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「…俺はいつでも優しいの」

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夜は……久々に、慶とベッドで寝た。

昨日は、ソファで寝てたから……布団に包まれる感じは、やっぱり良い。


「…やっぱり…侑利くんが居ると全然違う」

寝る前に、顔にかかる焦げ茶の前髪を、少し鬱陶しそうに指で払いながら慶が言った。

「何が」

それでも、ハラリと落ちて来る前髪を今度は俺が指先で掬って退けると、慶は少し擽ったそうに目を閉じた。

「…1人だとね……結構…広いんだよ、このベッド……」

寝る直前の、少し掠れた声。
慶の体を自分の方へ引き寄せる。

「…狭いぐらいが良い?」
「うん」

即答した慶が可愛い。

重い瞬きを数回……もう、だいぶ眠そうな慶の唇を塞ぐと、その感触に一瞬目を開けたけど……その後は、また目を閉じた。

俺は、キスを止めず……慶が抵抗しないのを良い事に、少し深いソレに変えて行く。

半分、眠りに入ってるであろう慶の手が、やんわりと俺の腕を掴むけど…押し返す力は無さそうだった。

「………ん、……っ、」

少し苦しそうで……でも、かなり色気を含んだ声が慶の口から漏れる。
もうきっと、意識は落ちただろう。

最後に、軽くキスをして、離れる。

今日は「おやすみ」が聞けなかったな、などと思いつつ……俺も、目を閉じた。









で、朝、目覚めてみたら…………何かちょっと……風邪っぽい。

原因は何となく分かってる。

一昨日、ソファで寝た時……朝起きて、寒いって思ったんだ。
背中がゾクッと。

昨日は、少し寒気を感じたぐらいで、特に体調の変化は無かったからあんまり気にしてなかったけど……
久々に風邪引いたかな……っていう感じの目覚め。

ちょっと喉に違和感。
体も、少しだけ怠い気がする。


さて、どうしよう…。

隣で寝てたはずの恋人は既に居ない。
リビングから聞こえて来てる音で、所在は確認出来る。

きっと、お湯を沸かしてコーヒーの準備とかしてんだろうな…。
ここで俺が、風邪引いたとか言ったら……激しく動揺しそうだな、アイツ…。


時計を見ると、10時過ぎ。

……決して早い時間ではない。

BIRTHに行き初めてからずっと…こういうサイクルだ。
夜働いてると、どうしてもそうなる。

早起きとは無縁だな……などと、思っているところで、遠慮がちに寝室のドアが開いた。
何となく、寝てるふりをして様子を伺う。

声を掛ける事なく、静かにベッドまでやって来た気配。
俺が潜ってる布団をそっとずらして、まだ寝てるか確認してる。

「おーい、朝だよ~」

まだ、あまり起こすつもりのないような小さな声で言って、昨晩俺がやったように、目にかかった俺の髪を指先で払ってる。

こんな事、すんだ。

上手く表現出来ないけど……一気に愛おしさが増す。
前触れも無く、突然飛び付いて抑え込んでやった。

「ぅ、わーーっ!!ちょっ、ちょっと、侑利くんっ!!」

あはは、焦ってる。
焦った勢いで、俺の頭やら顔やらをバシバシ叩いて来る。

「いてっ、お前っ、」

今度は飛び退いてベッドに伏せて応戦する。

「もぉーーーっ!!!すっげぇびっくりしたじゃんっ!!心臓バクバクなんですけどっ!!」

叩きに加えて、得意の蹴りも入れて来る。
意外と、肉体的ダメージ与えて来るよな…。

布団に顔を伏せたまま、焦り様を笑ってやったらもう1発殴られた。

「も~、まだ、ドキドキしてるし」
「あはは…面白ぇ」
「面白くないよ、全然」
「またやろ」
「こんな事するんだったら、一緒に寝てやんないからねっ」

すんげぇ上から目線発言。
