく、慶は、俺が今まで出会って来た人全ての中で、一番真面目に一生懸命生きている。
まだ二十歳。
俺が慶なら……生きる希望を見失って………きっともう死んでる。
いや、死ぬような勇気無いかもな……。
「…くん、…侑利くんっ」
「え…」
慶に呼ばれてた。
考え事してたらボーッとしてたわ。
「聞いてなかったなーっ」
慶が少し拗ねた口調で俺を振り返る。
「あ、悪い、何」
「もー、俺めっちゃ喋ったのにぃ。…あ、もしかして…しんどいの?」
お前の事を考えてただけなんだけど、風邪の方向に持ってったからそれに乗っかろう。
「あー、ちょっと」
「え、大丈夫?ごめんね、うるさかった?」
心配してる。
「煩くはねぇよ」
ただ、せっかくタオルケット持って来てくれたけど、残念ながらずっと背中は寒いし、何ならちょっと頭痛もして来てんだよ。
風邪っぽさ増してるわ…。
「もう1回熱測ってみてよ」
慶に体温計を渡される。
「さっき測ったじゃん」
「上がって来てたら布団で寝た方が良いよ」
言われるままに体温計を挟む。
熱には割と強い方だけど……頭痛はちょっと無理かも…。
ピピピ…
計測完了の合図。
「どう?」
「…38ジャスト」
「上がってるじゃん」
瞬時に腕を引っ張って起こされる。
「布団で温かくして寝てなきゃダメだよ」
引っ張り起こされて立ったと同時に、頭のどこかが脈打つ感じに痛み、思わず眉間を寄せた。
「大丈夫?頭痛いの?」
よく見てる。
「頭痛い」
「頭痛薬ないの?」
「あー…切らしてると思う」
「俺、買って来ようか?」
想像以上に心配性だぞ。
「寝たら治ると思う」
寝室に入りベッドに横になる。
横になった瞬間に、また頭が脈打ってる。
鈍い痛み……これ、苦手なやつだ…。
慶が布団を丁寧にかけてくれてる。
「大丈夫?……心配なんだけど…」
心配、と言われて思わす閉じていた目を開けた。
「優しいじゃん」
「…俺はいつでも優しいの」
そう言って、フフと笑った慶が可愛くて、ベッドについた腕を引っ張る。
「わ、」
短く言ってバランスを崩した体を抱え込むようにして引き寄せた。
「ちょっと、危な、」
そこまで言ったところで唇をふさぐと、素直に大人しくなった。
「風邪、移したかもな…」
「…かもね」
「移ってたら、看病してやる」
「えー…じゃあ、早く移んないかな~」
やべぇ……
可愛い。
ハマる…。
「…寝れそう?」
ニコニコ笑ってたのに、もう心配そうな顔して聞いて来る。
「んー、多分…寝れそう」
「そっか、良かった」
「慶は…何すんの?」
「んー…分かんないけど……温泉決めとく」
最後に、あはは、と緩い笑いを付け足して慶が体を起こす。
抱き枕的に、ずっと居て欲しいと思ったけど……拘束すんのも可哀そうだし、仕方なく開放した。
一度出て行って、携帯とペットボトルの水を持って来て、サイドテーブルに置いてくれた。
「用があったら言ってね」
「おぅ」
「寝るんだよ」
「ん」
「じゃあね」
じゃあね、と言われて、少しだけ寂しい気持ちになった俺って……だいぶイカれてんな…。
熱と頭痛がそうさせんのかも…。
慶が出て行った。
寝室のドアは少し開けてある。
依然、背中は寒くて……布団を頭まで被って、目を閉じる。
頭もズキズキ痛み……きっと、険しい顔をしてんだろうな、今。
どれぐらいか……
そんなに時間をかけず……俺は、眠ってしまったようだった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!
三崎こはく
BL
サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、
果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。
ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。
大変なことをしてしまったと焦る春臣。
しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?
イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪
※別サイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる