laugh~笑っていて欲しいんだ、ずっと~

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「人生が…………上手く行きません」

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この時間のファミレスは混んでる。


とりあえず、近場に来た。
普段、夕方4時頃に出勤する俺らにとったら、この晩ご飯の時間帯にファミレスに来るなんて事が珍しくて、混雑ぶりにちょっと引いた。

少し待って、テーブルにつく。

数名の店員が忙しない感じで店内をあちこち歩いてる。
週初めなのに、晩ご飯時はこんなに混むんだ、などと感心してしまう。


さっき注文したけど、これは配膳まで少し時間がかかるだろうと予想される。



「で、この後会うの?」

俺よりデカい体を少し斜めにしてソファ席に座ってる天馬に問う。

「あー、うん、そう」

天馬は、この後、奏太と会う約束をしてるらしい。


「答え、出たの?」


気にはなってた。
奏太のあんな姿を見たから……。

俺にとっても奏太は可愛い後輩である事には違いなくて…好きだどうだってなると、結局YESかNOかの選択を迫られる。

気まずくなるかどうか…確率は半分。


でも、そこはそれぞれに、自分の意思を尊重して欲しいって思う……


まぁ、うまく事が進むに越したことは無いけど…。


「うん…出す」
「出す、って…出るものなの?気張ったら出るようなもんじゃ無いだろ…」
「あっはは、侑利、面白ぇじゃん」


呑気に笑ってんなよな…


「別に笑わせるつもりねぇけど」
「ほんと?…ちょっとウケたわ」


天馬は、はぁ、と笑いを締めくくって、グラスの水を一口飲む。


「時間貰ってさぁ、考えた。真面目に。ここ数日奏太の事だけを真剣に」
「…うん」
「そしたらさ……今までの色んな瞬間に、奏太ってけっこう俺に気ぃ遣ったりフォローしたりしてくれてる事が多かったな、って気付いた」
「あぁ…」


そうかもな。
それは、何となく分かる。


「奏太が俺を好きってのは薄々気付いてたから、俺もそんな風にアイツの事を知らず知らずのうちに気にかけてたのかも知れないなって思ってさ」


天馬がこの数日間、真面目に考えたってのが本当だって分かる。
そんな口調。


「今日、俺を好きでいてくれてるって分かった上で奏太と会って話したいって思ったんだ。ずるいかも知れないけど、答えはそこで出そうと思う。きっと…出ると思う」


「お前なら……きっと出せるよ」


俺の言葉に、真面目に話してた天馬が盛大に笑う。



「あっははっ、その言い方、何かやっぱウケるわー、あははっ」


楽しそうに笑いやがって。
俺だって真面目に言ったっつーの。


「俺なら出せるわ、きっと」とか言って、まだ笑ってるし。


でも…

そうやって、奏太の事を真剣に考えて……お前はほんとに良い奴だよ。
だから、俺が遊びまくってる時も、親友の俺がどんどん墜ちてんのがムカついて、真剣に怒ってくれたんだろう。


何となく、ずっと親友でいたい、って改めて思わされた。
言わねぇけどさ。


「お待たせしました」


一段落したタイミングで料理が運ばれて来た。
熱い鉄板の上にがっつり2個乗ってるデカいハンバーグに箸を入れながら、ふと……



アイツは、泣いてないだろうか……



と、また考えてる。






~~~~~~~~


今日も明日のパン等を買うため、またいつものコンビニに立ち寄る。

近所に食品の充実したでっかいスーパーがあるんだけど、パンや牛乳だけを買いに行くのがすげぇめんどくさいから、コンビニで済ませてしまう事が多々ある。

「天馬、それ買うの?」
「おー」

手に持ってる、多分天馬も明日の朝に食べるであろうパンを横から取って自分のカゴに入れる。

「おごる」
「えー、マジで?どした?」

めっちゃ嬉しそうな顔してるし。

「送迎してもらってるし」
「マジで~、サンキュ~侑利、愛してるよ」

お前に愛されても…

くっ付いて来る天馬を肘で押し退けてレジに並ぶ。



買い物を済ませ、先に外に出てた天馬の所へ行ってパンの入った袋を渡す。

「おー、ありがと」
「おぅ」
「それはそうとさぁ…」

礼もそこそこに、天馬が言う。

「あれ……あの子じゃねぇ?」

天馬が顎で指した方向を見る。



「え……」



ほんとだ…


アイツだ。


コンビニ前の道を挟んで向かい側にある小さな公園。
その外回りの植え込みの間から、公園内に居るその人物が見えた。



俺の頭の片隅からいつまでも消えない男…。




アイツ、何やってんだ?




「あ、天馬、俺ここで良いわ」

目線はアイツを追う。

「あ、でも、布団は?」
「軽いから持てる、大丈夫」

天馬はそれ以上は何も突っ込んで来なかった。
俺がこの後、アイツの所に行くって100%バレてるんだろうけど…。

「そっか?じゃあ、ここで」
「お。ありがとな」

天馬は運転席に乗り込むとエンジンをかけ、窓を開けた。

「奏太とどうなったか、また連絡して」

アイツも気になるけど、天馬と奏太の事もだいぶ気になってるからさ…。

「おっけ。侑利も」
「ん?」
「あの子とどうなったか」

言われて、少しドキッとした。

「どうにもなんねぇよ」

そう返したものの……
ちょっと心拍数が上がってるのを感じてる。


「じゃあ行くわ」

軽く手を上げて天馬を見送ったところで、意識を公園に戻す。
車の途切れた合間に向こう側へ走った。


変な時間だ。


結局俺らはファミレスで2時間近く居た。
移動時間も合わせると俺がコインランドリーを出てから2時間半くらい経ってる。


公園と言っても、規模が小さいから遊具は滑り台とブランコぐらいしか無くて、間に3個ベンチが置いてあるだけ。


公園内にそっと入ってみると、少し離れたベンチに深く腰掛けて微動だにしないアイツの俯いた姿が見えた。

隣に、いつも斜めにかけてるワンショルダーのバッグと、洗濯物が入ってる紙袋が置かれてる。

目線は……地面。
全く動かない。


俺は、ゆっくり近付いた。


公園内は他に人気は無く、手前の道路やコンビニの賑やかな感じとは全く正反対のような静けさ。

ここに公園があるのは知ってたけど、あんまり気にした事無かった。



そっと近付くけど……俺の気配に全く気付いて無い。
表情は…分からない。


じっと見ている視線の先に入るぐらいの距離まで近付いた。



視界に、急に自分以外の人の足が見えたであろうソイツは、ハッとして顔を上げた。






だけど、驚いたのは……俺の方だった。





幾筋もの涙がその目からボロボロ流れてて……




俺は……一瞬にして何も言えなくなった。




男は、もう一度俯いて両手で必死に涙を拭ってる。

俺はその様子をただ…黙って見てる事しか出来なかった。






「何で……居るんですか…?」





沈黙の中、男が涙声で呟いた。



「…そこのコンビニに寄っててさ…何となく見たら居るのが見えたから」



男は小さく深呼吸を1つして、続けて喋り出す。


「ご飯の帰りですか?」
「うん、そう」
「友達は?」
「用があるから別れた」


そんなのどうでも良い話だ。
もっと聞きたい事がいくつもある。


「…隣、良い?」
「あ……はい、」


男は荷物を端に寄せて自分も少し横へズレる。
空いている所に腰を下ろし、直ぐに聞く。



「何やってんの」



また少し沈黙。



「…散歩です」
「洗濯、とっくに終わってんだろ?今まで散歩してたの?」


誰でも疑問に思うだろ…そんなの。



「ダメですか…?」

「ダメじゃねぇよ。……ダメじゃねぇけど……泣いてんじゃん」



散歩なんてきっと嘘だろ?



「泣いたら…ダメですか?」

「…ダメじゃねぇけど…………気になるじゃん」



そう、何度も泣かれたら……正直気になって仕方ねぇよ。
どんな辛い事があったのかって……思うだろ、普通。




「人生が…………上手く行きません」




……予想外の答えに俺はまた言葉が出ない。




「もう………生きるの止めようと思って…」



「え…?」



想像を遥かに上回る言葉。





「どうやったら……痛くなくて…怖くなくて……誰にも迷惑かけずに……確実に死ねるか…考えてました」





それ、マジで言ってんの?

死のうとしてんの?


コインランドリーで洗濯したのに死ぬのかよ。
そうだ、それにさっき……




「お前、俺に、また会ったら話しかけて良いかって言ったよな」




そうだよ、そう言ってたじゃん。






「死んだら…話なんて出来ねぇよ?」






一度止まりかけてた涙が、男の目から一気に溢れた。



「…そうですね………間違えました…」



それだけ言うと、男は箍が外れたように泣き出した。

俺は思わず……
よく知りもしないソイツを……抱きしめていた。


ほんとに、思わず、だ。

そうしないといけないような気になった。


抱きしめてやらないと……死んでしまうと思った。





ソイツは、俺の服を握りしめて……しばらく泣いた。












どれぐらい、そうしてただろう…。



泣き疲れて大人しくなってたソイツが、不意に俺から体を離した。



「…ごめんなさい…」


小さな声で言う。


「別に、謝んなくて良い」


謝って欲しいなんて、1ミリも思ってはいない。



「っくしゅ、」


え、くしゃみ?
あー……そりゃ寒いわな……


どんだけここでじっとしてたのか知らないけど……夜はもう普通に寒いしさ。


「…外でばっか居ないでさ、そろそろ家帰んな?近くだろ?送ってってやるよ」


一緒に立たせて荷物を持たせると、ソイツは緩々と首を振る。


「送ったらやなの?」
「や、そうじゃないけど、」
「何、遠いの?」
「…いや、…違う……でも…」
「何だよ、送ってったらまずいんなら手前で帰るけど」
「…そうじゃない………」


はっきりしない。

でも、死のうって考えてた奴1人残して帰れないし…。





「ごめんなさい、俺…………家が、…無い……」





……え?



家が無い?




…え………そんな奴、居るの?




「ごめんなさい…ほんとに………だから………送んなくていい……」




また泣く。

涙腺どうなってんだよ。




「家が無いってお前………………どういう生活してんだよ…」




何か…洗濯物の量がすごく少ないのにいつも洗濯から回してるとことか、晴れてるのにコインランドリー利用してるとことか、…何か、繋がった。


家が無いから……洗濯出来ないんだ。


天気も関係ないんだ。





「俺んち、泊まんな」





何だか自然に、そう言った。

サラッと言えた。



どういう奴か、素性も知れないけど……でも、とにかく、温かい風呂にでも入ってゆっくりさせてやりたい。


さっき抱きしめた体が……冷え切ってたから。






~~~~~~~~


「あの………やっぱり……」


さっきから、一定時間毎に「迷惑じゃないか」と背後から聞いて来る。




もう、何回目だ…。




もう1時間以上も前に出来上がってるであろう布団をコインランドリーに取りに寄る。
予想以上にふんわり仕上がってて、密かに嬉しい気分になった。

掛布団とシーツをグルッと丸めて一緒に持つ。

チラッと見ると、黙ってしまってるソイツは申し訳無さそうな顔をして俺の方を見てた。


「もう、同じ事何回も言うの無しな。迷惑だと思ってる奴家に泊めるほど、俺もお人好しじゃねぇ」
「……はい」


少しあって、小さな声の返事が聞こえた。


俺が気になってるから連れて帰ってんだ。

謎が多すぎて、逆に興味あるぐらいだよ、お前に。



俺がコインランドリーを出ると、その少し後ろを急いで付いて来てる。
少し待ってやって、隣に並ばせた。


「あー、俺、久我侑利。お前は?」


思ってみれば、名前も知らない。



いや、名前どころか…


何も、知らない。


「羽柴 慶(はしば けい)」


名前を聞いただけなのに……少し気分が上がる。
何故かは分からない。


「じゃあ…慶、って呼んで良い?」


そう言うと、少し驚いたような顔をしたけど……その後で笑って頷いた。
笑った顔……すごく久々に見たような気になる。


さっきからずっと泣いてるからさ。



「何歳?」
「…ハタチ」
「そっか。俺は24」


4つ下。


ハタチで家無し。


どんなんだよ、全く…。





びゅう、と夜風が少し強く吹いた。

「寒ぅ~」

肩を竦めて隣を見ると、同じ様な仕草をしてる慶が居て……目が合って何となく笑う。


「俺んちそこだから、早く行くぞっ」

少し歩く速度を速めると、ちょっと小走りで付いて来る。

……犬か。


「ここ」

マンションの下まで来てそう言うと、慶は上を見やる。
口半開きになってんぞ。

「こんなとこに住んでるんですかっ?」

まだ口は半開きのまま。

「え、ダメだった?」
「いえっ、ダメじゃないですっ」

ブンブンと首を振る。


「ほら、行くぞ」

エントランスに入り、エレベーターのボタンを押す。

待っている間、慶は、あちこちを見渡しながらキョロキョロしてる。


「お前さぁ…落ち着けよ」
「えっ、でも…ここ、すっごいキレイなマンションだし……俺、やっぱり、」


ほらまた、同じ事言おうとしてるだろ。


「うるせぇ、行くぞ」


慶の言葉を遮って、到着したエレベーターに乗り込む。

「5階」

一言言ってボタンを押す。
黙って階数が順番に光るのを見てる慶を、子供みたいだな、と思いながら眺める。


コインランドリーで会っただけの、全く知らない男を……持ち帰ってしまった。



我ながら、計画性のない事をしてるな、と思うけど……



家が無くて、死のうとしてたような奴を、さすがに置いては帰れない。




チン、と小さい音で5階への到着を知らせる。

エレベーターを降りて通路を右へ行くと、2つ目のドアが俺んち。
鍵を開け、先に中に入る。

「どうぞ」

ドアを足で押さえて開けたまま言うと、慶は少し緊張してるような表情で玄関に入る。
鍵を閉めると、慶が一度後ろを振り返った。


少し、困ったような顔をしたのが分かる。


「大丈夫、変な事はしねぇよ」


そう言って靴を脱いで上がり、慶を中へ促す。


「そんな失礼な事思ってないです…」
「そ?なら良いけど。どうぞ」


中々入って来ない慶にもう一度言うと、やっと靴を脱いだ。

で、脱いだ靴を揃えてる。
ちゃんとしてんだよな、そういうとこ。

100円だってしっかり返して来たし。


部屋の電気を点けると、出かける前まで読んでた雑誌と飲みかけのコーヒーがソファの前のテーブルに置いたままだった。

「適当にしてて」

雑誌を閉じてマガジンラックへ戻し、飲みかけのコーヒーはキッチンへ持って行く。


返事も物音もしない。
慶を振り返ると、さっきエントランスでそうだったように、やっぱりキョロキョロと見渡してる。


「座んねぇの?」

ビク、と地味に驚いた様子で俺を見る。


「…すごい…キレイな部屋だから、緊張します…」
「そう?そんなでもないよ」
「いえ、…キレイです」
「そりゃどうも」


そんなに部屋を褒められる事なんて無いけどさ。


「何か温かいの飲む?」
「あ、いえ、大丈、」
「カフェオレ飲める?」
「え…あの、ほんとに気にしないで下さ、」
「砂糖は?」

全部遮ってやった。

「…少し」

ほら見ろ。

遠慮しすぎだよ。
体、めっちゃ冷えてんの知ってるし。

電気ポットのスイッチを入れてから、風呂の湯はりボタンを押す。


ふと見ると、慶はまだ突っ立ったまま。
いつまでそうしてるつもりなんだよ、お前は…。


2人分くらいの湯は直ぐに沸く。
少し、ミルクを多めにして飲みやすいぐらいの熱さのカフェオレを作る。


カップを持ってソファの前のテーブルに並べて置き、先にソファに座って隣をポンポンと叩いて見せると、ずっと立ってた慶がやっと動いて……俺の叩いた所に静かに座った。

「ん、これ、飲みな」

カップを渡してやる。

最初は少し困ってたけど…すぐににっこりと笑った。
笑った顔は……可愛いと思ってしまう。

男に対して可愛いと思う感情は如何なものかとちょっと思うけど……
最初に会った時から、こいつの笑顔は好きな方だ。

「……いただきます」

カップを持った手は、やっぱり震えてて…
小さな声で一言そう言うと、猫舌なのか熱さを気にしながら一口、カフェオレを飲んだ。