俺が頼んで一緒に寝て貰ってるみたいじゃん。

とは言え、一緒に寝られなくなるのは困る。

「え~……じゃ、やんねぇ」

俺がそう言うと、仰向けになってバクバクを押さえようとしてた慶が、ガバッと飛び起きた。

「えっ、何?なになに?今のっ」

何だよ…

「一緒に寝て欲しいの~?も~何だよぉ~~、侑利くん、めっちゃ可愛いじゃ~ん」

……なめられてんな、俺。
いや、遊ばれてんのか…

も~、とか言いながら、俺の体をツンツンして来る。
昨日の、ガチガチに緊張した姿しか知らない天馬に見せてやりてぇわ、今のお前を。

「とにかく、朝だよ」

思い出したように言う。
ベッドから体を起こし、俺の上にかかってた布団を退けて起床を促され、少しだけ怠い体をゆっくりと起こした。






「ちょっと、風邪っぽい」

慶が焼いてくれたトーストを食べながら、サラッと言った。

「えっ?風邪?熱は?どっか痛い?大丈夫?」

……めっちゃ聞き返された気がするけど…。

「しんどいの?」

心配そうに聞いて来る。

「や、そんなでもない」
「病院は?」
「今日、日曜」
「薬ないの?」
「ない」

もう、朝ご飯どころじゃなくなってる慶は、トーストを食べる手が完全に止まってる。

「あー、でも、多分ゆっくりしてれば大丈夫だよ。とりあえず、それ食いな」

慶は、ずっと手に乗せてるトーストを思い出し、一口噛み付いた。



ピピピ…と小さな電子音がなり、脇に挟んだ体温計を引き抜く。

37.8度。
思ったよりあるな…

「侑利くん、しんどかったら寝てなよ」

隣から体温計を覗き込んで、慶が言う。

「寝る程しんどくねぇけど」
「ほんとに?」

ちょっと困ったような表情で俺を見て来る。

「寒くない?」

寒くないか、と聞かれると……答えは…「寒い」になるだろうな。
背中はさっきからゾクゾクしてる。

この感じからして……この後、熱が上がるパターンかも…。
久しく風邪なんか引いてなかったから、自分でも対処に困る。

「寒い」
「えっ??」

俺の答えが意外だったのか、慶が凄い勢いで聞き返して来た。

「寒いの?」
「ちょっと」

慶はいそいそと寝室に入って行ったかと思うと……衣装ケースに片付けてあったタオルケットを1枚持って来て、俺を包むようにかけた。

けっこう、尽くすタイプだな、きっと。

「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫」

フラつく訳でもないし、気持ち悪いとかもない。

ただ、ちょっとだけ怠くて、寒気がするだけだ。
あとは普段とそんなに変わらない。




ソファに横になってしばらくゆっくりしていたら、その前に慶が腰を下ろし、いつものように三角座りをしてる。
昨日買った旅の情報誌を膝を立てた足に置いて、ペラペラとページを捲る。

「どっか良いとこあった?」
「温泉が良いかなぁ~とか思ってるんだよね~」

俺は横になったままで、慶の捲ってる情報誌を覗き込む。

温泉とか、渋いじゃん。
テーマパーク的なとこ選びそうだけどな。

「温泉行った事ないし。侑利くんは行った事ある?」
「あー、あるよ」

温泉は、割とある。
子供の頃の親との旅行はだいたい温泉がセットだったし、高校の卒業旅行や大人になってからも数回、日帰りで行ったな。

慶は……普通に生活してたら必然的に経験するだろうと思ってるような事でも、初めてだったりする。

それは生活の些細な事から始まって、今見てる旅行のように出かける類のものまで、ほんとに沢山…未経験な事がある。

慶に全く愛情をかけなかった両親の事を考えると、腹が立って来て仕方ないけど……それは今はどうにもならない事で……慶が、死にたいと思うほどの気持ちを抱いて生きて来たという事が紛れもない事実。

