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第五章「こわれ指環」

第五章「こわれ指環」4

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 神社の駐車場から境内に向かって小走りで移動する。今すぐ全力で駆けたかったが、それを賀茂が制止した。
「何が起こっていても冷静でいること。危険なときに冷静でいられることは、数少ない人間の大きな武器だ」
 本殿の前に行く。
 そこに光の柱があった。柱は直線的ではなく、ゆらゆらと揺らめきながら天へ昇っているようだった。
「優斗君、これは『本当』の光ではない。真っ直ぐ見るという強い意思を持つんだ。そうすれば見つめることができる」
 太陽を直接見ているかのような目を開けていられないほどだが、賀茂に促されて優斗は無理矢理にまぶたを上げてその先を見る。
 次第に目が慣れてきたのか、発光しているその姿がはっきりとわかる。
「芹菜!」
 その中心に芹菜がいた。
 失踪した女子生徒を暗闇で見たときの、もっと強烈なものだ。芹菜から漏れ出している光だけで境内がすべて照らされている気分になったが、周囲の物体には反射していないようだった。芹菜から離れた建物などは暗くて見ることができない。そのギャップに慣れるのに優斗は少し時間がかかった。これが賀茂の言う、『本当』の光ではないことの影響だろう。
 芹菜はパーカーとスカートを着ていて、俯きながら立っていた。
「芹菜!」
 再び優斗が呼びかける。
 その声に、芹菜が反応した。
 優斗を見て、しかし、曖昧な、どこか遠くを見ているかのような表情をした。
「優斗、なんで……?」
「芹菜……」
 良かった、声は届いている。
 声が優斗であるとも認識もしている。
 優斗が振り返り背後にいた賀茂を見る。賀茂が頷いた。
「優斗君」
 賀茂が自分の首元に左手を当てた。
「僥倖だ。第一ルート」
「それじゃ」
 賀茂の車中での説明を思い出す。芹菜の意識がまだ残っているなら、賀茂の持つペンダントで落ち着かせることができる。
「君は一旦下がって。今は僕の出番だ」
 賀茂の指示に従い、優斗は芹菜から目を離さず賀茂の後ろに行く。
 賀茂がペンダント本体を右手で握ってその正面の宝石部分を芹菜に向ける。宝石は芹菜から発せられる光を受けて、より強く青く光っていた。
 一歩、斜め前に賀茂が進む。
 芹菜は賀茂のことを無視しているようだった。
「優斗、なんで……」
 芹菜が繰り返す。
「芹菜を助けに来た!」
「たすけ?」
「ああ、芹菜を元に戻すために来た」
「どうして、優斗が」
 芹菜の意識が曖昧になっている。優斗であることはわかっても、言葉がうまく受け取れていない。
「でも、私……、もう……」
「大丈夫だ! 僕たちに任せて!」
「優斗君マズいな、第二ルートに行きそうだ。仕方ない」
 賀茂が芹菜に向かって距離を詰めるために駆け出す。そこで芹菜は初めて、賀茂の存在を確認したのか驚いた顔をした。そのときにはもう賀茂は芹菜に触れる範囲まで到達していた。
「悪いね」
 ペンダントを押しつけるように、右手で賀茂が勢いよく芹菜の左頬を殴った。
 吹き飛ばされるでも倒れるでもよろめくでもなく、芹菜はその場に立ったままだった。一方の賀茂の方が後ろに飛ばされた。優斗のそばまで賀茂が下がる。賀茂の右手から焦げた臭いがした。
「大丈夫か!?」
「衝撃は逃がしたから僕は大丈夫。右手が少し持っていかれたな。折れてはいないけど、まあ、厳しいかも」
 ぶんぶんと賀茂は右手を振る。
「しかし、困ったな、手応えがなかった。なのにこっちはこのざまだ」
 賀茂の右手が焼けているようだった。芹菜の光の影響を受けているのか拳が赤くなっているのが優斗にもわかる。
「なんとかしてくれ」
「わかっている。次は割れるつもりでいく、今のまま解決するには短期決戦をするしかないようだ」
 芹菜の周りを回るように賀茂が離れていく。
「優斗君、君は芹菜ちゃんの気を引いてくれ。芹菜ちゃんがここに留まるのもそれが役に立つ。ただし、罪悪感を持たせるようなことは避けてくれ、それは彼女を向こう側へと連れていく。ただし、近づくのは厳禁だよ。君が彼女に触れるようなことはあってはならない」
「わかった」
 賀茂は芹菜を挟んで優斗の反対側に行こうとしているようだった。
「芹菜!」
 芹菜は賀茂を気にしていない。優斗の方をずっと見ている。
「優斗、どうして」
 芹菜は同じ言葉を繰り返している。
「何も心配ない、もう大丈夫なんだ」
「なにが、私は、みんなを」
 今の芹菜にどこまでここ数日の記憶があるのか、優斗には判断できなかった。彼女が他の女子生徒にしていたこと、彼女が普段の彼女であるなら、それに触れるこれは罪悪感を引き出す連想させる可能性がある。
「誰も犠牲になっていない。芹菜が責任を感じる必要はない」
 前半は嘘だ。失踪した女子生徒の犬が死んでいる。それに月村の兄が死んでいる。だが月村はいわば芹菜を利用した側で、結果は月村が望んだ通りだ。月村の言葉を認めるつもりもないが、失踪した彼女の犬の件も、彼女が望んだといえばそうだ。
 月村に言った、詭弁という言葉がそのまま優斗に跳ね返る。
 芹菜の顔がピクリと少し動いたようだった。
 これがどちらを意味しているのかはわからない。
「でも……」
「大丈夫」
 優斗も大丈夫以外に言えることがない。
「これで終わる。芹菜、早く終わらせて一緒に帰ろう」
 優斗が手を伸ばす、芹菜にはまだ遠い。
 芹菜はその手に視線を移したようだった。
 芹菜の向こう側に賀茂が見えた。
 賀茂が走り出す。
 最後の一歩を踏み出して、芹菜の後頭部を右手で殴りつける。
「なっ」
 言葉にしてしまったのは優斗の方だった。
 芹菜は賀茂を見ていなかったはずだ。なのにが賀茂の手が届く直前、右にすっと動いてその手を避けてしまった。歩いたようには見えなかった。芹菜が浮いていて、地面の上をスライドしている。
 空振りになって体勢を崩した賀茂は、両手を地面について勢いよく足を伸ばして転回した。芹菜に触れればその部分が焦げることは賀茂も理解しているはずだから、今は右手以外に攻撃する方法がないのだろう。
「マズいな、さっきので『認識』された。やっぱり初撃に失敗したのが痛い」
 すぐに賀茂が距離を取る。
 タイミングを計っている。
 賀茂が距離を詰め、右手で殴ろうとするが、どの角度から、完全な背後からでさえ芹菜は避けてしまう。賀茂は他に攻撃方法がないのがもどかしそうに見えた。賀茂は優斗が今持っているナイフと同じものを持っていると言っていた。それをまだ使わないのは、まだペンダントだけでいけると思っているか、芹菜を傷つけることに躊躇しているかだろう。
 芹菜は自分から攻撃する意思はないようで、賀茂を見ることもない。
 少し俯いた芹菜は拳を固めた。
「どうして」
 小声で呟く。
 同じ言葉の繰り返し。
「芹菜、帰ろう。僕と一緒に、また」
 真横から賀茂が芹菜の左頬を殴ろうとする。
 芹菜がのけぞるように賀茂の手をかわす。芹菜はそのままぐるりと身体を捻って、右腕を賀茂に振り下ろした。両肘を合わせて賀茂が防御するが、防ぎきれず吹き飛んだ。賀茂は器用に空中で体勢を整えて両足で着地する。
「大丈夫」
 横に来た賀茂が優斗に言う。自分にも言い聞かせているようにも聞こえた。そこで芹菜が顔を動かし賀茂を視認する。
 大回りして賀茂が駆ける。今度は距離を詰めていない。優斗から離れて芹菜の視界に優斗を入れないようにしようとしているのだ。
「マズい」
 走りながら賀茂が言う。
「優斗」
 芹菜は賀茂を視線で追わなかった。
 代わりに優斗に言葉を発した。
「芹菜!」
「いけない優斗君!」
 すうっと芹菜が優斗に近づく。
 困惑したような表情をしている、ように優斗には見えた。
「芹菜……」
「離れるんだ!」
 賀茂の警告を無視して優斗が手を伸ばす。
 もう一歩で芹菜に触れられるまでになった。
 芹菜は今まで見たことがない、口の端を上げて奇妙な顔をしていた。笑顔のようにも見えるし、怒っているようにも見える。
「そう、もう、終わったんだ」
 優斗の右手が芹菜の頬に触れる。
「あっ……」
 頬から手を伝って熱が伝わる。一瞬で右手が焼けているの感じる。賀茂を見ていてわかってはいたが、思わず手を離しそうになる。なんとか耐えて触れ続ける。
「帰ろう」
 芹菜が抵抗していないのか、あるいは何も感じていないのか、手が弾かれることはなかった。尋常ではない痛みを味わいつつも、優斗は芹菜の頬から柔らかさを感じた。
 まだ、芹菜は生きている。
 焼けた手にかすかな冷たさを感じた。
 泣いている?
 芹菜の目から涙が流れているようだ。
 今なら。
 まだ。
 芹菜が両手を前に出す。
 芹菜もまた、優斗の頬に触れようとしている。
 意識はまだ失われていない。
 優斗がそう思った瞬間、芹菜の両手が優斗の首に納まった。
 優しく包み込まれるのではなかった。
 圧が首にかかる。
「がっ」
 芹菜に首を絞められた。
 前に押し出される。
 突然のことで足元がふらつき、後ろに押し倒された。芹菜がその優斗の上に乗る。首にかかる力は強くなっている。
 首が、焦げる。
 肉が焼ける臭いがした。
 握力で喉が潰れるのとどちらが先か。
「せ、り……」
 優斗が両手で芹菜の手首を掴む。なんとか芹菜の力を緩めようとするが、掴んだその手すら熱せられた鉄の棒を握りしめているように焼けていくのを感じる。足を上げようとするが、芹菜が体重を膝にかけているため動かすことができない。足に熱は感じない。どうやら芹菜が熱を持っているのは上半身に限られるようだ。
 パンっと何かが爆ぜる音がした。
 左手に衝撃が走る。
 賀茂から受け取った指輪が弾け飛んだらしい。
 急激に視界がぼやける。芹菜を直視するのが難しい。どうやら指輪が防いでいてくれた何かの効果が切れてしまったようだ。
 手に感じる熱も一層強くなっていく。
 なんとか手を外さないようにしているが、芹菜の締める力は弱まらない。
「どうして」
 芹菜が言う。
「芹菜、意識を」
 芹菜の顔を見る。
「優斗……」
 芹菜が反応する。
 その口元が歪んだのを優斗は見た。
「どうして、邪魔をするの?」
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