「おいし…」


嬉しそうな顔でこっちを見る。
そっちの方が良いよ……泣いてるよりさ。


「久我さんは、」
「あ、……久我さん、じゃなくて良いよ」
「え………じゃあ……侑利さん…」
「そっちのが何かイヤだわ」


「久我さん」はBIRTHの後輩に呼ばれるけど、「侑利さん」なんて呼ばれた事ねぇよ。


「侑利で良いよ」

一番慣れてるし。

「や、それは、無理」
「え、無理って」
「だって年上だし、知り合ったばっかだし、名前聞いたばっかだしっ」

そんな慌てなくても…
時々、面白ぇよな、お前。


「じゃあ……侑利くん、は?」


それも慣れねぇけど……まぁ、侑利さんよりは良いわ。


「あぁ、じゃあ、それで良いよ」

ホッとしたように一息ついて、カフェオレを飲んでる。

「で、何?」
「えっ?」
「さっき、何か言おうとしてたじゃん」

話を止めたのは俺だけど。


「あぁ………別に大した事じゃないです」


何か言おうとしたけど、止めたよな、今。


「じゃ、俺が聞いて良い?」


慶の表情は、素直で分かりやすい。
今は、何を聞かれるかすごく警戒してる顔。


「家が無いのは…何で?」


あからさまに動揺してる。
聞いて欲しくない事だったんだろうけど、俺は気になって仕方無い事の1つだ。



「……………」



無言だ。


答えない。



「俺には、言えねぇ?」



困ってる。
言うか…言わないか……




「……アパートの家賃…」




決心がついたのか、小さな声で話し始めた。



「…大家さんに何ヶ月か待ってもらってたんですけど…………その間に大家さんが亡くなって………だいぶ歳で……優しいおばあちゃんで………俺が家賃払えなくても、無理しなくても…貯まった時に払ってくれたら良いから、って言ってくれて……」



ほんとに、優しい人だったんだ…その大家さん。



「亡くなった後は…息子さんに代わって…………そしたら…払って貰わないと困るって言われて……」


代変わりで状況が変わったんだな…。


「でも……それが普通ですよね……おばあちゃんの優しさに甘えてたけど……払わないといけないのを、払えてない俺が完全に悪いっていうのも分かってます……」



辛そうな顔。

あんまり…見たくない表情。



「……次の家賃の支払い日に、せめて2ヶ月分は纏めて払って欲しい、って言われました……こっちも商売だから、って………もし、払えなかったら、契約を切らないといけなくなるかも、って……」


確かに、家を貸す側も商売だ。
その息子さんのやり方で、きっと間違ってはいないだろう。


「バイトしてたから……バイト代全部充てれば、2ヶ月分なら何とかなるかもって思って、店長に無理言って沢山入れてもらって………頑張ったんですけど……」


急に、表情が一気に曇った。

軽い深呼吸をして落ち着けてる。


「……クビになっちゃって…」
「え…クビ?…お前が?」


クビになるようなタイプには見えない。
ちゃんとしてると思うんだけど……


「給料日に、終わった後でみんな集められて……給料袋が1人分足らないって……パートの人の分の給料袋が無くなったって話があって………」



何か……嫌な予感がする。



「…でも、その給料袋が俺のロッカーにあって………中身は無くて………」



……嫌な予感、的中。

慶がまた涙を浮かべた顔で俺を見る。


「俺……やってないんですけど…」
「分かってるよ」


直ぐに言ってやった。
分かるよ…そんなの。


「でも…お前はお金に困ってるから、って……信じたいけど、給料袋がロッカーから出て来たって事は事実だから、って言われて………何も言えませんでした………………みんな………もう、俺がやったって言えよ、って顔してたし…」


なんだよ、それ………

ただの質の悪いイジメじゃねぇか。


「………どうしたら良いか分からなくて……………いっそ……俺がやったって言った方が、この場が収まるのかな、とか思って……」


え、嘘だろ…



「言ったのか?」



思わず……少し、口調が強くなってしまった。





「言いません…………だって、俺、やってないから」




その瞬間、慶の両方の目から大粒の涙がボタボタと落ちた。


言ったのか、なんて聞いてしまった事を後悔した。
慶を……傷付けたかも知れない…。



泣いてる慶がすごく小さく見えて……思いっきり抱きしめてしまった。





胸の奥が苦しいのは何でだ……




「俺……ほんとに……お金には、正直…困ってます……でも……どんなに困っても………人のお金盗ったり絶対しません……」



苦しそうに、絞り出した。



「そうだな、分かるよ……俺が、信じてやる」
「………ありがとうございます…」


俺が力一杯抱きしめてるからか、篭った声で慶が言った。





少しして、慶は俺から体を離すと、またポツリと話し出した。


「……その日でクビになりました………俺のその月の給料も……無くなった分に充てるって形とるから払えない、って………俺、どうしても2ヶ月分の家賃払いたかったから、店長に必死で頼んだんですけど………やっぱりダメで…………」


ひでぇ…

そんなのあるかよ。


「大家さんに事情話したんですけど………こっちも…ダメでした……2ケ月分どころか1ヶ月分も用意出来ないんだから、当然ですよね……」


緩く笑って見せるけど……笑い話にするには……重過ぎだよ。


「それで、契約切られて………」
「それ、いつの話だよ」
「アパート出たのが……2ヶ月前くらいです」


2ヵ月?

そんなに?