今もずっと、きっと、昨日の事のようにはっきりと記憶に残ってるんだと思う。
家族との思い出って、普通は楽しいもんだから…。

「温泉だったら泊まりにしようぜ」

俺が言うと、慶は途端に嬉しそうな表情。
そういうのがいちいち俺を喜ばせんだよ…。

俺も、けっこう単純だからさ……好きな相手が幸せそうな顔してたら嬉しくもなる。

「えー、ちょっと、楽しみになって来た~」

温泉特集ページに戻って、細部までめっちゃ見てる。

「場所が分かんないけど…近くに楽しいとことかあるのかな…」

ブツブツ言ってる。
楽しそうだね、お前。

まだ出会って少ししか経ってないけど……もう、一緒に住んでさ……友達期間とか無くて行き成り好きになって……久しぶりに、自分から好きになった気がする。

今までのほとんどは……相手が好きだと言って来て、特に嫌いじゃないから付き合ってた、みたいなとこあったけど、やっぱ自分が好きになった相手って何か違う。

付き合い方も、相手に対する気持ちも全部、相手優先で……喜んで欲しいし、幸せでいて欲しいし、好きだと言って欲しい。

俺って、こんな奴だったかな……

とにかく、慶は、俺が今まで出会って来た人全ての中で、一番真面目に一生懸命生きている。

まだ二十歳。
俺が慶なら……生きる希望を見失って………きっともう死んでる。
いや、死ぬような勇気無いかもな……。


「…くん、…侑利くんっ」
「え…」

慶に呼ばれてた。
考え事してたらボーッとしてたわ。

「聞いてなかったなーっ」

慶が少し拗ねた口調で俺を振り返る。

「あ、悪い、何」
「もー、俺めっちゃ喋ったのにぃ。…あ、もしかして…しんどいの?」

お前の事を考えてただけなんだけど、風邪の方向に持ってったからそれに乗っかろう。

「あー、ちょっと」
「え、大丈夫?ごめんね、うるさかった?」

心配してる。

「煩くはねぇよ」

ただ、せっかくタオルケット持って来てくれたけど、残念ながらずっと背中は寒いし、何ならちょっと頭痛もして来てんだよ。

風邪っぽさ増してるわ…。

「もう1回熱測ってみてよ」

慶に体温計を渡される。

「さっき測ったじゃん」
「上がって来てたら布団で寝た方が良いよ」

言われるままに体温計を挟む。
熱には割と強い方だけど……頭痛はちょっと無理かも…。



ピピピ…
計測完了の合図。

「どう?」
「…38ジャスト」
「上がってるじゃん」

瞬時に腕を引っ張って起こされる。

「布団で温かくして寝てなきゃダメだよ」

引っ張り起こされて立ったと同時に、頭のどこかが脈打つ感じに痛み、思わず眉間を寄せた。

「大丈夫?頭痛いの?」

よく見てる。

「頭痛い」
「頭痛薬ないの?」
「あー…切らしてると思う」
「俺、買って来ようか?」

想像以上に心配性だぞ。

「寝たら治ると思う」

寝室に入りベッドに横になる。
横になった瞬間に、また頭が脈打ってる。

鈍い痛み……これ、苦手なやつだ…。
慶が布団を丁寧にかけてくれてる。

「大丈夫?……心配なんだけど…」

心配、と言われて思わす閉じていた目を開けた。

「優しいじゃん」
「…俺はいつでも優しいの」

そう言って、フフと笑った慶が可愛くて、ベッドについた腕を引っ張る。

「わ、」

短く言ってバランスを崩した体を抱え込むようにして引き寄せた。

「ちょっと、危な、」

そこまで言ったところで唇をふさぐと、素直に大人しくなった。

「風邪、移したかもな…」
「…かもね」
「移ってたら、看病してやる」
「えー…じゃあ、早く移んないかな~」

やべぇ……

可愛い。

ハマる…。

「…寝れそう?」

ニコニコ笑ってたのに、もう心配そうな顔して聞いて来る。

「んー、多分…寝れそう」
「そっか、良かった」
「慶は…何すんの?」
「んー…分かんないけど……温泉決めとく」

最後に、あはは、と緩い笑いを付け足して慶が体を起こす。
抱き枕的に、ずっと居て欲しいと思ったけど……拘束すんのも可哀そうだし、仕方なく開放した。

一度出て行って、携帯とペットボトルの水を持って来て、サイドテーブルに置いてくれた。

「用があったら言ってね」
「おぅ」
「寝るんだよ」
「ん」
「じゃあね」

じゃあね、と言われて、少しだけ寂しい気持ちになった俺って……だいぶイカれてんな…。
熱と頭痛がそうさせんのかも…。

慶が出て行った。
寝室のドアは少し開けてある。

依然、背中は寒くて……布団を頭まで被って、目を閉じる。
頭もズキズキ痛み……きっと、険しい顔をしてんだろうな、今。


どれぐらいか……

そんなに時間をかけず……俺は、眠ってしまったようだった。




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