「え…お前…どうやって生活してたの?」


全く想像がつかない。


「今は、日払いのバイトやってて……ティッシュ配りやってます」
「それで?」
「……お風呂は入りたいし、洗濯もしたいから………貰ったお金からコインランドリーと銭湯行く分をのけて………後は、次のアパート借りるのに貯めとかないと、って思って……」


何だか健気で……苦しくなる。
こんな奴に、濡れ衣着せたクソ野郎を殴り倒してやりたい、って真剣に思ってる俺が居る。

「夜はどうしてたんだよ?」
「……公園のベンチで寝てました……あのコインランドリーで朝まで居た事もあります……他にも……色々………」



「あのさぁ、…」



触れてはいけない部分かも知れない。
今まで一度も話に出て来てないから。

でも、もうこの際だから気になるついでに聞いてみる。




「親は頼れないの?」





まただ。


沈黙が来た。






「家族は…居ません………俺は、ずっと1人です」






やっぱり………聞いちゃいけない部分だった。


気になる事が更に増えたけど……



もう、今日はこれ以上、慶を泣かせたく無かった。






「そっか。……じゃあ……俺の事頼れよ…きっと今、お前の一番近くに居るのって、俺じゃねぇ?」





本心を言った。

そう思うから。





慶の目からまた涙が溢れ出して来る。

結局、また泣かせてしまった。




俯きかけたその顔を覗き込む。




「もう、お前の泣いてる顔……充分見たわ」



慶は、キレイに泣く。

表情を変えないで……涙だけが零れ落ちる。


きっと今までの人生がそうさせたんだろう……
感情に体が追い付かないんだ。


きっとずっと…………泣いて来たんだ。



「止まんない?」


次々と落ちて行く涙。
泣き止み方を完全に忘れてる。




「…止めて下さい」




何か……胸の奥をギュッと……掴まれたような気がした。



腕を引っ張って……もう一度抱きしめる。
男相手に何やってんだって、冷静になったら思うけど……

目の前で泣いてる慶に、男だの何だのと考えてる時間は無くて……今すぐにこうしてやらないと、この涙が一生止まらないんじゃ無いかって、そう思った。










長い間………そうしていた。



俺の胸に顔を埋めてた慶が、そのまま寝てしまった事はちょっと前から気付いてる。


疲れてるなら……ゆっくり休ませてやりたい。



そっと自分の体を引き抜いて、ソファへ慶の体を寝かせた。
乾いた涙の筋が幾つも見える。

閉じた目は、しばらく開きそうにない。

クローゼットにあった貰い物のタオルケットを出して来て、慶の体にかけてやると少しもぞもぞと動いたけど……また、静かになった。


床に座り、ソファに凭れる。




風呂はとっくに沸いてる。
温かい風呂に入らせてやろうと思ったけど……本人が寝てしまったなら仕方無いな…。



vvv…vvv…

静かな部屋に着信を知らせる振動音が響く。
テーブルの上に置いてあった、俺の携帯だ。

慶が起きてないかチラッと確認して、着信を確認する。
天馬からのLINEだった。


『奏太と付き合う事にした』


新展開に、ダラッと凭れてた体を少し起こす。

そうだ……答えを出す、って言ってた。


直ぐに返事を返す。


『出したんだ』


奏太……楽になったかな。


『それ、言いたいだけだろっ』


ちょっと可笑しくなる。
もう一度、慶を振り返って確認。


『良かったじゃん。奏太も喜んでるだろ?』


俺に相談して来たくらいだしな…
よく待ったよ。


『幸せ、だって』


あーはいはい。
早速惚気かよ。



『ところで、そっちは?あの子と話した?』



続けて入って来たメッセージ。


話した、どころか………
今、俺の後ろで寝てるよっ。


これを、どう説明したら良いのか…俺には分からない。



『色々あって……今、俺んちに居る』



これを見た天馬の反応が、大体分かる。



『えーーーーーーーーっ!!!』



やっぱり。



『お前っ!!!エッチ!!!』



いやいや、違う違う、誤解誤解。



『アホか。また言うわ』



もう、今日は説明する気分じゃねぇし……天馬たちもこの後は色々とまぁ、急がしいだろうし…

俺も、疲れた…。



『早めの報告を』


めっちゃ聞きたそうじゃんか。
まぁ、そうだろうな。

こんな予告されたら、誰でも本編見たくなるわな…。



とにかく……俺も、もう、風呂入って寝たい。


自分で連れて帰って来たとは言え、目まぐるしさに何か疲れた。



眠り込んで起きそうにない慶をそのままにして、俺は風呂に入った。



でも、何か……

早く明日にならないかと思ってる自分も居たりして……


ちょっと焦る。
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